第一章 第九話 反省と後継の意味
本当ならおじー様と初対面だったはずなのですが。
どうしてこうなった。
そして浮かんだおじー様関係の番外編。
一章も終わっていないのに書きたい物を増やしてどうするつもりか。
ほんと……のろのろですみません…………。
城内の一室にピリピリとした空気が流れていた。
腰に手を当て、怒りを露わにしているのは普段めったに怒ることの無いリスティーナ。護衛として付いている者達も、触らぬ神に祟りなしと傍観を決め込んでいる。
仮に暴走したとしても、リスティーナの目の前の人物にはたいした被害も無いと踏んでの事であった。一応、暴走した場合でも大丈夫なように、結界の使い手であるケーラルーンも同席していた。
「だいたい父上はいつも急なのです! フィスが正式に目覚めて一日も経っていないのですよ!? それなのにあんな威圧感を撒き散らして来るなどどれだけ力を誇示したいのか解りませんが生まれたばかりのフィスを殺すつもりですか!? しかも事前の連絡も無く護衛の一人も付けず魔属竜の長ともあろうお方が危機感の無い!」
息継ぎも無く言い切ったリスティーナの正面で、床に放射状に広がる程長い紫紺の髪に金の瞳、爬虫類特有の縦長の瞳孔を持った中年……美中年が正座をさせられていた。
「確かに父上はお強いと思いますがそれが問題ではないとお分かりですよね? これが昼間ならいざ知らず人の迷惑も考えずに夜! 夜中と言ってもいい時間なのですよ!? 事前連絡が不可能と言うのであれば昼に訪れるのが常識と言うものでしょう! 何度同じ事を繰り返せば覚えていただけるのですか!?」
「いや、だが、リス……」
「何です!?」
反論しようとした美中年の言葉はリスティーナの一言と一睨みで霧散する。他者の前では魔属竜皇としての威厳と気品に満ち溢れているにも関わらず、血族……娘の事となると見境がなくなるのが欠点でもあった。
「あぁ……、レングフォルテス卿が胃を押さえている姿が目に浮かぶわ……」
額に手を当て溜息を吐く。かの人物が溜息を吐いていない場面を見た事が無い。それほどまでに振り回されていた。
リスティーナの父であり、葬竜族の長、そして魔属竜皇であるリフィルロギュナー・ドラグロードの腹心。右腕とも目される人物、チェルククシアート・レングフォルテス。
リフィルロギュナーが毎度フラリと居なくなっては、その実害のほぼ全てを押し付けられる立場にあるといっても過言では無い。その所為で過去に何度か心労による吐血も経験した事があったはずの美丈夫を思い出し、数多の問題を引き起こす実父の無駄に高い行動力を心の中で謝罪する。
そんな問題に曝されながらも忍耐強く腹心の立場に収まっているという事は、魔属竜皇としての能力が高い証でもあると、思いたかった。
「いや、一応、チェルには……」
「お黙り下さい」
視線は絶対零度。背後にはブリザード。一切の言い訳が通用しない。
助けを求めるように同じ部屋に居るケーラルーンに念話を送るが、無言で首を振られてしまった。普段温厚な分、一度頭に血が上ると冷め難いリスティーナの性格を知り尽くしている為、ここで口を挟むのは火に油を注ぐものだと、実体験で学習しているのだ。
「フィスはナフが、帝都はキャスが守ってくれたから良いようなものの……。父上の威圧感は弱い者にとって毒にしかならないのですよ」
竜属は自然界の頂点に立つ存在である。それほど個々の力が膨大なのだ。数でいえば人に負けるが、一対一であれば何が相手であろうとも確実に竜属に軍配が上がる。
それほどの力の持ち主。それが醸し出す威圧感と言えば相当な物になる。リスティーナですら、本気になったリフィルロギュナーの前に立ちはだかるような真似はしたくない。
「だがあの仔、我を真正面から見据えたぞ」
呆れを隠そうともせずに額を押さえたまま呟くリスティーナに、チラリとしか見ていない仔を思い出す。目覚めたばかりの子供とは思えない存在感。此方の威圧感に恐怖を覚えていたようだが気を失う事もせず、それどころか真正面から対峙して来た。
「……父上……を?」
一瞬にして吹き荒れるブリザードが止んだ。リフィルロギュナーが纏っていた威圧感はわざと出されたもので、弱き者を圧倒し、屈服させる為に力を示す意味を持つ。
対峙したのが弱者であれば、本能的に平伏さなければ殺される。そんな思考が生まれ、無意識に恐怖が滲み出る。
絶対的な力の差を見せ付ける。当然、仔は気を失うか強く怯えるかのどちらかだと思い込んでいた。
だが、予想は意外にも覆される。
威圧感に圧倒されながらもその存在を強者と認め、対峙する。到底生まれたばかりの子供に出来る芸当ではない。しかし、フィリスティアロスはやってのけた。それがリフィルロギュナーの好奇心を煽った。
「それで、あの仔を試したのですか……?」
再びのブリザード到来。今度は激しい怒りではなく静かな怒り。部屋の温度が気のせいではなく一気に下がる。
「生まれたばかりの、か弱い、何も知らない、まっさらな仔を、悪戯に弄んだと?」
一言一言区切られるその言葉が突き刺さる。
「弄ぶ訳が無かろう」
背中に嫌な汗が伝うのを感じながらも、何とか反論してみせる。
「では何故、威圧感を抑える事無く仔に逢ったのですか?」
リスティーナの口元に淡い笑みが浮かんだ。
危険。その二文字が脳裏を掠める。下手な返答は出来ないが、嘘を吐く事も出来ない。
「我の短慮だった」
「試した、と言う事ですね?」
静かな、静か過ぎる問い掛け。魔属竜最高位に在るにも拘らず、悪寒が全身を駆け抜けた。
「父上。試した結果、フィスが死んでいた場合、どうされました?」
「……だから、短慮であったと……」
言葉は最後まで紡がれる事は無かった。
何故ならば。リスティーナが創り出した氷の塊の中に閉じ込められたのだ。
「暫く頭を冷やして下さい」
そう言い捨てると、自身も休む為に部屋に引き上げていく。いい加減休まなければ朝に響く。問題は山積み。更には要らぬ騒動も転がり込んで来た。
現状で捌き切れる自信は無い。その為、現実逃避のように問題を一時棚上げし、己の睡眠欲求に素直に従ったのだった。
▽ ◇ △ ◇ △
リスティーナが部屋から出ると、溜息と共にリフィルロギュナーが立ち上がる。周りを固めていた氷の塊は一瞬にして消え去った。それが実力。
「何故、我が娘はあぁもスキンシップが激しいのであろうな……」
やや疲れたような、それでいてどことなく嬉しそうな言葉に、誰も答える事ができない。端から見ればスキンシップを超えた、ただの殺し合いにしか見えないのだ。しかし、力が有り余っている竜属にしてみればただの挨拶に過ぎない。
その証拠に、常人であれば即死している氷の檻から無傷で戻って来る。
竜属同士、しかも魔属竜皇と帝妃という重要人物の、殺し合いとも取れる戯れに毎度ハラハラさせられている事は、当事者には恐らく一生解ってもらえないと思われた。
「最近は色々とあったのでな。リティにしてみれば、全力で甘える事ができる貴方が来てくれた事が嬉しくて仕方がないのであろう」
帝国の中でリスティーナは帝妃であり母である。甘える事ができる者は限られてくるが、甘えられる相手は執務に追われ多忙を極める皇帝。自然、甘えたいという心は封じなければならない。毅然とした態度を取り、優しい笑みで貴族達の嫌味を軽く受け流していく。
それが皆の思い描いている帝妃像。その理想に少しでも近付く為に日々努力していた。
「甘える……か」
竜属の成人は早いが、本当に一人前と認められるには時間が掛かる。長い寿命を持つ親が死んだ時こそ本当の一人前に成れるのだと言われるほどだ。故にリスティーナは成人しているが竜属の基準で言えば一人前ではない。甘やかす対象に含められている。
魔属竜の集落に戻れば、そこには葬竜族の姫として甘やかされる毎日が待っていた。一番甘いのが父親であるリフィルロギュナー。一人娘であるリスティーナにはとことん甘く、手放しでドロドロに甘やかすのは昔から手馴れていた。
端から見ればただの殺し合いであったとしても、当竜同士にしてみれば甘える、甘やかすの一環なのだった。
「……初撃は本気であったぞ」
「…………力の限り甘えたかったのであろう……」
フィリスティアロスと対峙していた際に吹っ飛ばされた攻撃。まともに食らっていれば骨の一本や二本持っていかれてもおかしくは無い程の力が込められていた。
始めは受け止めようと考えたのだが、込められた力と威力を分析した結果、咄嗟に衝撃を吸収する防御膜を展開した。間に合わなかった場合の事を考えれば本気で肝が冷える。
「まぁ、それだけ、末の皇子が大切だと言う事であろう。リティにすれば初の己が子。多少過敏になるのも無理はあるまい」
「過敏……か。確かに我も考え無しであった。新たな同胞の波動が嬉しくてな……」
ケーラルーンの言葉に苦笑する。
竜族の寿命は長い。だからなのか仔が生まれ難い傾向にある。そもそも自然界の覇者とまで言われている存在、同胞が増えない事に多少の不満はあるが仕方が無いと割り切っていた。そんな魔属竜待望の新たなる同胞。それが己の血脈に連なる者であればなおさら喜びも増す。それが今回の暴挙に出た理由。
「解るのか」
帝都から普段魔属竜が暮らしている集落まではかなりの距離がある。それこそ、竜でなければ到達出来ないような谷間に在ると言ってもいい。
「精霊は噂が好きだからな」
竜属は殊更精霊に愛され易い性質を持つ。それが敬意か畏怖かは解らないが、竜属が在るところは精霊の密集地帯と言っても過言ではない。帝都内も竜属が二人に増えた為か、精霊の行き来が頻繁になり、新しい風が吹いていた。
卵が生まれた。成長した。孵化した。襲われた。目覚めた。そのどれもが精霊から聞いた話だ。その中に聞き逃せない物が含まれていた為、同族が動く前に動いたのだった。
「仔の、髪の色は何色であった?」
立ったまま微動だにしないケーラルーンに問う。よほどの事が無い限り、目の前の女傑が座ることは無い。それは己の立場であったり、使う能力によったりもするのだが。
リフィルロギュナーは過去、何度か座るように勧めた事があったがその度に辞退され、理由を聞いた所、立ったままの方が色々と便利だと本人に言われたのだ。今では座ることを勧める事もせず、立ったまま話す事が当たり前となっていた。
「髪の色……?」
「……すまぬ……。我はどうにも配慮が足りぬ」
聞き返された瞬間、己の質問を悔いる。光の無いケーラルーンが色を見る事など出来るはずが無い。普段であれば気をつけている事だが、余程孫の誕生が嬉しいらしい。他者に対する気遣いがすっぽりと抜け落ちている。
「気にする事ではない。魔属竜皇もよほど嬉しいと見える」
笑いを含んだ言葉に、気を悪くしたのではないと知る。思っているよりも浮かれている事を恥じ、リフィルロギュナーは視線を彷徨わせた。
「同族で言えば三百年ぶりの仔……。少々浮かれて居った」
「三……百?」
何気なく言われた言葉に、ケーラルーンが驚く。
「竜属に仔が出来にくい事は知っておろう。四・五百年生まれて来ぬ事も普通にある」
「それでも、開き過ぎではないのか……?」
「一体が現役を引退すれば一体が一人前として認められる。一人前として認められれば、程なくして次代を担う仔が生まれる。我ら葬竜族はそれを繰り返してきた。
我らだけではない。他の魔属竜もどこも似たようなものよ。増える事も無く、減る事も無い。不慮の事故で命を落とせば埋めるように仔が出来る。なればこそ、リスに仔が出来ぬという心配はしておらなんだ。ただ、葬竜として力の強い仔を……と願ったことは確かだがな」
当初のリスティーナの婚約者は同じ葬竜族。リフィルロギュナーの代で薄まった葬竜としての血を多少なりとも取り戻そうと考えたのだ。
「確か、リティの母親は聖属龍であったか」
「あぁ。我が愛した唯一の存在よ」
聖属・創龍族の末席に名を連ねていた者。創龍としての力は殆ど無く、忘れ去られていた存在とも言っていい。だが、創龍族は代々聖属龍皇を輩出している一族。力は無いといってもそれ相応の者に嫁がせる必要がある。
白羽の矢が立ったのが次代の魔属竜皇と目されていたリフィルロギュナーだった。半ば押し付けられる形で結んだ縁だったが、一緒になった事を後悔した事は無かった。
「リティは母親似か」
「そうだ。聖属龍が纏うのは銀。その色に近ければ近いほどその力は増す」
「色を気に掛けていたのは……」
「リティに葬竜族の役目は果たせぬ。我の血が濃い故に魔属竜である事は確かだが、役目を果たすだけの力は無い」
葬竜族の『役目』。誰も担う事が出来ず、また、担えたとしても単騎では不可能な事柄。故に葬竜族の長は代々魔属竜皇を兼任する。
「末の皇子の色は黒。黒がどのような意味を持つかは知らぬがな」
「黒……。魔属竜にとっての黒は最高位の証よ。そうか、『黒』か……」
魔属竜は黒に近ければ近いほどその力を増す。黒に限りなく近い紫紺の髪を持つリフィルロギュナーは、他の同属を寄せ付けないほどの力を内に秘めていた。
「黒だと不都合があるのか?」
言葉に滲んだ苦汁を聞き逃さず、問い掛ける。
「……我ら、『役目』を担う者だけに伝う事柄故、語る事は出来ぬ。すまぬな」
葬竜族の『役目』。影では同属殺しと言われている。
竜属全てが正しい訳ではない。人間に悪人がいるように、竜属にも悪に染まる者がいる。理由は様々だが悪に染まった者を堕ちた竜、穢れた龍と呼び、堕竜、穢龍が自然界に害を成す前に殺す事を担うのが葬送の竜、リフィルロギュナー率いる葬竜族の役割であった。
滅竜族や破竜族、焦竜族が魔属竜の中核を担っており、葬竜族の手が回らない場合や葬竜族ではなくても倒せる物は彼らがパーティーを組み、堕竜と穢龍を狩っていた。
「竜属には竜属の掟があろう。気にする事は無い」
用意された紅茶で喉を潤し、リフィルロギュナーはソファーに深く沈む。
「望んでいた後継。…………複雑なものよ」
次代を望んでいたのは確か。まだ現役とは言えリフィルロギュナーは最前線に立つ為、いつ死してもおかしくは無い。出来れば己の血脈に魔属竜皇を任せたい。それはただの我侭に過ぎない。
リフィルロギュナーは父が死した為に魔属竜皇に推された。出来る事ならば生きているうちに皇の座を譲りたい。最も、それの望みを叶えられたのは、歴代の魔属竜皇の中でもほんの一握りだけであった。
「魔属竜皇……、少々休まれては如何か。疲労した思考で物事を考えても、良い事柄はでまい」
肉体的な疲労か、精神的な疲労かは解らないが、リフィルロギュナーが疲れているのは伝わってくる。もっとも、長距離を飛んだ直後の強制的な愛娘との激しいスキンシップだ。疲れない方がおかしいと言った所か。
「あぁ、そうさせてもらおう。詳しい話は朝……か」
「そうなるな。
解っておられると思うが、隣の部屋が寝室となっておる。ゆるりと休まれよ」
リスティーナを尋ねた際に必ずリフィルロギュナーの為に用意される部屋。他者に使わせる事はせず、滅多に訪れる事の無い父親がいつ訪ねてきても良いようにと、日々手入れは怠らない。
客間ではなく、父親の為の部屋。リスティーナの数少ない我侭であった。
「では、妾も戻るとしよう。また朝に」
「夜分に迷惑を掛けた。主こそゆるりと休め」
意外な労いに、ケーラルーンの動きが一瞬止まる。ロスティグクスの子を身篭り、産んだ時からリフィルロギュナーは剣呑な視線を向けることはすれ、決して優しげな言葉を吐くことは無かった。
後継となる者が生まれると言うのは、こうも心を氷解するものなのかと思わずには居られない。
「主に対して、心無い態度を取り続けた事は謝罪する。ただの妬みだ」
心を読んだかのような言葉。咄嗟に返答する事が出来なかった。戸惑うケーラルーンの姿に自嘲気味に口元を歪ませながら立ち上がると、続き部屋になっている寝室に篭る。
一人部屋に残されたケーラルーンは、メイドに促されて我に返った。
「…………急いて、居られたのか? 魔属竜皇……」
魔属竜皇の行く先々は常に危険を孕んでいる。死と隣り合わせと言ってもいい。上に立つ者であるからこそ率先して最前線に赴き、同属を鼓舞する為に自ら進んで血に塗れる。葬竜族の『役目』は薄々と気付いていた。
そして、そんな危険に挑んでいく父親の横に並び立てない事を、リスティーナが嘆いている事を知っている。魔属竜としての能力は高いが、葬竜族としての力は殆ど無い。その事を恥じている事も、知っていた。
寝室に消えたリフィルロギュナーと、己が部屋で沈んでいるだろうリスティーナを思い、ケーラルーンは深い溜息を吐く。
第三者が立ち入る問題ではない。また、立ち入る事が出来る問題でもない。
「期待と、重圧が凄まじいの…。末の皇子」
誰の返答も返らない言葉を呟き、ケーラルーンは今度こそ、自室へと戻って行った。
はいー。フィス欠片も出てきません。兄上と仲良く夢の中。
どうしてこうなった。
いや、産まれたばかりの子供に、葬送の竜とか、堕ちた竜とか、穢れた龍は理解できないだろうと……。説明回になってしまった感が否めません。
お話のお相手は意外な事にケール殿。皇族がそれぞれ散っている為、急遽引っ張り出されました。彼女が控えていた理由は結界でフィルを守る事ではなく、調度品を守るため。器物損壊防止の為です。
もうホント、亀より歩みが遅いこのお話……。
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先に進まない事が申し訳ないですが、気長にお付き合い下されば幸いです。




