第21話 花嫁の席は一つです
冬至前の最後の市に、セレーネは白い服で現れた。
返された婚礼衣装ではなかった。町を歩ける丈に整えられた、よく似た白絹の服だった。髪には白薔薇、胸には真珠。
ミラは青い服の上に、厚い外套を着ていた。
「あなたも、もっと華やかにすればよいのに」
姉が言った。
「今日は、灯りを運びますので」
「人に任せればいいでしょう」
広場では、冬至の夜に各家の窓へ置く小さな灯籠が売られていた。城からも油を分けるため、ミラはエダと一緒に籠を用意している。
セレーネはその籠を見て、笑った。
「相変わらず、お手伝いが好きなのね」
昔はその言葉で、自分がどこへ立つべきか決まった。
ミラは籠を持ち直した。
「今日は、好きでしております」
それ以上、説明しなかった。
市の中央には、二人掛けの椅子があった。
新しく選ばれた守り手へ、子どもたちが灯りを渡すための席だった。儀式というほど堅苦しいものではなく、その年の顔を覚えるためだという。
ルーカスは橋の見回りを終えてから来る予定だった。
ミラが最後の油壺を置いたとき、姉はすでに椅子へ腰を下ろしていた。
「お姉様」
「少し休んでいるの。靴が合わなくて」
白い裾が、隣の席まで広がっている。
周りの人々は、どう声をかけてよいか迷っていた。
ミラは一度息を吸った。
「そちらは、これから使います。休む椅子は、店の前に」
「まだ、お相手はいらっしゃらないでしょう」
姉は微笑んだ。
昔のミラなら、来るまで待った。
来てから言っても、なぜもっと早く片づけなかったのかと叱られた。
その時間の罠を、体が覚えていた。
「今、空けていただきたいです」
声を大きくしすぎないようにした。
「子どもたちが並び始めています」
セレーネの笑みが薄くなる。
「そんなに、自分の場所を見せたいの?」
「はい」
思いがけず、返事は簡単だった。
姉が目を見開く。
「今日、ここへ座るのは私です」
広場のざわめきが、少し遠くなった。
ミラは姉を見た。
きれいだった。それは変わらない。
だが美しい姉に自分の席を譲る理由は、もうなかった。
「失礼いたします」
後ろから、ルーカスの声がした。
彼はセレーネの前へ立ち、手を差し出した。
姉の顔がぱっと明るくなる。
その手を取り、立ち上がった。
「お帰りなさいませ」
「向こうに、椅子を用意してあります。足を痛めたと伺ったので」
ルーカスはパン屋の前を示した。
ノアが椅子を運び終え、こちらを見ていた。
姉は握った手を離さずにいた。
「こちらでも、構いませんのに」
「こちらは、妻の席です」
彼は礼儀正しく手を離し、ミラへ向き直った。
「待たせた」
「まだ、始まっていません」
ルーカスが椅子の白い布を整える。
ミラはそこへ座った。
隣に、夫が座る。
セレーネは立ったまま二人を見ていたが、やがて踵を返した。
誰も、追わなかった。
子どもたちが灯籠を持ってきた。
トマのものは紙が少し歪み、青い星が三つ描いてある。
「奥様の花と、同じ色」
ミラは受け取った。
「ありがとう。窓に飾ります」
「二人のお部屋?」
ルーカスが咳をした。
ミラも返事に詰まった。
まだ、寝室は別だった。
トマの母親が後ろから、広間の窓にね、と助けた。
ルーカスは笑い、少年へ頷いた。
「二人で見る窓へ、飾る」
「じゃあ、いい」
少年は満足して次の子へ場所を譲った。
その横で、ミラは夫の袖へ小さく触れた。
「あとで、お話があります」
ルーカスの耳が赤くなった。
「……わかった」
何の話か、まだ言っていないのに。
ミラまで頬が熱くなった。
灯籠を渡し終えると、広場で温かい酒が配られた。
ルーカスは薄いものを選び、ミラには林檎の茶を持ってきた。
セレーネはパン屋の前に座っていた。白い服の裾が、雪解け水で少し濡れている。誰かが毛布を勧めたらしいが、膝に置かれていなかった。
ミラは茶を一つ持ち、姉へ近づいた。
「温かいものを」
セレーネは受け取らなかった。
「勝ったつもり?」
ミラは少し考えた。
姉を見下ろして言うのは嫌だったので、隣の低い石へ座った。
「今日は、私の席へ座れました」
「そういう言い方が、嫌なのよ」
姉の声が初めて荒れた。
「あなたは昔から、自分は欲張っていないという顔をする。私ばかり、欲しいと言う嫌な女にする」
ミラは茶の湯気を見た。
そんなふうに見えていたのかと思った。
けれど、姉の気持ちを全部引き受けることはできなかった。
「私は、欲しいと言えませんでした」
姉が黙る。
「今は言います。ルーカス様と、ここで暮らしたい。私の席も、私の名前も、欲しいです」
「私には、何もくれないのね」
昔から、よく聞いた言葉だった。
菓子を一つ、自分の手に残しただけで言われた。
ミラは立ち上がった。
「お茶は、こちらへ置きます」
傍らの台へ茶碗を置く。
「夫は、差し上げません」
セレーネの顔が強張った。
ミラはもう一度礼をし、夫のところへ戻った。
背中が痛いほど、視線を感じた。
それでも、足は止まらなかった。
帰り道、ルーカスは灯籠の入った箱を抱えていた。
ミラが隣を歩く。
「先ほどの、お話ですが」
「ああ」
「本名で、婚礼をしたいです」
彼が足を止めた。
ミラは続けた。
「最初の婚礼を、なかったことにしたいのではありません。でも、今度は名前を呼んでいただきたい。自分で選んだ服と、指輪で」
ルーカスは箱を持ち直した。
「俺も、そう思っていた」
「その後は」
言葉が喉で止まった。
トマの質問が、頭から離れない。
「同じお部屋に、灯りを置きたいです」
夫は長く息を吐いた。
困らせたかと思う前に、彼の声が聞こえた。
「箱を、誰かに預けたい」
「重いですか」
「君を抱きしめたい」
ミラは両手で顔を覆った。
街道で、そんなことを言わないでほしい。
でも、言われたくなかったわけではない。
城へ着くと、エダが箱を受け取ってくれた。
次の瞬間、ルーカスの腕がミラを包んだ。
「約束する。二度目の婚礼を、君の名前で」
ミラは彼の背へ腕を回した。
「はい。あなたの名前も、呼ばせてください」
夜の窓に、青い星の灯籠が一つ置かれた。
今は小広間の窓だった。
次に置く場所は、二人で決めていた。




