アセリア・バーンシュタインと秘密の地下室④
「滅びる……寸前、ですって?」
村は滅びる寸前だという、田舎娘。
それにオウム返しすると、彼女は真面目な顔で頷き、こう続けたのです。
「はい。ご覧の通り、この村はいまや老人ばかり。どうにか大災害から立ち直りはしましたけど、今でも土地は瘦せ細り、畑はずっと不作で、さらに近隣には魔獣がはびこり、村だって何度も襲われているんです」
「魔獣……? 魔獣、ってなんですの?」
聞き覚えのない単語に私が首をひねると、物知りのクロが解説を入れてくれました。
「お嬢様。魔獣とは、人間を襲う化け物どものことです。あちこちで被害を出していて、魔獣の大群に滅ぼされた国もあるほど、危険な存在でございます」
「ふうん。王都では、見たことも聞いたこともありませんでしたけど。それ、野生動物と何が違いますの?」
などと、何気なく尋ねる私。
すると、それを聞いた田舎娘が、くわっと目を見開いて、急に大声で叫んだのでした。
「全然違います! 野生動物は自分たちが生きるために戦いますけど、魔獣は他の生き物を殺すことが目的なんですっ!」
「ひえっ!?」
それにビックリして、変な声を上げてしまう私。
すると、田舎娘はハッとした顔をして、慌てて頭を下げました。
「ごっ、ごめんなさいっ。でもとにかく、魔獣は危険な存在なんです。それだけじゃありません、近くには山賊が住み着いていて、しょっちゅうたかりに来るし、領主様がいなくとも、国への税は当然支払っています。村の比較的若いみんなは、この村にはもう未来がないからって、出稼ぎに行ったまま帰ってきません。この村には、どう頑張ったってこれ以上出せるお金なんてないんです。だからっ……」
そして、田舎娘は深々と頭を下げると、必死な声で続けたのです。
「どうか、この村のことは放っておいてくださいませんか! 不躾な申し出なのはわかっております。私のことは、無礼討ちにしてくださってかまいません! だから、どうかみんなをそっとしておいてあげてください。お願いしますっ!」
「……」
その覚悟が決まった一言に、思わず無言になってしまう私たち。
この田舎娘……たった一人で、そこまでの覚悟で私たちの元にやってきたのね。
庶民がお貴族相手に意見するなんて、本来は許されざることですもの。
やだわ。勇敢ですわ、この子。
「あなた。たしか、リタとか言ったかしら」
「あっ、は、はい……?」
「安心なさい、リタ。この村から税を取れないことぐらい、見ればわかりましてよ。あなたのその覚悟に免じて、失礼な態度への処罰も許して差し上げるわ」
「あっ……。あ、ありがとうございます!」
私の言葉を聞くと、田舎娘リタは安堵の表情を浮かべ、また深々と頭を下げました。
こんな良い子をどうこうしたら、さすがにお貴族の名折れというものですわ。
「……とはいえ、困りましたわね。この村を当てにしてきましたのに、これでは今後どうすればいいのやら」
「そうですね、お嬢様。こうなったら、僕たちも国外に逃げましょうか。どこかよその国で、再起を図るというのも……」
なんて、見栄を張ったはいいけれど、未来がないのは私たちも同じ。
さてどうしたものか、とクロとひそひそやってると、そこで背後から声が聞こえてまいりました。
「ご主人様。それでしたら、私に良い考えがございます」
「あら……! ゴーレム、あなたいつの間に!」
そう、それは、地下室に待たせておいたはずの、ゴーレムの声だったのでございます。
それがいつの間にか、大きな体をかがませながら、背後に立っていたのでごすわ。
ですが、それで困ったのがリタのこと。
私たちはもう慣れましたが、岩の塊が動いて喋っているのをいきなり見たリタは、くわっと目を見開き。
そして、とんでもない大声で叫んだのでした。
「……いやああああああああ!! 岩の、化け物おおおおお!!」
あちゃあ……。
◆◆ ◆
「そ、そう、なん、ですか……。れ、錬金術で生み出された、ゴーレム、っていうんですね……」
ゴーレムを見て、恐怖のあまり気絶してしまったリタ。
それを慌てて屋敷に運び込み、介抱することしばらく。
意識を取り戻したリタは、そこで申し訳なさそうにしているゴーレムを見てまた叫び声を上げましたが、今度はどうにか意識を保ちまして。
私たちの説明を聞いて、ようやく落ち着きを取り戻したのでした。
「信じられない気分ですけど、目の前にいるんだからしょうがないですね……。そうか、このお屋敷には夜に時々大きな人影が見えて、幽霊だとか呪いだとかとか言われてたんですけど。正体は、あなただったんですね」
「はい。時折目を覚まして、屋敷の掃除などをしておりました。お騒がせして、申し訳ありませぬ」
「ごめんなさいね、うちのゴーレムが驚かせてしまって。もう、ダメじゃないコロちゃま」
「はい、申し訳ありません、ご主人様。……コロちゃま……?」
「ええ。あなたの名前、言いにくいんですもの。コロッサスだから、コロちゃまよ。お嫌かしら?」
「滅相もありません! 愛称をつけていただけるとは、まさしく身に余る光栄。このコロッサス、生涯の宝といたします、ご主人様!」
「おほほ、よろしくてよ。あと、私のことはご主人様、ではなく、お嬢様と呼びなさい」
「はい、お嬢様!」
「……おほん! そろそろ、本題に戻ってもよろしいでしょうか、皆様」
そこで、このままでは一生話が進まないと思ったのか、クロがわざとらしい咳払いと共にそう言いました。
そして、コロちゃまのほうを向いて、居丈高に続けたのでございます。
「おい、ゴーレム。先ほど、良い考えがあるとか言っていたな。どういう意味だ?」
「はい。この村は、我が偉大なる創造主様がお離れになってから、ずいぶんと寂れ果てた様子。そしてお嬢様は、この村から税を取れず、困っているとのこと。それらの問題を、一挙に解決する手段がございます」
「へえ……! それは素晴らしいことですわ! で、その手段って、なんなのかしら?」
「はい、お嬢様。その手段とは、ズバリ、錬金術にございます」
素晴らしい話に私がワクワクして尋ねると、コロちゃまは自信ありげにそう答えたのでした。
……お錬金術……?
「かつて我が偉大なる創造主様は、錬金術で生み出した素晴らしき品々で、この辺境を大いに栄えさせたのでございます。ならば、今一度、錬金術を用いれば同じことが可能なはず。そして錬金術でこの土地が豊かになれば、税を取ることも可能となりましょう」
「……まあ、そうかもしれませんけれども……。でもあなた、そのお錬金術を、どこの誰が扱えると言いますの? おじいさまは、もうこの世におられないのよ」
と、呆れ顔の私。
そう、いくらお錬金術とやらが凄い力でも、使える人がいなくては意味がありません。
そんな難しそうなこと、どこの誰ができるというのやら。
そう思っていると、コロちゃまは私のほうを見て、あろうことかこんなことを言い出しやがったのでございます。
「それはもちろん、偉大なる創造主様の血を引く、お嬢様にございます」




