アセリア・バーンシュタインと秘密の地下室③
「まあ。もしかして村人たちが、気持ちを入れ替えて謝罪に来たのかしら」
誰かが玄関をノックしていると言うクロと、それを聞いて、そんなことを考える私。
先ほどは失礼いたしました、こちらおもてなしの食料と上納金です、なんて殊勝な態度を取るのなら、水に流してあげないこともありませんわ。
「ここは領主として、堂々と出迎えなければいけませんわ。……ええと。ゴーレムのあなた、お名前はなんと言ったかしら?」
「はっ。偉大なる創造主様より、コロッサスという名をいただいております」
「コロッサス……妙な名前ですわねえ。まあいいわ、あなたは少し待っていなさい」
そう命じると、ゴーレムを置いて、私たちは地下室を後にしました。
「お嬢様。もしかしたら、村人たちに害意があるやもしれません。心の準備だけはしておいてください」
「わかっています。ですが、たとえそうだとしても、私の威厳で押し返して見せますわ」
なんてやり取りをしつつ玄関に向かい、ささっと身支度を整えると、ドキドキしている胸をそっと抑える私。
そして合図をすると、クロがさっと扉を開き、私はドンと来やがれですわっ! と、身構えたのですが……。
拍子抜けなことに、扉の向こうにいたのは、若い田舎娘が一人だけだったのです。
「……何者だ。何の用があって、屋敷の戸を鳴らした!?」
「わっ!? ごっ、ごめんなさい! 申し訳ありませんっ!」
その、ボロい農民服を着て、オレンジ色の髪を後ろで結った小柄な少女は、クロの恫喝に慌てふためき、その場でさっと膝を折りました。
そしてそのまま深々と頭を下げ、地面に額を擦り付けたので、私は慌てて制止します。
「ちょっと、そこまでしなくてよろしくてよ! 頭を上げなさい。あなた、どなた? 私に何の用か、言ってみなさいな」
「はっ、はい、失礼しました! 私はこのマルカス村の者で、リタと申します! りょ、領主様がお戻りになられたと聞いたので、おっ、お伺いしたいがあって参りました!」
私がそう声をかけると、慌てた様子で立ち上がる田舎娘。
歳は、おそらく十五歳ぐらいかしら。
服も顔も土で汚れているけれど、あらためて見てみると、けっこう可愛い顔をしてますわね、この子。
田舎娘にしては顔立ちが整っていますし、青い瞳が小動物のようで、なかなかチャーミングですわ。
ちゃんと手入れしてドレスでも着せれば、案外見れるようになりそうですわね。
なんてことを考えていると、そこでリタというらしい田舎娘が、私の顔をまじまじと見つめていることに気づきました。
「なんですの? 人の顔をジロジロ見たりして。失礼ですわよ」
「あっ、ごっ、ごめんなさい! ……そ、その、失礼ながら、綺麗な方だなーと思って……。私、こんなに綺麗な方、初めて見ました……」
……あらあら。
あらあらあらあら。
あらあらあらあらあらあら!
んまあ、なーんて素直な子なのかしら!
この子ったら、私を見ながら、ぽ~、と赤い顔なんかしちゃって!
おほほ、どうやら私の美貌は、こんなど田舎には過ぎたものだったようですわねえ!
なんてすっかり良い気分になっていると、そこでクロが私の前に立ち、彼女の視線を遮りながら(背が低いので失敗していますけれども)声を荒げました。
「お伺いだと? なんと無礼な。領主の帰還をあのように迎えておきながら、領民風情が、対等に質問しようなどと言うつもりか」
「あっ、ごっ、ごめんなさい! で、でも、村のみんなが失礼を働いてしまったのには理由があるんですっ! どうか、お聞きください!」
それにビビり散らかしながらも、逃げ帰らず反論してくる田舎娘。
こやつ、意外と根性がありますわね……。
「……いいでしょう、話すことを許します。理由とやらを、言ってみなさいな」
「あっ、ありがとうございます……! ただ、その前にどうしても確認させていただきたいことがありまして……。そのお……領主様は、ずっとお留守にしてらっしゃったのに、どうして今になって戻って来られたのですか?」
うっ。この娘、痛いところを突いてきますわね……。
さて、どう返事したものかと私が困っていると、そこでクロが嬉々として、いらんことを言い出したのでした。
「教えてやろう。バーンシュタイン家は王都で繁栄を極めていたが、この度、見事に没落し、財産をすべて失ったのだ。それで王都に居られなくなり、ノコノコとここに逃げてきたというわけだ」
「ちょっとおおおおおおお!? クロ、あーた、余計なこと言ってんじゃないですわよおおおおおお!?」
慌てて止めますが、時すでに遅し。
我が家の恥ずかしい秘密は、すっかり田舎娘に聞かれてしまったのでした。
「没落……。そうか、だからなんですね」
「ぼっ、没落と言っても、貴族の地位は保っておりますわよ!? それに、私じゃなくて、お父様が失敗しただけだから! 私は悪くないですわー!」
なんて言い訳がましく叫んでも、もう私の威厳は木っ端みじんに吹き飛んでしまった後なのでした。
おのれクロめ、あとでお説教ですわ! なんて私が内心キレ散らかしていると、田舎娘は何か考え込むような顔をした後、私のほうを見て真面目な顔で言ったのですわ。
「では、この村への復讐のために戻ってこられたわけではない、のですね?」
「復讐? 私が、なにを復讐すると言いますの。そもそも私、おじいさまが以前この村にいらしたことも最近知ったぐらいですわ。ねえ、この村とおじいさまの間に、過去になにがありましたの?」
そう、バーンシュタイン家のことを呪われた貴族だと言ったり、復讐に戻ってきたのではないのかと言ったり。
過去に何かなければ、こんな話は出てこないでしょう。
正直、気になって仕方ない私があらためてそう尋ねると、田舎娘は表情を硬くして、ぽつぽつと語りだしました。
「私が生まれるずっと前だから、人から聞いた話なんですけど……。かつてこの村は、バーンシュタイン家のご指導のもと、とっても繁栄していたらしいんです。でも、ある時、かつてないほどの大災害がこの地域を襲ったんだとか」
「まあ……」
「山は崩れ、川は干上がり、作物はほとんど枯れ、ものすごい被害が出たって。それで、村の人たちは、その。……大災害が起きたのは、バーンシュタイン家のせいだって、領主様を責め立てたそうなんです」
「はあ……!? なんですのそれ、災害は災害でしょう!? なんで我が家のせいになりますの!」
「詳しくはわかりません。当時生きていたお年寄りたちは、後ろめたいのか、あまり語りたがらないので……。ただ、領主様をそのように扱うなんて、本来なら謀反として厳しく処罰されても不思議ではありませんでした。でも、領主様は怒り狂うみんなを許し、村の自治を認め、この地を去られたって」
まあ、なんてこと……!
そんな過去がありましたのねっ!
村人たちのあの怯えようにも、納得ですわ。
それにしてもおじいさま、そんな扱いを受けても村人どもを許すだなんて、なんて寛大な……。
「でも、お年寄りたちは『いつかバーンシュタインが復讐に来る』って怯えてばかりで。だから、領主様を見てパニックを起こしちゃったんだと思います。本当にごめんなさい。でも、勝手なお願いですが……どうか、村のみんなを許してあげてはくれませんかっ?」
「……許すも何もありませんわ。おじいさまが、この村への復讐がどうとか、そんな恨み言を残したなんて聞いておりませんもの。ならば、今さら私がどうこう言うことではなくてよ」
私がそう言うと、田舎娘は表情をぱあっと明るくして、「ありがとうございます!」と頭を下げました。
まあ、謎も解けましたし、過去は過去ですものね。
でも、田舎娘は顔を上げるとまた表情を硬くし、こう続けたのでした。
「それで、その。復讐が目的でないのなら……もしかして、この村に戻ってこられたのは、税を取るため、でしょうか……?」
「まあ、そうなりますわね。それが我が家の持つ権利ですので。それを行使しに来たのですわ」
「やっぱり……。でも、領主様、言いにくいのですが、それはとっても難しいです。何故なら……このマルカス村は、もう、滅びる寸前なのですから」




