アセリア・バーンシュタインと秘密の地下室②
「お嬢様! お嬢様、なんですか今の、屠殺される豚みたいな悲鳴は!? どうなされました!」
私の悲鳴を聞きつけたのか、階段の上からそんなクロの声と、大慌てで階段を下りてくる音が聞こえてきました。
そしてクロは地下室に飛び込んでくると、腰を抜かしてへたり込んでいる私に叫んだのでございます。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「く、く、クロ……! あ、あれ……!」
それに、青い顔で前方を指さす私。
その先にあるのは、あの動き出した、岩の塊。
それが、立ち上がったまま身じろぎ一つせず、じっとこちらを見つめているのですわっ。
「……」
ゴツゴツした体に、いかつい両腕、しっかりと直立している巨大な両足。
その頭部は人に似た形をしていて、二つの目に、口のような穴も開いています。
岩で出来た、人を模したなにか……それは、そういうものに見えました。
「なっ、なんだこいつは……!? お嬢様に近づくな、化け物!」
声を震わせながらも、私をかばうように岩の化け物の前に立ちふさがるクロ。
だけど、そこでまたもや、とっても予想外なことが起きました。
なんと、なんと……その岩の化け物がゆっくりと口を動かし、人間の言葉を発したのでございます!
「おお……。偉大なる我が主、バーンシュタインのお方がお戻りになられた……。長く待ち続けた甲斐が、ありました……」
「キエエエエエアアアッ!? しゃっ、喋ったああああ!?」
あまりにも信じられない出来事に、またもや悲鳴を上げてしまう私。
だけどそんな私の目の前で、さらに岩の化け物は、スッとその場にひざまずいてみせたのでございます。
「このコロッサス、当主様のお帰りを心から歓迎いたします。どうぞ、なんなりとご命令を」
「へ……?」
度重なる予想外な展開に、頭がついてこない私。
それでもどうにか身を起こすと、おっかなびっくり、止まったままのそれに声を掛けます。
「あ、あなたなんなの……? て、敵じゃありませんのね?」
「もちろんでございます。私は、錬金術によって生み出された存在である、ゴーレム。あなた様の、忠実なるしもべにございます」
……れんきんじゅつ……? ごーれむ……。
知らない言葉が出てきて、頭にはてなマークが付く私。
ですがその時、クロが驚いた様子で声を上げたのでした。
「錬金術……! なんと、実在していたのか!」
「クロ、知ってますの? なんですの、錬金術って」
「はい、お嬢様。錬金術とは、かつて繁栄していたとある国が生み出したとされる、技術の一つでございます。錬金術はただの石を金に変え、疑似的な生命すら生み出したとか。しかしまさか、実物をこの目で見ることになるとは……」
と、驚嘆した様子で言うクロ。
「はえー。そんなものがこの世にあるなんて、聞いたこともありませんでしたわ! ……ところで、どうしてあなたがそんなこと知っているの、クロ」
「王都のお屋敷にあった本で学びました。ご主人様が、『アセリアは知恵のほうはからっきしだから、お前がしっかり支えるように』と、図書室を自由に使わせてくださいましたので」
「……」
お父様、私のことをそんなふうに見てらっしゃったのね……。
どうりで、クロが妙にしっかりしているわけですわ。
「まあ、それはひとまず置いておいて。あなた、本当にその、お錬金術とやらで作られた存在なの? そんなこと言って、中に人が入っているのではなくて?」
「いいえ、そんなことはございません。どうぞ、いくらでも存分にお調べください」
ゴーレムだとかいうそれがそう言うものですから、怖いのも忘れて、その体をベタベタ触りまくる私。
するとその体はたしかに岩のようなもので出来ていて、しっかりと硬く、とても中に人が入れるとは思えません。
「本当に、岩の体が動いてるようですわねえ……! 信じられない! 人間が、こーんなものを生み出せるなんて!」
「ご納得いただけましたか。私は、忠実なるバーンシュタイン家のしもべにございます。どうぞ、なんなりとお申し付けください」
「あっ、そうそう、そこが疑問なのですけれど。あなた、どうして私がバーンシュタイン家の者だとわかりましたの?」
「それはもちろん、その当主の指輪をお付けになられているからでございます。それは、錬金術の英知が詰め込まれた、バーンシュタインの血筋を引く方のみが扱える特別な道具。そうではないものが身に着けたところで、何の効果もございません」
そう言って、私の指にはまっている青銅色の指輪を指さすゴーレム。
なんと、このボロッちい指輪、そんなすごい逸品でしたの!?
「ですが、そうでなくともわかります。その聡明なお顔に、輝くばかりの麗しきお姿。偉大なるバーンシュタイン家の血を引いてらっしゃると、一目でわかりますとも」
「おっ、おほほ、そうかしら? まあ、あなたったら、岩のような外見なのに見る目がありますわねえー!」
やだ、この子ったら、素直で良い子かもしれませんわー!
なんて私たちが楽しくやり取りしていると、そこで面白くなさそうな顔をしたクロが口を挟んできました。
「おい、ゴーレムとやら。お前が錬金術で作られた存在なのはわかった。だけど、そのゴーレムがなんでバーンシュタイン家に仕えているんだ。お前を作ったのは、一体誰なんだ?」
「はい。私を生み出してくださったのは、偉大なるゲオルグ・バーンシュタイン様にございます。我が創造主であるそのお方に、永久にバーンシュタイン家に仕えるよう命じられておりますれば」
「まあ、ゲオルグですって!? それって、おじいさまのお名前ではないの!」
そう、ゲオルグはまごうことなき、おじいさまのお名前。
まさか、おじいさまが、こんな不思議な存在を生み出す技術をお持ちだったなんて……!
「なんと……。先々代様が、錬金術の使い手である錬金術師だったとは。そのようなこと、聞いたこともないし、記録を見たこともありませんでした」
「私もですわ。王都でそのような、不可思議な品を取り扱っていたとも聞いておりませんし。どうして隠していたのかしら」
顔を見合わせ、口々にそんなことを言う私たち。
すると、ゴーレムがそこで口を開きました。
「それは、私にはわかりませぬ。ただ、かつて我が偉大なる創造主様はこの土地を見事に治め、また錬金術を用いて豊かな土地へと変えられました。されど……」
静かに過去を語るゴーレム。
だけどそこで、クロがすっと手を指し示してそれを止め、そして階上に目を向け、こんなことを言いだします。
「待て、ゴーレム。……お嬢様。上からなにか、物音が聞こえてまいります。これは……誰かが、玄関をノックしているようです」




