森のエルフと、エレガントに交渉ですわっ①
「うーん、困りましたわ……。どうしましょうかしら」
村人たちと和解を果たした、その翌日のこと。
屋敷の庭で、手引書とにらめっこしながら、私はそんなことをつぶやきました。
すると、紅茶を淹れてきてくれたクロが、それを聞いて、こう尋ねてきます。
「お嬢様。なにか、お悩みですか」
「あら、クロ。いえね、あの魔獣の後始末について困っていますの。ほら、あいつらってば、私がぶん殴った後、気持ち悪いことにドロドロに溶けたでしょう」
そう、昨日私が運よく殴り倒した魔獣たち。
あやつらの死骸を村人たちに片付けさせようと、ふと振り返ってみると。
なんとやつらの体はぐずぐずに崩れ落ち、ばっちい黒い液体に変じて、あたりを汚染しまくりやがっていたのですわっ。
村人たちによると、それが魔獣の恐ろしいところで、やつらは倒してもそうして体を毒に変え、土地を汚染するのだとか。
「何しろ、知らなかったとはいえ畑の側で倒したものですから。ほっとくと畑にどんな悪影響がでるか、わかったものではありませんわ」
「そういえばそうでしたね。……しかし、死んだらすぐに死骸も残らず溶けてしまうなど、普通の生き物なら考えられません。魔獣とは、一体なんなのでしょう」
そう言って、首をひねるクロ。
本当に、不思議で不気味なやつらでしたわ。
襲われた時も、食欲とかそういうのではなくて、純粋な敵意だけを感じましたもの。
あんな奴らにあたりをウロウロされてちゃ、おちおち庭で昼寝もできませんわ。
早く、一匹残らず駆逐しませんと。
「それでね、おじいさまの手引書に、アレをどうにかする手段が書いてないかなと探していたら、バッチリありましたの。魔獣の死骸で汚染された大地を綺麗にする、『エンジェル浄化液スーパー』っていう、まさに欲しかった道具が」
「相変わらず名前がひどいですね」
「それで、さっそく作ろうと思ったのですけれど……なんと、作るための素材が、屋敷にないんですの!」
「ああ、なるほど。それは困りましたね。素材が採れる場所は、書いていないのですか?」
「書いてありますわ。だけど、その場所が面倒なの。北の、森の中なのですけど……」
「なんだ、簡単ではありませんか。村人に命じて、採ってこさせてはどうですか」
「それが、駄目なのですわ! リタが言っていたのですけれど。なんと、北の森は今、悪い亜人に占領されていて、足を踏み入れようものなら、即座に矢を射かけられるらしいの!」
亜人。
亜人とは、その名の通り、人間によく似た外見をした、他種族のことを言います。
人間と同じように知恵や文化を持ち、それゆえにいつもいざこざを起こしている、厄介な連中なのですわ。
「北の森は、もともとこの村の住民にとって、貴重な狩場だったらしいのですけれど。亜人のせいで狩りにも行けず、ますます食糧不足になっているとか。手引書に書かれている素材も、そこにあるはずなのですけれども……。ああ、どうしましょうかしら」
と、頭を抱える私。
すると、クロは小首をかしげて、こんなことを言いやがったのですわ。
「亜人ごとき、お嬢様がひとっ走り行ってきて、殴り倒せば済む話なのでは?」
「何を言ってますの、私のような華奢な淑女に、森に乗り込んで野蛮な亜人を殴り倒すなんてこと、できるわけないでしょう! しかも相手は、いきなり矢を放ってくるような、物騒な相手ですのよ!?」
「飛んでくる矢ぐらい、お嬢様なら素手で掴み取れるのでは?」
「できるかっ! あーた、私をなんだと思ってますの!?」
ほんまに、こいつは~……!
私を無敵の化け物か何かだと勘違いしてて、困ってしまいますわ!
なんて憤慨していると、そこで庭の手入れをしていたコロちゃまが、大きな体を揺らしながらやってきて、こんなことを言いました。
「……失礼。お嬢様、お話が聞こえてしまいました。それで、心配なようでしたら、よければ私がお供いたしましょうか」
「まあ、コロちゃまが!?」
「私のこの体ならば、矢など、ものともしません。どうぞ盾としてお使いください」
「なるほど、それは名案だ。ではお嬢様、どうしてもご心配ならば、こいつと共に行ってきてはどうですか」
「……あーた、この偉大なるバーンシュタイン家の娘であるアセリアに、あくまで森に行ってこいと言いますのね……! ていうか、他人事みたいに言っていますけれど、お前はどうするつもりですの、クロ」
「僕にはこれからリタたちと、商売に関する細かい取り決めを話し合うという仕事がありますので、お供はできそうもありません。それとも、お嬢様が代わりにおやりになりますか? たしかそういう、数字を扱う作業は、たいそう苦手だったと記憶しておりますが」
「……森に行きますわ……」
そういうことになりました。




