村人と魔獣と初めてのお暴力①
「……お嬢様。お嬢様! いい加減になさってください、お嬢様!」
「……はえ?」
マルカス村に越してきてから、はや一か月。
今日も今日とて、屋敷の地下室でお錬金術に励んでいた私に、クロが背後からそう声をかけてきました。
「いい加減にしろって、なにをですの? クロ」
「錬金術を、です! 何日釜に向かっていると思っているんですか! もう三日も徹夜しているんですよ!?」
と、私が振り返って問うと、クロは怒り顔でそう答えました。
「三日ぁ? またまた、そんな馬鹿ことを。冗談はやめてちょうだい、クロ。せいぜい、一日ぐらいしか経ってませんわよ」
「三日経ってます! 地下室にずっといて、感覚が狂っているのですよ。前に起きてから、何回食事をしたのか思い出してください」
何回って、えーと……何回だったかしら。
お錬金術に夢中で、あんまり覚えておりませんわ。
そもそも、何を食べたのかも思い出せないぐらいですもの。
「いくらお嬢様が体力お化けでも、頑張りすぎですよ。そろそろ休息と睡眠を取ってください。……というか」
呆れた様子でそう言い、そしてクロは、部屋の向こうで作業に勤しんでいるコロちゃまに続けました。
「なあ、ゴーレム。この錬金タクトとかいうやつ、たしか錬金術師の生命エネルギーを使うとか言っていたな。そんなものを、こんなに連続で使って大丈夫なのか?」
あら、そういえばそんなこと言ってましたわね。
何も感じないから、気にしたことがありませんでしたわ。
なんてことを考えていると、そこでコロちゃまは作業の手を止め、困った様子で答えました。
「生命エネルギーと言っても、そこまで特別なわけではないと聞いております。せいぜい、同じ時間の散歩と同程度の疲労を感じるぐらいだとか。……とはいえ、我が偉大なる創造主様でも、一日に数時間ほど作業をなされたら、その日はもうお疲れでございました」
そして、私のほうを見てこう続けます。
「ですのに、お嬢様は三日連続で作業していても、まるで疲労を感じていらっしゃらないご様子。また、錬金タクトから放たれている生命エネルギーも、いつまでも素晴らしい輝きを放っております。いやはや、まったくもってお見事な生命力と言わざるを得ません」
「あら、オホホ。まあ、私、元気だけは有り余っていますから」
「たしかに。たとえ野生のイボイノシシを百頭集めても、お嬢様の異常な体力には敵わないことでしょう。さすがでございます」
「どうしてイボイノシシでたとえた、おのれはっ!?」
ああもう、ほんっと、このガキは~~っ!
なんてこの私がキレ散らかしているのに、クソガキ執事はそれを一切気にせず続けやがります。
「まあ、お嬢様の、完全に持て余して空回りしまくっていた無尽蔵体力の投棄先が見つかったのは喜ばしいことです。とはいえ、無理をしすぎて体を壊されてはいけません。お茶と食事をご用意してありますので、どうぞ上でお召し上がりください。その後は、しっかり休息していただきます」
「わかりましたわよっ! ふんっ。さあ休憩しますわよ、コロちゃま」
「あ、いえ、お嬢様。私はゴーレムですゆえ、エネルギーが続く限り、疲れることはありません。ですから……」
「いいから付き合いなさいな。自分だけ休むんじゃ、私が落ち着きませんわ。上で話し相手になってちょうだい」
「はっ。お心遣い、感謝いたします。お供させていただきます」
そう頭を下げたコロちゃまを引き連れて、ゆったりと階段を上がる私。
そして一階に出ると、窓からまぶしい朝日が差し込んできて、目がくらんでしまいました。
「ああっ、今って朝でしたのね。まぶしいですわ~……」
「三日も地下に籠っていたのですから、当然でしょう。健康のためにも、存分に光を浴びてください。……そうだ。よければ、テラスでお食事をとられますか?」
「そうですわね。そうしますわ」
そう答え、そのまま屋敷裏手のテラスに向かう私。
そしてそこに設置した、ボロッちい椅子に腰かけると、庭に視線を向けてつぶやきました。
「はあ。あのひどい有様だった庭も、だいぶマシになりましたわねえ。ほんと、コロちゃまたちったら、働き者なんだから」
そう、そこには綺麗に整理され、すっかり見晴らしの良くなったお庭が。
ここに来た時は草ボーボーでひどい有様でしたが、今や雑草は消えてなくなり、土は整えられ、そしてクヌア草をはじめとする錬金素材が規則正しく植えなおされていました。
それはすべて、コロちゃまと、手伝いに来てくれたリタによるもの。
リタってば、せめてこれぐらいはさせてくださいと、自分の畑で忙しいでしょうに、実によく働いてくれています。
「お褒めいただき、ありがとうございます。ですが、まだ芝生を敷けてはおりませぬ。せっかくのお庭ですのに、土が剥き出しで、申し訳なく思う限りです」
「十分ですわよ。今は、我が家の財政的に、贅沢は敵ですわ」
残念そうなコロちゃまにそう言う私。
そもそも屋敷自体、手直しはしたけれどボロボロのままですし、庭だけ立派でもしょうがないというものですわ。
「お嬢様、お待たせいたしました。朝食にございます」
「あら、ありがとうクロ」
なんてやってると、クロが朝食を持ってきて、テーブルに広げました。
まあ朝食と言いましても、パンにチーズと薄いスープだけの、至って質素なラインナップですけども。
「あいかわらず、寂しいですわねえ……」
「申し訳ありません。現在の状況では、これが精いっぱいでして」
「わかっていますわ。さすがに、ぶ厚いステーキと上質なスープ、というわけにはいかないことぐらい。とはいえ、サラダぐらいはついていて欲しいところですわ」
「僕もそう思うのですが、村人がいまだに相手をしてくれず、仕入れもままなりません。リタの差し入れと、王都から持ってきた食材だけでは、どうしても限度がありまして」
と、困った顔で言うクロ。
もう、本当にこの村の人たちには困ったものですわ。
リタと話はついたのに、いまだに怖がってばかりで、交流を持とうとしてくれませんの。
私たちに気づくと、相変わらず慌てて逃げていくばかり。
本当に、失礼しちゃいますわっ!
なんて憤慨しつつ食事に手を付け始めると、クロがこんなことを言い出しました。
「それにしても、お嬢様。本当に、凄い熱中ぶりですね。お嬢様がこんなに、なにかに打ち込んでいるのは、初めて見ました。錬金術が、ずいぶんとお気に召したようで」




