母と子(4)
「まだ一つ、答え合わせをしていない事があります。それが何か分かりますか、ファラ。」
殿下は再びファラを試すように見つめました。
この国の成り立ちとその歴史
レクロリクス王家の遺志
レクロリクス王家とロースハイム王家の関係
ロースハイム王家の純血思想の破綻
それらすべてから紐解かれた真実
そして、まだ解決していないことがあるとすればそれは――。
ファラは顎に手を乗せて考えると、何か思い当たったように顔を上げました。
「五〇〇年前生き残っていた王女のお蔭でロースハイム王家の純血思想が裏では崩れていたのは分かったけど、どうしてその後の歴代の王妃達まで王との子を産むのを拒絶したのか……。あんたの話からして、レクロリクスの王女は自分の子を産まなかったはずだ。だとしたら、そこでレクロリクスの血は上界では完全に絶たれたことになる。なら、それ以降のあんた等歴代の王妃はロースハイムの人間ってことになる。表向きには純血思想は未だ残っているからな。マルクスがいることが何よりの証拠だ。」
ファラはそこまで言って殿下の顔を窺いましたが、殿下は難しい顔をされたままでした。
「違うのか……。いや、待てよ……。」
ファラは再び考え込むように顎に手を乗せて俯きました。
「あんた、確かさっき初代王妃の遺志は今もまだ生きてるって言ってたよな。それに、ロースハイムの人間ならこの部屋を知ってるはずがない。知っていたならこんな場所を捨て置くはずがない。てことは、もしかして――。」
ファラは再び顔を上げ殿下の目を見つめました。
その表情は、驚きというより戸惑いと言った方が正しいでしょうか。
「産んでたのか?下界のレクロリクスの血を引く人間と……?」
ファラがそこまで言って、ようやく殿下はおもむろに口を開かれました。
「そこに辿り着ければ合格点でしょう。」
殿下の口角が少し緩んだ気がします。
合格点ということは、ファラが口にしたことは当たっているということでしょう。
ということは、つまり殿下は――。
「私は生まれついてから名をナスタシア=ロースハイムと名乗っていました。しかし、本当の名はナスタシア=レクロリクスです。」
その告白に、先程のガイラさんの感動と同等かそれ以上の衝撃を私達は受けました。
「殿下が……レクロリクスの血筋――!?」
レクロリクス王家について殿下ご本人を除いて一番知っているはずのファラでさえ、その事実に開いた口が塞がらない程に驚愕していました。
「私の素性を説明するには先程の話を少し遡らねばなりませんね。」
そう言って殿下は何かを思い出すように目を瞑り、そして少しの間をおいてから語り始めました。
「五〇〇年前、唯一生き残ったレクロリクスの王女は、その身に避妊薬を投与することで初代ロースハイム王との子を産むことを拒絶しました。しかし、ロースハイム王が高貴な国民との間で子を作る強行策に出ると、王女は完全にロースハイム家の血が絶てないと危惧されました。その結果、王女も強行策に打って出たのです。」
強行策――。
その言い回しに私は背筋がゾクッっとする感覚を覚えました。
「上界には自分以外にレクロリクスは存在しない。しかし、結びの階段を使い、下界にいるレクロリクスの血を継ぐ者との子を授かれば、その子に託すことが出来る、と。」
「下界に……。でも、王女殿下の場合はレクロリクスの血を継いでいない人でも良かったんじゃ……。」
「その時の王女はエムイスタス王の妃です。上界の国民との子を産むことは困難でした。加えて下界の人間――それも全く関係のない人々に、レクロリクスの遺志を背負わせることはあまりに重責です。二つの王家の問題に関係のない他人を巻き込むのは心苦しかったのです。」
確かにその当時の時点で五〇〇年も続いている遺志を赤の他人が背負うというのは酷な話かもしれません。
だからレクロリクス王女は近親相姦に継ぐ近親相姦を犯してまで遺志を託すための子を作った。
「そうして秘密裏に一部の憲兵を味方につけ、結びの階段から兵を下界に派遣したのです。そして見事に下界でルシウス様の遺志を継ぐ者達との接触に成功しました。」
「もしかしてその間で出来た子がまた王妃に?」
「話が見えたようですね。その通りです。レクロリクス王女はエムイスタス王が【影妃】を用意したように、自分自身も密かに【影大使】としてルシウス様の遺志を継いだ者を上界に迎え、その間に男女一人ずつの子を授かったのです。そして女の子は上界で、男の子は下界で、どちらかが見つかったとしても片方は生き残れるように、保険を打った上で育てたのです。」
レクロリクス王家もまた純血思想ではなくとも、他人に先代の遺志を継ぐ重荷を背負わせないというその気心のせいで近親相姦を犯すしかなかった。
そこに関しては少しだけ私にも理解できました。
ただやっぱり何処か納得できない。
それはきっとレクロリクスの血を継ぐ人にしか分からない何かがあるのかもしれません。
ファラはどう思っているんだろう――。
そう思って彼を見ますが、その表情から何を思っているのか読み取ることは出来ませんでした。
「そうして生まれた女の子はこの石室で成人するまでを過ごし、オルゴールの記録からその遺志を継ぐよう教えた上で王家に嫁いだのです。そして、同じようにロースハイム王との子を産まないよう避妊薬をその身に投与し、隙を見て下界で成長した兄弟を上界に呼び、その子を産んだのです。奇しくもどの世代においても男女一人ずつ産まれたのは、ディアンヌ様とルシウス様のお導きだったのかもしれません。そうした繰り返しの果てに産まれたのが私なのです。」
これで先程の妊娠と出産を隠し通せた理由も分かりました。
内密に味方につけた一部の協力者によってそれは隠されていた。
ですが、生れた女の子の人生ははっきり言って壮絶と言わざる負えません。
産まれた瞬間から短命という近親相姦の代償を背負わされ、この隔離された石室で十八年もの時を過ごさなければならず、やっと外に出られたと思えば国王に取り入り嫁がなければならない。
先代の遺志を残すため、ロースハイム王政を崩すためとはいえ、そんな自由とはかけ離れた生き方を子供に背負わせて、それで本懐を遂げたとしても心から喜べるものでしょうか。
「貴女は優しいのですね。」
殿下のその微笑みは、どこかお母さまを思わせるものがありました。
「そのお心遣いには感謝します。ですが、私は自分が生まれたことに後悔したことはありません。」
「どうしてですか?」
「貴女の思うように、私のこれまでの人生には自由と呼べるものはほとんどありませんでした。しかし、いつもそばに母がいました。それにあの人も。私はその人達から本当に多くの愛を貰いました。ですから、辛いとは思いませんし、後悔することもありません。」
「殿下……。」
殿下は強い人です。
私が殿下の立場だったら、その使命の重圧に押し潰されていたと思います。
「ちょっと待って?それが本当だとしたら殿下って……。」
クリスちゃんはそう口にしてファラを見つめました。
私も、ガイラさんも、皆でファラを見つめました。
「……なのか?」
ファラは瞳を震わせながらナスタシアに歩み寄った。
心臓の鼓動が大きくなっていく。
先程この人が刺された時に、この人に対して感じたあの感情。
あれは本能でそれを感じ取っていたからか――。
もう答えは出たも同然。
それでも、直に聞くまでとても信じられない。
「かあ、さん……なのか?」