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ファラの血族  作者: iReSH
第五章 母と子
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母と子(3)

「えっ……それってどういう?」



 ただでさえお腹いっぱいの私達は話が二転、三転して益々混乱しました。


 上界でレクロリクス王家の血が絶たれていないとなると、ここまでの話が根底から崩れてしまいます。

 しかし、ここまでの話は複雑ではあっても辻褄は合っています。


 だからこそ、殿下の言っていることに私は理解が追いつきませんでした。



「五〇〇年前の当時の王妃には事件当時五歳の娘がいたのです。」


「娘さんが?でも、それならロースハイム家はその子も殺したのでは?」


「いえ、王女の存在をロースハイム家は、いいえ、国民すらも誰一人知らなかったのです。」


「もう何が何だか……殿下、お言葉ですが、もう少し私達にも分かりやすく説明していただけませんか?」



 もう限界だと言わんばかりにクリスちゃんが頭を抱えながら卒倒しかけていました。



「すみません、ミス・ウェルディーン。要は当時のレクロリクス王と王妃は事件が起きる数年前からロースハイム家の不審な動きに気づいていたのです。」


「それで王女を隠したという事ですか?」


「はい。自分達の運命を察した王と王妃は、自身の妊娠と王女の出産を隠したのです。」



 レクロリクス像の話を思い返せば、確かに五〇〇年前の王妃殿下は死を悟ったからディアンヌ殿下の像を造るように指示した訳で、それを考えればロースハイム家の不審な動きに気づいていた事には納得がいきます。



「でも、妊娠を隠すことなんて出来るんですか?」


「それについては後程話しましょう。ですが、隠し通せたからこそロースハイム王にとっての想定外となったのです。」



 そこまで話すと殿下は少年の頭を再び優しく撫でました。


 妊娠と出産をどう隠したのかは気になりますが、ナスタシア殿下がそう仰るなら理解するには話の順序が大事なのでしょう。


 それについては全く想像がつきませんが、事件が起きるまで王女殿下が誰からも見つからずに何処で生活していたかは、この石室とそこの少年が答えなのだと予想は出来ました。


 しかしそうすると、この少年もまたレクロリクスの血を引いた隠し子ということでしょうか。

 そうなると隠し子とされた王女殿下の子孫とか、レクロリクスの血縁に当たることになりますが、それにしてはどうも引っ掛かります。



「この子もレクロリクスの血を引く隠し子なのか――そう言った顔をしていますね。」



 心を見透かされている。

 そんなにも分かりやすい表情をしていたのでしょうか。

 何だか恥ずかしくなります。



「残念ながら違います。この子はレクロリクスの血を継いだ子ではありません。ですが、隠し子であることは確かです。」



 レクロリクスの血を継いでいないということは、その血縁ではないということ。

 にもかかわらず、隠し子であるということはこの子はもしかして――。



「それはつまり、その子はロースハイム王家の隠し子ってことですか?」



 私の返しに殿下は直ぐには答えず、少年を慈しむような表情でその頬に手を添えられていました。


 その姿は、母が子に向ける無上の愛という表現の他ないほどに尊いものでした。



「その通りです。この子は先に亡くなった私の夫ジークリフト=ロースハイムとある女性との間に生まれた子供です。」


「ある女性?殿下がその子の母親ではないということですか?」


「はい。」


「ちょっと待ってよ!それって、ロースハイム陛下は不倫してたってこと!?」



 ここに来てクリスちゃんが息を吹き返したように元気になりました。



「お、落ち着いてクリスちゃん。たぶんそんな単純な話じゃないと思うよ。」


「ま、まあ確かに、それもそうね……。」



 暴れそうになるクリスちゃんを何とか鎮めて、私達は再び殿下の話に耳を傾けました。



「ユナウさんの仰る通り、不倫と言うには少し違います。何故ならこの子は、ロースハイム王家の純血思想の被害者だからです。」


「純血思想の被害者?」


「ロースハイム王家の純血思想はあなた方もご存知の通りです。しかしこれに対し、私達歴代王妃は五〇〇年間異を唱え続けてきたのです。」



 そう言って殿下は四方の壁の棚に置かれた無数のオルゴールを見渡しました。



「五〇〇年前に生き残ったレクロリクス王女はこの石室で幼少を過ごしました。そして母と歴代の王妃達が残してきたこのオルゴールの告げる歴史を、その想いを知り、唯一の生き残りである自分がその想いを継ぐことを決意したのです。」


「ここのオルゴールって凄い数よね。これ全部歴代の王妃殿下が作られたんですか?」



クリスちゃんの問いに殿下は優しく頷かれました。


 

「そうです。ここにある九四六個のオルゴールすべてが、ディアンヌ様の代からほぼ毎年一つずつ王妃自らの手で作られた物です。」



 やっぱりここのオルゴールは歴代の王妃殿下が作られたものでした。


 それは大方予想通りではありましたが、しかしそうは言っても王女殿下は具体的に何をしたのでしょうか。


 王位を奪還しようとしたのか、それともレクロリクスの血を絶やさないようにしたのか。



「王女は成人するまでの間この石室で過ごした後、初代ロースハイム王の前にその姿を現しました。そして自分こそロースハイムの血を持ち、最も美しい女であると、王の妃となるに最も相応しい人物であると名乗り出たのです。」


「ロースハイム王の前に――!?」



 もう何度目か、私達は殿下の言葉に愕然としました。



「それって無理があるんじゃ……親戚ならまだしも、同じロースハイムの血を引いているだなんて、すぐにバレると思うのですが……。」


「ロースハイム家は元々レクロリクス王家の次に王位継承権のある家系です。分家とはいえ、その血はそれほど遠いものではありません。それにこれはロースハイム家の油断によるものですが、レクロリクス王家の血は絶えたものだと思い込んでいたこともあり、DNAがある程度一致した時点でロースハイムの人間だと誤認したのです。」



 ロースハイム王家の純血思想を逆手に取り、レクロリクス王女はロースハイム王に取り入った。


 それは分かりましたが、例え王妃になったところでロースハイム王家が王政を動かしていることに変わりはありません。

 何より王妃よりも国王の方が権限は強いでしょう。



「レクロリクス王女はエムイスタス王の妃となって何をしようとしたんですか?」



 その問いに、殿下はまるで自分のことのように目を瞑っては暫くそのまま、後にゆっくりと目を開けて口を開きました。



「レクロリクス王女は自らの体に避妊薬を投与し、ロースハイムの血を絶とうとしたのです。」



 殿下のその目は若干赤みを帯びていました。



 自身の体に負担を掛けてでもロースハイム王家の子孫を残さぬように動いていた――。



 それは正に諸刃の剣だったと思います。


 仮にエムイスタス王が子孫を残せなかったとしても、その両親や兄弟は存在していたはずです。


 いいえ、わざわざそんな手を使ったということは、恐らくエムイスタス王に兄弟は居なかったということでしょうか。

 だとしても両親が再び子供を作ってしまえば、ロースハイムの血を絶つことは完全には出来ません。



「そしてそれは尽く上手くいきました。いつまで経っても子を宿さない王妃にエムイスタス王は腹を立て暴力を振るい始め、挙句の果てに自身の父母に子を産ませようとしました。しかし、エムイスタス王は当時既に三十を超えており、その父母は子供を産むには高齢過ぎました。結局子供を宿すことが出来なかったエムイスタス王は、やがて他の分家にも協力を仰ぎましたが、国の大々的な方針転換で戸惑い不満を漏らす国民が多い中、他の分家もそれは同じでした。エムイスタス王の願いが聞き届けられることは、遂にはありませんでした。」


「それっておかしくありません?ロースハイム王家は今も血を絶やさず続いていますわよね?今の話が事実ならどうやって純血を貫き続けてきたのですか?」



 クリスちゃんの疑問は尤もでした。


 誰からも見放された初代ロースハイム王はどうやって子孫を残したのか。

 今もロースハイム王家が途絶えていないということは、レクロリクス王女のやったことは無駄だったということでしょうか。



「その答えがこの子なのです。」



 そう言って殿下はマルクスと呼ばれた少年の背中を押しました。



「それってどういう……って、もしかして――。」



 聞き返そうとした矢先、私は一つの可能性に辿り着きました。



 マルクスという少年が答え。

 そしてこの少年の父親はジークリフト陛下であり、母親はナスタシア殿下ではない。



 ということは――。



「貴女のご想像通りです。エムイスタス王は苦渋の決断で血の繋がりのない国民から、その中から高貴な血を厳選し、その者との間に子孫を残したのです。」


「それってもう純血ではないじゃない……。」


「はい。ですが、エムイスタス王はロースハイム王家を途絶えさせない事を優先しました。最後のプライドとして、国民の中でも高貴な女性を選び【影妃(えいひ)】として迎え、子を孕ませ、そうして産ませた子供を王妃との子として国民に啓示したのです。」


「酷い……。」


「ロースハイム王家にとって最も重要なのは、自分達が王族であり続けることと、そしてレクロリクスという存在をこの世から消し去ることです。それらと天秤にかけた際に、純血思想の方が軽かったに過ぎなかったということでしょう。」



 レクロリクス王女が王妃となったことで純血思想は根本から破綻した。


 それはつまり、結局のところロースハイム王家の純血思想は単なる妄言に過ぎなかったということです。



「そうして次代の王を育て、ロースハイム王家は血筋を絶やす事こそありませんでした。」


「純血思想が崩れていたことは分かりました。ですが、それだと変です。」


「ガイラさん?」



 その声に後ろを振り向いてみれば、ガイラさんは声のトーンよりもずっと悲痛な面持ちでした。



「先程殿下は、そこにいるマルクスという少年はロースハイム王と殿下ではない別の女性との間に産まれた子だと、そう仰っていました。今の話を踏まえれば、現在もそれは続いていて、殿下も避妊薬を飲んでおられて子供を産まなかったから、陛下は歴代と同じ経緯で別の女性に子を産ませたのではないのですか?」


「その通りです。」



 殿下の返答に、ガイラさんは取り乱したように体を震わせました。



「でしたら、そこまで御存じなら、殿下はその女性が誰なのか知っておられるはず。その女性とは、一体誰なのですか……?」



 ガイラさんのその言葉と様子で、私はその時全てを察しました。



 そしてそれは十中八九当たっていると思います。


 だとすれば、最初にこの子を見てガイラさんと面影が似ていると感じたことにも納得がいきますし、この子の年齢からしても時期としては合っていると思います。


 それに何より、どうやってその存在が消されたのかは主教様の話で分かったものの、何故下界人と交流しているなどという与太話が出てきたのか。


 強引に連れ去られたというガイラさんの言い分とも辻褄が合います。



「それは……。」



 殿下の声は震えていました。


 きっと殿下はその場に居合わせていたのだと思います。

 そして止めようとしていた。


 けれどそれは叶わず、そのことに今も自責の念を感じておられるのだと思います。




「この子の母親は、メリア・ジーン=スイルリード。ミスター・スイルリード、貴方のお母上です。」




 その答えを聞いた時、ガイラさんの顔を見て、私も思わずもらい涙を流してしまいました。



「やはり……そうだったのですね……。」



 ガイラさんは上を向いてグッと耐えようとしていましたが、その両頬には雫が伝っていました。


 その涙は悲しさによるものか、嬉しさによるものか、それとももっと複雑な感情がぐちゃぐちゃになって混ざっているのか――。


 いいえ、きっと全部です。

 ガイラさんが十一年もの月日を掛けて追い求めてきた真実が、今ようやくその全てが明らかになったんです。


 一つや二つの感情で収まるはずがありません。



「で、でも、そしたらそのマルクスって子とスイルリード様って異父兄弟ってこと!?」


「そうなりますね。」



 クリスティーナの驚き顔に微笑みながら、ナスタシアはマルクスの背中を優しく押し出しました。



「さあ、御挨拶なさい、マルクス。彼が貴方のお兄さんですよ。」



 殿下の言葉に少年はおどおどしながらゆっくりとガイラさんに近づいて、その前で足を止めました。



「お、お兄……ちゃん?」



 同じ母親を持っているとはいえ、初めて会う兄を怖いと感じているのでしょうか。

 確かにどんな人かまだ分からないのに話しかけるのは勇気のいる年頃でしょう。


 マルクスの怯える顔を見て、ガイラは顔の高さが同じになるようにしゃがむと、その目を見て笑った。



「ああ、初めまして。私はガイラ・ジーン=スイルリード。ガイラだ。よろしく。」



 ガイラさんの笑顔を見て少年は安心した様子で元の笑顔を取り戻していました。

 殿下の時と同じニカッとあどけない笑顔で元気よく口を開きました。



「よろしくね、ガイラお兄ちゃん!」



 二人の仲に問題がないことにホッとしてか、殿下はガイラさんの元に歩み寄りました。



 そしてその懐から一枚のメモ用紙のようなものを取り出すと、それを見てガイラさんも立ち上がりました。



「これは貴方のお母上が下界落ちに遭う直前に、最後に残したものです。」


「母上が――!?」



 ガイラさんは慌てたように殿下からその紙を受け取ると、恐る恐る二つ折りのそれを開きました。



「これが、母上が最後に残した言葉……。」



 ガイラさんのお母さまはやはり下界落ちに遭っていた。


 影妃として偽りの罪で連れ去られ、陛下の子を産まされた。

 そしてマルクス君を産み用済みとなった後、真実を知ったガイラさんのお母さまは陛下達にとって邪魔でしかなかった。



 だから下界落ちという方法で内密に処分され、国のシステムを使ってその存在を消された。



 そのお母さまが下界落ちに遭う直前に残された遺言――。



 それが残っているという事は、ガイラさんのお母さまは自分が死ぬことが分かっていたということでしょうか。



 無粋だと思いましたが、ガイラさんが腕を下げたところで見えた紙の文字に私は目を奪われました。



 その紙は本当にメモ用紙の切れ端でした。

 そしてそこには、咄嗟に書いたのだと一目で分かるほど読みづらい走り書きされた文字で一言だけ記されていました。



 きっと本当に捕まる寸でのところで書いたのだと思います。



「貴方にはもっと早く渡すべきでした。」



 ガイラさんはその紙の切れ端を握り締め、目からただ涙を溢れさせ声を上げていました。





 〝 ガイラ あなたをずっと愛しているわ―― 〟





 時間がない中で最後に一言だけ残すなら、誰に、何を言い残すか。


 ガイラさんのお母さまはどういう想いで、どれだけの想いで、これを残したのでしょうか。



「母上…………ありがとう……御座います。」



 どれだけ泣いても足りない程の想い。


 ガイラさんのお母さまの最後の言葉が無事に届いたことに、私達はただただ安堵し、同時に感動を貰いました。



「それを貴方に渡すという事は、貴方にもこの国の真実を教えることになる。それは私にとってかなり分の悪い賭けでした。だから彼女に託されたにもかかわらず、今の今まで渡すことが出来ませんでした。本当にごめんなさい。」



 殿下はその御身分では一度たりともしたことがないであろう程深々とガイラさんに頭を下げられました。



「いいんです。殿下はこの紙を、こんな切れ端を、他に折り目もつけずに大事に持っていて下さった。それだけで私は――。」



 感傷に浸るように皆静まり返る中、殿下はガイラさんに一礼すると、今度はファラの元へ歩み寄りました。



「最後に、貴方にも伝えなければなりません。」


「俺に?」



 感動冷めやらぬ内に、再び殿下は話し始めました。

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