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ファラの血族  作者: iReSH
第四章 二つの王家
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二つの王家(8)

 体が床に叩き付けられた。


 その激しい衝撃に背中に例えようがないほどの痛みを覚える。



 あの高さから落ちれば即死だと思っていたが、どうやら打ち所が悪かったのか、簡単に逝くことは出来なかったようだ。



「無事か、ガイラ!?」



 その声が聞こえた瞬間、私は痛みも忘れて飛び起きました。



「父上!?どうしてここに!?いや、それよりもこれは――!?」



 床に叩き付けられたのだとばかり思っていましたが、どうやらそれは勘違いだったようです。


 父上は馬を静止させると、抱えていた私を下ろして自身も下馬されました。



「何故父上がここに……?」



 まだ状況がはっきりと飲み込めず混乱する私に、父上は切ない表情を向けました。



「お前の言葉、胸に響いた。しかとここに響いた。間違っていたのは儂の方だったよ。すまなかった。」


「父上……。」



 背中の痛みは最早消え失せ、それ以上に私は目頭が猛烈な熱さに襲われました。



「ガイラ、儂はお前に一つ謝らなくてはならないことがある。」



 いつも感じる圧はなく、面と向かって改まる父上の姿は何だか違和感を覚えます。



「儂は、メリアのことを一日として忘れたことはない。」


「――!?」



 その言葉は私の体を産毛の一本に至るまで震撼させました。



 戸惑い、嬉しさ、混乱、安心――色んな感情がぐちゃぐちゃになって私の体に一辺に襲い掛かってきました。



「メリアが連れて行かれた日から儂は毎日のように書斎にこもり、国王に異を唱える手立てを考えておった。」


「書斎……。」


「お前も無断で出入りしていたのなら覚えがあるだろう。」




 そうか。そういうことか――。




 ずっと不思議に思っていました。


 以前、父上の書斎での記憶を思い出しユナウさんに伝えた時は敢えて触れなかった。

 それが分かったところでそれほど重要ではないと思い込んでいたからです。



 不思議だったこと――。



 何故下界落ちの文献が父上の書斎にあったのか。

 何故レクロリクス像の文献が書斎にあったのか。



 カルフデラの設計図にしてもそうです。

 いくら父上が爵位を持っているとはいえ、そんな国の重要機密の数々を易々と知れる訳がありません。



 加えて、国がここまでひた隠しにしている下界に繋がる情報が文献として残されている事自体不自然です。



 そもそも正義感の強い父上が、下界落ちなんて制度を見逃している時点でおかしいと思うべきでした。



「もしかしてあれは、父上がご自身で調べて書かれた物だったのですか?」



 その問いに、父上は首を縦に振られました。



「何故メリアが連れて行かれたのか、何故下界落ちに合わなければならなかったのか、それらの真実を知った上で陛下に異を唱え、メリアの存在を取り戻す事に儂は必死だったのだ。」


「そんな……では、父上は私と同じ……。父上、母上の存在が国民から消えたのは何故なんですか!?一体どうやってそんな大それたことを――!?」



 今度の問いには、先程とは逆に父上は首を横に振られました。



「分からなかった。辿り着く寸前で目を付けられてしまったのだ。」


「目を付けられた?それはどういう――」


「エリメラだ。」




 ああ、やっぱり――。




 何となく予感はしていました。驚きはありません。

 寧ろ予感が当たってしまったことに私は残念でなりませんでした。



「エリメラは儂がこの国の闇を暴こうとしていることにいち早く気が付き、儂に脅しを掛けてきたのだ。」


「脅し?」


「これ以上この国の裏側を知ろうとすれば、ガイラ、お前を殺すと脅されたのだ。」


「何ですって――!?」



 それを聞いて私は確信しました。

 母上の存在を消したのはマザー・エリメラで間違いありません。


 あの女は目的の為ならどんな手でも使ってくる。

 それはこれまでの言動から見ても言えることです。



「私はその脅しに屈してしまった。メリアを亡くした今、お前まで失うことが儂には何よりも怖かったのだ。」


「父上……。」



 そうです。だから父上は自室に籠っていたのでしょう。


 屋敷に行った時、父上はエリメラから連絡を受けたと言っていました。

 恐らくその時に〝戦争に手を出すな〟と、そう言われたに違いありません。



「ガイラ、すまなかった。私は公爵として正しくあろうとした。だが、お前の言う通りだ。公爵である以前に儂はメリアの夫だ。そしてお前の父だ。お前の為なら公爵の地位を捨ててでもお前を守ろう。」



 父上はやはり変わってなどいなかった。

 そして、私の気持ちはしっかりと届いていたのです。


 そのことが私には何よりも嬉しかった。


 しかし、そうなるとエリメラも又、国王陛下と同じこの国の闇その物。


 先程のモルガフという下界人の話からしても、エリメラがカルフデラを使って下界を攻め、下界人を殺し、上界に攻めてくるように彼らを誑かしたのは疑いようもありません。


 だとすれば、陛下を説得する為にはエリメラも同様に説得しなければならないということです。



 この国の闇は一枚岩ではなかった。



「まずいですね。ユナウさん達はこのことをまだ知らないはず……。」



 しかし、だとしても知らせに行くことはできません。


 目の前の戦場はとても放って置ける状態ではありません。

 既に重傷者は目に余るほど多い。

 死者も何人出ているか分かりません。



「スイルリード様!」



 ふと背後からウェルディーン嬢の声が聞こえ振り返ると、見張り台にいた三人の下界人と共にこちらに駆け寄ってきました。



「ミス・ウェルディーン、心配を掛けま――」


「良かった!!」



 クリスティーナは泣きながらガイラに抱き着いた。



 普段のクリスティーナではあり得ない。

 自分が何をしているか考える暇もなく、ただただガイラの無事を泣きながら喜んでいた。



「お、落ち着いて下さい!皆さんが見ています!」



 こちらの言葉が届いていないのか、締め付けが強くなるばかりでウェルディーン嬢は放してくれませんでした。



「おうおう、お熱いではないか、二人とも!」



 すると、今度は東の方からヒヒンッという馬の鳴き声と共に聞き覚えのある声が大きな影を伴って豪快に現れました。



「ザイデルフォン卿!?」



 馬から下馬すると、ザイデルフォン卿は着慣れない鎧を直しながらこちらに歩いて来られました。



「やっときたか、この派手好きめ。」



 父上は呆れた様子でザイデルフォン卿にそう言うと、横目でジトっと睨みつけました。



「そう言うなって。これでも急いで来たんだ。」


「山登りなどしていなければもっと早く来れただろう。」


「山登りは私の日課なんだ。仕方が無かろう。」


「何が日課じゃ、この筋肉馬鹿め。国の一大事に遅れてくる公爵が何処におる!」


「それはお前も同じだろう。私は下山に普通なら二時間掛かるところを三十分で下りてきたんだ。寧ろ褒めて欲しいくらいだぞ。」



 目の前が戦場であるにもかかわらず、お二人はいがみ合っていました。


 公爵が二人も揃うところ自体初めて見ましたが、まさかこんなに緩い感じとは――。

 もう少し緊迫するものだとばかり思っていました。



「さて……で、状況は?」



 そう思った矢先、ザイデルフォン卿は声のトーンを落としてそう仰ると、それまで緩かった場が一瞬にして張り詰めました。



 この凛としたお姿――やはりこの方も公爵なのだ。



「憲兵、下界人ともにかなりの被害が出ておる。早々に止めねばならぬだろうな。」


「何か作戦は?」


「用意しておるが、お前は作戦など聞かぬだろう。」


「おお、流石私の親友、よく分かっているではないか。」



 高笑うザイデルフォン卿に、父上はやれやれと溜息をつかれていました。



「俺らも何か手伝おう。」



 そう言って出てきたのは、ウェルディーン嬢と共に下りてきた下界人達でした。



「お前達は下界人か。何故我らに手を貸す?お前達は敵ではないのか?」



 ザイデルフォン卿の問いに、男は私の方を見てきました。



「若いの。さっきの話、ファラはまだ生きているというのは本当だろうな?」



 男の問いに、私はゆっくり、かつ力強く頷きました。



「ええ。恐らく同一人物で間違いないでしょう。ファラ君は生きています。」



 こちらの返答を聞くと、男は再びザイデルフォン卿の方へ体を向けました。



「聞いた通りだ。俺らの目的は親友や家族を殺された復讐――敵討ちだった。しかし、ファラはまだ生きている。なら、他の者はともかく俺にあんた等と戦う理由はもうない。」


「なるほど、そういうことなら力を借りよう。」



 ザイデルフォン卿とモルガフという下界人は互いに手を取りました。



 これです。ユナウさんが言っていたのはこういうことです。



 上界も下界も関係ない。

 皆人種は違えど同じ人間なのです。

 なら、手を取り合っていけるはず。

 分かり合えるはずです。




 これが理想――いいえ、本来の在り方です。




「下界の者達は俺らで説得しよう。」



 下界人の三人はそう言って戦火の中に飛び込もうとしました。



「その必要はない。」



 ですが、それをザイデルフォン卿はお止めになりました。



「何故だ?お前達であいつらを止められると言うのか?」


「無論だ。」



 即答したザイデルフォン卿に三人は首を傾げました。



「お前達は怪我人の手当てを頼む。死人を出す訳にはいかんからな。」


「まさかお主一人で対処する気か?」


「伊達に公爵をやっている訳ではないさ。リべルド、後を頼んだぞ。」


「良かろう。好きに暴れて来い、イノシシ。」


「相変わらず一言余計だな、お前は。ハハ!」



 そう言って笑いながらザイデルフォン卿は戦火の中を馬で駆け抜けていきました。



「父上、流石にザイデルフォン卿お一人では――」


「案ずるでない。しかと見ておけ。」



 こちらの不安とは裏腹に、父上は冷静に腕を組んで眺めていらっしゃいました。


 ザイデルフォン卿は動かなくなったカルフデラの残骸の上に乗馬したまま飛び乗ると、腰の剣を天高く翳しました。



「皆の者、聞けい!!」



 その掛け声に、戦っていた憲兵と下界人の視線が一斉にザイデルフォン卿に向けられました。



「我はヘイルベン四大公爵が一人、アベルタス・ロック=ザイデルフォンである。この国の兵士達よ、矛を収めよ!そして下界の者達に告ぐ。亡き家族や友の敵を討ちたくば、我の首を取ってみせよ!我はこの国の要人である。我の首を取ってこそ、貴殿達の復讐も果たされるであろう!」



 ザイデルフォン卿の宣言に、憲兵達は戸惑いながらも言われた通りに矛を収めました。


 一方の下界人達は目の前の敵を放り出し、一斉にザイデルフォン卿へと襲い掛かっていきます。



「父上、このままではザイデルフォン卿の身が危険です!早く助けに向かわねば!」



 焦る私とは対極的に、父上はそれでも一切動じる様子はありませんでした。



「父上!!」


「お前は何を見ているのだ、ガイラ。」


「えっ?」



 父上の言葉に、私は視線を再びザイデルフォン卿の元へと向けました。



「あれは――!?」



 そこにあったのは、多勢に無勢で袋叩きにされるザイデルフォン卿――。


 ではなく、十数人を同時に相手取っても余力を残すザイデルフォン卿のお姿でした。



「武芸に於いて、この国で奴の右に出る者はおらん。例え下界人が束で掛かってこようとも、奴は相手を傷つけることなくその全てを捌き切るだろう。」



 その光景に私は思わず絶句しました。


 あまりにも簡単に、それも最早美しいとさえ思える程に相手の剣を捌いて躱すザイデルフォン卿は、正に〝達人〟と呼ぶに相応しいお姿でした。



「これが公爵の力……。」


「案ずるな。お前もそう遠くない内に何かの分野で突出した才を見出せるだろう。儂の息子なのだからな。」


「はい。」



 もちろん不安はあります。

 ですがそれ以上に、追いつけるかという心配よりも、追いつきたいと思えました。


 その期待に私はいつか応えたい。



「そういえば、正義の門の方は――!?」



 ハッと思い出したように唐突に私は父上に問いました。



 ここはザイデルフォン卿のお蔭で何とかなりそうです。

 それならば、自分達はもう一つの戦場である正義の門の方へ助けに行くべきでは。



「あちらも問題ない。既にレイモンドとファンギスが赴いている。あの二人なら問題はなかろう。逆にあの二人がいて止められなければ、我々が向かったとて止められはせんだろう。」


「ヴァンシュロン卿とオーベスト卿が!?」



 もう二人の公爵が正義の門に――。



 それはつまり、四大公爵全員が大々的に動いているということ。

 そんな事例は私が生れてからは一度としてなかったと記憶していますが、まさかここでそうなるとは――。



「そんな事よりだ、ガイラ。」



 父上は改まった様子で私の目を見ると、何か納得したように頷きました。



「今からお前にこの国の未来を託す。」



 そう言って父上は懐から一つの封書を取り出すと、それを私に差し出しました。



「この国の未来?それはどういう……?」



 疑問に思いながらも私はそれを受け取り、中の物を取り出しました。



「これは――!?」



 中には二枚の紙が入っていました。

 一枚は、私にとって大きな意味を持つものでした。



 そしてもう一枚。

 それは恐らくこの国始まって以来初、そして父上の言う通りこの国の未来を左右し得るものでした。



「その書簡をどう使うかはお前次第だ。」


「父上……。」



 心臓の鼓動が激しくなり、全身を流れる血潮が熱く滾るのを感じます。

 しかし同時に、その荷の重さに不安に駆られます。



 この書簡を果たして自分が持っていて良いものなのか――。



「大丈夫ですわ、スイルリード様。」


「ミス・ウェルディーン、しかし……。」



 ウェルディーン嬢は手汗の酷い私の手を握り、優しく微笑んで励ましてくれました。


 それは今の私にとっては救いの手――。

 たったそれだけのことでも、不思議とそれだけで勇気を貰えました。



「ユナウ達の助けとなれるのはスイルリード様だけですわ。少なくとも、私はそう信じております。」



 ウェルディーン嬢のその励ましに、私は決心しました。



「父上。この書簡、大切に預からせていただきます。」


「うむ。この国の未来、任せたぞ。」



 父上に一礼し、私とウェルディーン嬢は国王陛下の元へと向かいました。

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