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ファラの血族  作者: iReSH
第四章 二つの王家
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二つの王家(9)

 私とファラは二人でその扉を力一杯押しました。

 それは今まで開けたどの扉よりも重厚に感じます。


 それが本当に扉の重さによるものなのか、それともこれからやらなければならないことへの重圧なのかは分かりません。


 どちらにせよ私達はこの奥にいる主に会い、説得しなければなりません。


 中に入り謁見の間を進んで行くと、ようやく目的の人物に御目通りが叶いました。



「ほとんどの兵が出払っているとはいえ、よくも此処まで来られたものだな。」



 陛下は頬杖を突いてずっしりと構えたままその口をお開きになられました。



「無駄話をする気はない。単刀直入に言う。今すぐこの戦争を止めろ。」



 ファラは陛下を睨みつけながら前置きは一切置かずに本題へ入りました。



「レクロリクスの亡霊が偉そうな口を叩く。」


「亡霊だと?」



 ファラの小首を傾げる姿に、陛下は鼻で笑い返しました。



「意味が分からぬか。ふん、まあ良かろう。此処まで来た褒美だ。貴様に王家の歴史を教えてやろう。」



 そう言うと陛下は不気味に口角を上げ、頬杖を左から右へ突き直しました。



「無駄話をする気はないと言ったはずだが?」


「ならば今すぐその首を差し出すがよい。余の方には貴様と話すことなどないのだからな。」


「ちっ。」



 舌打ちをして苛立ちを見せるファラに、私は目で合図を送りました。



 陛下を説得する――私達の目的はそれ一つだけです。



 今なお死傷者が出ているかもしれないことを考えれば焦る気持ちは分かりますが、説得する材料を増やす為にもここは陛下の話を聞くべきです。



 私達はお互いに頷き、再び陛下に視線を戻しました。



「貴様の知る通り今から千年前、この国を建国し、統治していたのはレクロリクス王家の者達であった。」



 陛下の発言に、ある程度事情を知っているファラは勿論、私も驚きはありませんでした。


 法廷でのことがあってから私はずっと考えていました。

 ファラが意識を取り戻してから初めて会った時、ファラは私に聞きました。



〝 今は王歴何年か―― 〟



 あの時私は【新王歴】で答えました。

 けれど、ファラは【総王歴】で考えていた。



 それはファラが下界人であり、新王歴という考え方が下界にはないからだと、今なら理解できます。



 そもそも王歴が【旧】から【新】に変わったのは、丁度五〇〇年前に学院が設立され、その際に国の方針や法律が大きく変わった為だとされています。


 学院で歴史を学んだ際には何も疑問に思いませんでした。

 ですが、法廷でのファラの話やそれに対する陛下達のご様子を見た今、それはきっと偽りの歴史なのだろうと想像がつきます。



 旧王歴から新王歴に変わった本当の理由――。

 それは王家が、レクロリクス王家からロースハイム王家に変わったから。



「レクロリクス王家は建国する以前より民から称讃されていた。それまで無法地帯であったこの土地では、無法ながらも強者と弱者による身分階級が暗黙のルールとして存在していたのだ。初代レクロリクス王はその強者達を武力で制し、頂点に立った己を王として国を作り、そして身分制度を正し、奴隷制を撤廃した。」



 学院でもヘイルベンが建国される以前の歴史は、レクロリクス王家をロースハイム王家に置き換えられはしているものの、内容は同様のものを学びます。


 千年以上前の話の真偽を確かめる術はありませんが、ファラが反応していないところを見るに、ここまでの陛下は嘘をついていないと思います。



「その後レクロリクス王は妻を娶り、三人の子を産んだ。」



 陛下の話に私はファラのしてくれた昔話を思い出しました。



「そのうちの一人が下界に落ちた第二王子……。」


「ああ。第二王子が下界に落ち、建国前のこの地と同様に荒れていた下界を繁栄させたんだ。」



 だとすると、その後の下界は法廷でファラが話してくれた通りという事になります。



 でも、それなら上界はどうだったのでしょうか――。



 こちらが聞かずとも、それはすぐに陛下が話して下さいました。



「第二王子の事故があってから王妃は酷く荒れたそうだが、それだけで国が揺らぐことはなかった。第一王子が王位を継ぎ、その後は大事もなくヘイルベンは一層発展していった。そしてレクロリクス王家は子に恵まれ、王族の血は絶えることなく見事繁栄していった。そうして枝分かれしていった王家の血族の一つ。つまりは分家が、余と余の先祖、すなわちロースハイム家なのだ。」


「ロースハイム家がレクロリクス王家の分家?ということは、上界では本家のレクロリクス王家は絶えてしまったということでしょうか?」


「そうだ。五〇〇年前にレクロリクスの血は絶えた。だからこそ、分家であった余の先祖達が王家を継いだのだ。」



 やっぱり王歴が変わった理由は学院で習った歴史書の通りではありませんでした。


 五〇〇年前にレクロリクス王家はその血筋が絶えてしまった。

 だから分家のロースハイム家が王位を継ぎ、新王歴となった。


 それ自体はごく自然のことです。

 血筋が絶えてしまった以上、国を統治する者がいなければ国はその豊かさを保てません。



 仕方がないこと――私はそう思ったのですが、横を見ればファラが割り切れないと言った表情で視線を落としていました。



「一つ……確認したいことがある。」



 ファラは何かに怯えるように震え声で呟きました。


 そんなファラを陛下は対照的に眉一つ微動だにせず見下していらっしゃいました。



「あんたが俺を……レクロリクスの血を嫌う理由は何だ?何故そうまでして下界に残ったレクロリクスの血を絶とうとする?そこまでして下界との関係を絶とうとする理由は何だ?」



 何にそこまで怯えているのか――。



 ファラが次にその言葉を口にするまで、私はその可能性を想像していませんでした。



「いや、回りくどい言い方は止そう。」



 そこでファラは改めて陛下を睨みつけました。



「ここで……上界で、レクロリクス王家の血が絶えたのは何故だ!?」



 私は単に病か何かで自然に絶えたのだとばかり考えていました。

 でも翌々考えてみれば、それだと確かにおかしな点があります。



 何故国は、陛下は、レクロリクス王家の存在をひた隠すのでしょうか?

 何故下界との関係をここまでして絶とうとするのでしょうか?



 自然の成り行きなのであれば隠す必要はありません。

 わざわざ歴史書を書き換える必要なんてありません。



 それをわざわざ隠すという事は、何か相応の理由が、不都合があるから。



「もしかして……。」



 ファラが怯えたように震えていた理由がやっと分かりました。

 私もその答えに行きついてしまいました。



 出来れば当たって欲しくない――。



 そう願いながら陛下の顔を見た途端、私は背筋が凍るような寒気を覚えました。



 陛下の顔は、まるで初めて下界落ちを見たあの日の主教様のようでした。

 頬杖を突くのを止め不気味に高笑う陛下は、悪魔と呼んでも相違ないほどに恐ろしく見えました。



 陛下は一思いに笑い終えると、一変して蛇のようにこちらを睨んでは仰いました。



「それは余の先祖――初代ロースハイム王が、当時のレクロリクス王家を抹殺したからだ。」



「なっ――!?」

「うそっ――!?」



 嫌な想像ほど当たってしまう。


 私もファラもその答えに行きついていたにもかかわらず、堪えられずに言葉を失いました。



 分家であったロースハイム家がレクロリクス王家を殺して王位を奪った――。



 その事がもし公になれば、確かに非難は免れません。


 特にここまでの話を聞くに、レクロリクス王家は国民にとても信頼されていたようですから、暗殺したことがバレれば王制そのものが破綻してもおかしくありません。



「そんな、どうして……。レクロリクス王家はロースハイム家にとって親戚にあたるはず。何故身内を殺すような真似を!?いったいどんな理由が――」



 身内か、赤の他人か、そんな事は関係なく、人を殺していい理由などこの世に存在するはずはありません。


 ですが、あまりにも酷い仕打ちに、何か特別な理由があるのだと信じずにはいられませんでした。



「理由、か……。」



 一転変わって陛下は背もたれに深くもたれ掛かると、一呼吸置いて再びその重い口をお開きになりました。



「我らロースハイムは分家とはいえ王族であった。しかし王政には参加できず、俗にいう上流階級の国民と同様の生活を強いられていた。それが先祖は気に食わなかったのだ。」



 浅はかだと思いました。


 まさかそんな理由だけで人を殺すなんて、妬みや僻みで人を殺すなんて、それは最早倫理観に欠けているとか、そういった話ですらありません。


 ただ自己欲求を満たす為だけの私利私欲に過ぎません。



「そんな事で……そんなくだらないことで、お前はレクロリクスの血を唾棄しているのか!?」



 ファラは悲痛の叫びを陛下に向けました。



「くだらぬ、か。造物主の傲慢も体外だな。」


「なに?」



 陛下の変わらぬ様子とお言葉に、ファラは分かりやすく不快感を露わにしました。



「王族でありながら王族としての力を行使できない――これがどれだけ歯痒いことか、貴様には分かるまい。」


「ああ、分からないね。分かりたくもねえ!」



 ファラは興奮したように声を荒げました。

 しかし、陛下はそれを意に介さず続けられます。



「王族とは、いつの世も頂に君臨し崇拝されるものだ。しかし余の先祖達は、王族であるにもかかわらず分家だからと日の目を見ることを許されず、差別され、見下されてきた。貴様らは余が下界人を蔑み差別していると非難するが、レクロリクス王家こそ自ら差別を助長し、他者を蔑み、私利私欲のために国をいいように統治する真の悪であるのだ。」



 陛下の言うことが仮に全て本当だったとしたなら、確かにそれは悲しいことかもしれません。


 でも、本当にレクロリクス王家は、分家だからという理由だけでロースハイム家を排除していたのでしょうか。



 レクロリクス王家は国民からとても慕われていた。

 そんな王家が身内を差別し、蔑むとは私には到底思えません。



 とはいえ、それは五〇〇年も前の話で、今ここでは真実を調べようもありません。



「レクロリクス王家は、全ての民に平等に豊かになって欲しいと願っていた。それは下界も同じだ。だからこそ結びの階段を作り、下界と上界を繋げたんだ。」


「ファラ……。」



 何が本当かは私もファラも、陛下にだって分かりません。

 自分が知っていて、信じたいと思うものを信じて話しています。


 だからこそ、今大切なのは真実を暴くことではなく、私達の信じるものが真であると陛下に感じてもらうことです。



「当時のことなんて俺には分からない。だから確かなことなんて何も言えない。五〇〇年もあったんだ。確かに私利私欲で国を動かしていたこともあったかもしれない。でも、初代王妃と第二王子の史実があって、下界と上界を繋ぐ結びの階段があって……それは家族である第二王子を、その子孫達を救いたいと思ったからじゃないのか?世代を超えてまで家族に手を差し伸べたレクロリクス王家が身内を排除していたなんて、俺にはどうしても思えない。」



 私もそう思います。


 ファラの言った通り物証が存在している以上、ロースハイム王家が勘違いをしているか、もしくはレクロリクス王家がロースハイム家を排除したのにはそれこそ何か理由があるのではないでしょうか。




 たとえば〝排除した〟のではなく〝守ろうとした〟とか――。




「それは貴様の願望に過ぎぬ。くだらぬ妄想だな。」



 ファラは奥歯を噛みしめたまま言い返すことはしませんでした。


 それらしい物証があるとはいえ、それらはどれも確証を得られるものではありません。

 言い返したところで陛下はご自身の考えを変える気はないでしょう。


 それを理解しているからこそファラは言い返さないのだと思います。



「言いたいことはそれだけか?ならばその首を斬ってくれようぞ。レクロリクスの血を引く者は何人たりとも生かしては置かぬ。余にとって邪魔な存在は今すぐ排除してくれるわ。」



 陛下の言葉と共に後ろから追いかけてきたのであろう憲兵さん達が扉を開けて入ってきました。



「この者達を捕らえよ。」



 陛下の手振りと同時に、憲兵さん達は私達を捕らえにかかってきました。




 どうにかしないと――。




 私達は陛下を説得し、戦争を止める為にここへ来ました。

 けれど、私達はまだ陛下からこの国の本当の歴史を聞いただけで、説得という説得をまだしていません。




〝 君の声なら必ず届く。

  本心を伝えたいと思えば必ず届く。 〟




 私の本心、私が陛下に伝えたいこと――。




 謁見の間に入る前に私の心は既に決まっていたはずです。


 今がそれを伝える時です。

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