二つの王家(7)
城外右翼――戦場に着くや否や、ガイラは投入された方のカルフデラの前に両手を広げた。
「そこまでだ!これ以上これを使えば両者ともにただでは済まない!止めるんだ!」
カルフデラの砲台が自分に向けられていることも意に返さず、ガイラは叫び続けた。
「退け!退かなければお前ごと撃つぞ!」
カルフデラの上部の蓋が開くと、そこから一人の憲兵が顔を出した。
「戦っては駄目だ!例えそれで下界人を殺しても、その事実以外何も残らない!死体の山を見て罪悪感に押し潰されるだけだ!」
私はとにかく必死で叫びました。
頭に浮かんだものは屁理屈でも何でもとにかく口にして争いを止めようと試みました。
「こちらに戦う気がなくても、あいつ等は私達を殺しにかかるんだ!戦わなければ国が滅ぶんだぞ!」
「まだ下界人達が攻めてきた理由も分かっていない!交渉の余地はまだあるはずなんだ!頼むから私の言葉に耳を貸してくれ!」
「駄目だ!」
憲兵の目は完全に恐怖に侵されていました。
目の前で同士が斬られている。
当然と言えば当然か。
彼らは一種の興奮状態に陥っている。
正常な判断ができない以上口で争っていても無駄か。
そう思った時でした――。
「何だ!?」
突然上空から瓶のようなものが降って来たかと思えば地面で割れ、中の液体が外に漏れ出ると、忽ちそれは燃え始めました。
「これは、火炎瓶か!?」
どうしてそんなものが――。
そうは思うも、考えている暇などありませんでした。
上空から次々と火炎瓶が投げられ、周囲は瞬く間に文字通り火の海と化してしまった。
「くっ……見張り台から投げているのか!?」
吹き荒れる熱風に腕で顔を隠しながら上空を眺めて投擲位置を確認します。
見張り台には三人の下界人が見えます。
彼らを止めなければ火の手でこの場が埋め尽くされ、このままでは足場すらなくなってしまう。
一刻も早く止めねば――。
「スイルリード様!」
遅れて駆けつけたクリスティーナに気づく間もなくガイラは見張り台へと昇る梯子の元へと駆け出した。
クリスティーナは虚しさを押し殺し、そのままガイラの背中を追った。
「誰か昇って来たぞ!」
「叩き落とせ!」
見張り台の下界人達は早々にこちらに気づくと、火炎瓶をこちらに目がけて落としてきました。
それを左腕で弾きながら一気に昇っていきます。
ここまでくると左腕の怪我など最早気にする余裕もありません。
梯子を昇り切り見張り台に立つと、彼等は足下に置いていた剣を手に取って私と対峙してきました。
「待ってくれ!私はあなた方と争う気はないんだ!話をしよう!」
私は両の掌を相手に見せ、何も持っていないことをアピールしました。
「うるせえ!何が話し合いだ!そっちから攻めてきておいて今更命乞いか!?ふざけるんじゃねえ!」
白鬚を蓄えたオーバーオールの男が憤った様子でいきなり剣を振りかざしてきます。
私はそれを数回避け、落ちていた剣を拾って男の太刀を受け止め目を合わせました。
「どういうことだ?攻めてきたって……この国の兵士がか?」
「何すっとぼけた顔してやがる!?お前達があの兵器で先に俺達の故郷を焼き払ったんじゃねえか!あれで一体どれだけの人間が死んだと思ってやがる!」
「カルフデラが下界に!?それじゃあ、あなた方があの戦車でここまで攻めてきたのは――。」
「そうさ。ありゃあ、その時に攻めてきたやつを奪ったんだ!」
男の力は想像よりも強く、左腕を負傷して力が入らない今の私では鍔迫り合いで押し負けてしまうのは必然でした。
「くっ……だが、何故だ……。」
「あぁ?」
「あなた方が上界から攻撃を受けたのは分かった。それについてはいくら詫びても足りないだろう。しかし、何故上界に攻めてきたんだ?私達を殺して復讐することがあなた方の目的なのか!?」
「ああそうさ!死んでいった者達への弔い、俺達が受けた痛みをお前達にも味わってもらうためだ!」
「それは違う!」
ガイラは男の剣を右へ受け流し、一旦距離を取った。
「何が違うって?」
男は剣先をこちらに向けたまま表情を変えず聞き返してきた。
「あなた方の目的は確かに復讐かもしれない。しかし、あなたは違う。」
「なっ、何を言ってやがる――!?」
私のその言葉に、途端に男はあからさまに見えるほど動揺を露わにしました。
「やはりそうか。もしあなたの目的が復讐だったなら、さっきの鍔迫り合いで力を加減する必要などなかったはずだ。」
左腕が負傷していたからこそ押し負けましたが、それでも毎日鍛錬で剣を振っていたから分かる。
彼の剣は鍛錬の時に受けていた太刀と同じ――。
それはつまり、彼は本気で私を殺そうとはしていないということ。
「そ、それは……。」
「もっと言えば、私がここに辿り着いた瞬間を狙って剣で刺し殺すことも出来たはずだ。」
「ぐぬぬ……。」
男は歯ぎしりさせながら皺を寄せていたが、それでもその顔には寂しさが残されていました。
あともうひと押しだ。
「それにあなたが投げていた火炎瓶、最初は投擲が下手なだけかと思っていたが、あなたと相対した今なら分かる。あなたは火炎瓶を誰もいないところに敢えて投げていた。違いますか?」
男はとうとう下を向いて黙った。
その剣先も今は床に向いている。
「おい、どういうことだよ、モルガフさん!あんた、俺達にだけ人目がけて投げろって言っておいて、自分は逃げてたのかよ!?」
後ろで見ていた下界人二人が男を非難し始めた。
あの様子だと後ろの二人も戦うことに本当は消極的なのではないか。
だとすれば、やはり交渉の余地はある。
「ええい、黙れ!」
男はブンブンと剣を雑に振っては全員と距離を取った。
「俺は許せねぇんだ!あの女が!」
「あの女……?」
男は再び剣先をこちらに向け、一人語り始めた。
「ああそうだ。半年前お前達が攻めてきた時、修道服を着た女が言ったんだ。『貴様の恩人は私が殺した。悔しければ上まで攻めて来い』ってな。」
「修道服の女……マザー・エリメラか!?」
修道服姿の女性は山程いますが、下界に通じているとなると私には一人しか思いつきませんでした。
「俺の恩人――ヴォダは、確かに当時の一年ほど前から消息が不明だった。元々行商といいながら放浪癖のある男だったからな。いつかひょっこり帰ってくるだろうと皆は心配していなかった。だが、俺だけは知っていた。ヴォダは、あいつはもうこの世にはいないってな。」
「ヴォダさんが!?どういうことだよ、モルガフさん!?」
ヴォダと言う人物が誰かは分からない。
だが一つ言えるのは、その人物は後ろの二人やモルガフと呼ばれる男の様子からして、下界で相当信頼されていた人物なのだろう。
「俺は掃除屋だ。ドウケツの塔では度々【上界からの落とし物】が落ちてくる。そのどれもが例外なく姿形を一遍たりとも残さずに肉片となって飛び散って見つかる。朝起きて塔に行き、その光景を見る度に吐き気を覚えた。それらにじゃなく、お前達上界の人間の行いにな。」
下界落ちの全容を知った今となっては、この男の気持ちは痛いほどに分かる。
自分が逆の立場なら同じ感情に苛まれたことだろう。
「そんなある日、ヴォダがいつも着ていた服を見つけた。始めはただ似ているだけだと思った。だが、俺は見つけちまった。あいつが肌身離さず大切にしていた手帳を。それを見つけちまった瞬間、疑問と悲しみが同時に湧き上がってきた。『何でお前が上界から振ってくるんだ』、『何でこんなことになっちまったんだ』って……。」
男は目に涙を浮かべていました。
剣を持つ手を震わせ、奥歯を噛みしめて悔しがっている様でした。
「スイルリード様!」
ウェルディーン嬢が追いつき梯子を昇り切ると、私は後ろへ下がるよう手振りしました。
男は一瞬こちらを気にする素振りを見せましたが、そのまま話を続けました。
「でも、手帳の中身を見て全てを察した。何故ヴォダはよく姿を消していたのか。何故上界にいたのか。そして、あいつが何をしようとしていたのか。」
男はこちらを睨みつけると剣先を再びこちらに向け、敵意を露わにした。
「そんなあいつを、あの女は殺したんだ!絶対に許さねえ!あの女を殺すのを邪魔するなら、お前達も全員ぶっ殺してやる!」
男は再び剣を振り上げてきました。
私は先程と同様にそれを鍔迫りで受け止めようとしました。
「お、重い――!?」
しかし、怒りのせいか、先程よりもずっと重い相手の太刀に再び圧し負けそうになります。
「待つんだ!あなたの怒りは尤もだ!だが、それで見境なく剣を振るうのは――」
「うるせえ!こうでもしなけりゃ、俺は死んだあいつに合わせる顔がねえ!あいつの息子の〝ファラ〟にもな!」
その瞬間、私は思わず口から心臓が飛び出そうになるほど喫驚仰天しました。
「ファラ……?ファラだって!?」
まさかそんなことが。
いや、そういえば城を出る前、ファラ君はモルガフという人物がカルフデラに乗っているのを見て下界人が攻めてきたと気づいていた。
モルガフ――その名前に何処かで聞き覚えがあると引っ掛かってはいたが、この男がそうか。
「あいつに手帳を渡したら、絶対上を目指すって分かってた!だが、父親の形見を隠すなんて俺には出来なかった!」
「待て!ファラ君なら――」
こちらの制止は聞き入れず、男は号泣したまま荒々しく剣を振り続けた。
「あいつはドウケツの塔を昇ったまま帰ってきてねえ!知らねえ間に肉片になっちまったに違いねえ。あいつを殺したのは俺みてえなもんだ!あいつが討てなかった父親の敵、俺が取らなねえといけねえんだ!!」
男が振り下ろした刀身をガイラは渾身の力で受け止めた。
「ファラ君なら生きている!!」
男の顔数センチのところまで近づいたところで、私は全力で叫びました。
直後、下で戦火が燃え滾る音をもかき消す勢いで場が静寂に包まれた。
「そんな……馬鹿な……。」
男は手を止め、こちらがファラ君を知っていることに動揺を覚えていました。
斯く言う私も、ファラ君の存在がこの戦争の火種となっているかもしれないこと、彼の父が上界にいたこと等、新たに増えた情報を整理しきれず混乱していました。
しかし、一つ確実に言えることがあります。
それは、目の前の男からはもう戦う意志を感じない。
もう彼と戦う必要はないのだということ。
「ファラが……あの子が生きている……。」
男は両手で顔を覆い、ただひたすらにその事実に泣き崩れた。
私は剣を手から落とし、ホッと一息ついて安堵しました。
が、その時でした――。
「スイルリード様!?」
私の立っていた周辺の床が崩れたのです。
不意のことでバランスを崩し、見張り台から落ちそうになります。
「手をっ!!」
ウェルディーン嬢がいち早く気が付き、私に向かって手を伸ばしてくれます。
私もそれに全力で手を伸ばしました。
「あと少し!」
互いの指先が触れ、あと数センチ距離が縮まればしっかり握れた。
はずだった――。
「スイルリードさまぁぁーー!!」
クリスティーナの叫びが虚しく響き渡る。
その瞬間、見張り台は一気に崩れ半壊した。
重力のせいか、ガイラは体が動かせず身を任せるがまま落下していった。
絶対に守ると誓った――。
クリスティーナは迷いなく見張り台から飛び降りた。
「危ねえよ、嬢ちゃん!」
しかし、直後に足を下界人達に捕まれクリスティーナは引き戻されてしまった。
「離して!スイルリード様が死んじゃう!!」
「この高さから落ちたら嬢ちゃんも助からねえ!」
「それでもいい!!私はあの人を――!!」
腕を掴まれて拘束されながらも、首を捻って下を覗くとスイルリード様のすぐそこまで床が迫っていました。
もう助からない、と誰もが思い目背けた。
私は、死ぬのか――。
落下するガイラの脳裏に今までのことが流れるように甦った。
公爵家に生まれ、小さい頃から様々な教育を受けてきた。
母上が連れて行かれ、その真相をずっと調べてきた。
学院に入学し、様々な経験をしていく上で好きな人が出来た。
その人と今年になってようやく話すことが出来た。
その人と共に、ずっと調べていた国の裏側について知ることが出来た。
そしてこの戦争の中で新たな自分を知ることが出来た。
悔いは残る――。
母上のことは結局まだ何も分かっていない。
父上にも認めてもらえなかった。
そして、《あの人》にまだ想いを伝えられていない――。
ガイラは視界の奥にこちらを見つめるクリスティーナの姿を見つけた。
「私の人生、悔いこそ残れど、後悔はありません。」
辛いことも、悲しいことも、耐え難いことも沢山あった。
けれど、それ以上に何より楽しかった。
嬉しいことが沢山あった。
私は環境に恵まれた。人に恵まれた。
私と出会ってくれた全ての人に感謝を――。
ガイラは目を瞑った。
最後のその瞬間、皆の顔を思い浮かべて。
「父上、どうかお達者で――。」




