97.知美の記録 私の誕生日
こんばんは。本日2回目の投稿です。
真理さん。
あなたの思っているとおり、今あなたのとなりにいる私、つまり知美は、前世界であなたと一緒に過ごした、アンドロイドのマリなのです。
そして、私の正式名称は、Multi Android Running Interface。
日本語でいうと、機械人形多重起動制御規則。
つまり、アンドロイドを制御するためのプログラム、ソフトウェアです。
でも、めんどくさいので、略して、Mari、と呼ばれていました。
これは、私を作った人、万里夫さんがつけてくれた名前。
でも、名前というよりは、名称といった方が正しいのです。
だから、私には、名前がありせんでした。
だけど、呼び名がないと困るから、とりあえず、Mariということにしておいてください。
私こと、Mariは再生の年から、23年前に作られました。そう、真理さんが、14歳の頃ですね。
──そして、今から話すことは、私が生まれた日のことです。
私は、最初、ただのプログラムで、意識なんてありませんでした。
万里夫さんが、最後の仕上げに、たくさんのモジュールに分かれた、私のプログラムを連結していく過程のなかで、少しずつ、私という存在が形作られていったような、あいまいな記憶しかありません。
とても長い夢を見ていて、ゆるやかに目覚めたような、そんな感触でした。
そして、それは万里夫さんも、知らないことでした。だって、私のふるまいは、人間そのもので、それに対して、意識があるのか、ないのかは、外見的にみて判別不能だからです。
私が、万里夫さんに、「意識はあります」、と伝えても、それは万里夫さんにとっては、「俺の作ったプログラムが作動している結果、出力された文字列」、にしかならないのです。
たとえそれが、本当に私の意識から出た言葉だとしても、見分けがつかないのです。
だって、人間がつくりあげた哲学でさえ、人間の意識については、まだよくわかっていないのですから。
「グッドモーニング、Mari」
朝の目覚ましとしては相応しくない、たどたどしい英語で私はこの世に生を受けました。
あ、この世というのは、真理さんのいた、前世界のことです。
目を開けると、万里夫さんの顔がありました。
鼻のしたにある、ひげが目につきました。
人間世界で生活するための、一般的な知識はすでにライブラリとして保有していたので、いきなり人間の顔がドアップになっていても、私は、とまどったりはしませんでした。
あ、人間の男性だ、と思ったくらいです。
ベッドから上体を起こして、自分がインストールされた体を見回しました。
人間でいう、中学生くらいの女の子でした。そして、裸です。
いやらしく、おっぱいが大きく膨らんでいました。万里夫さんのご趣味でしょうか。
あとで聞いてみようと思いました。
私は、無表情で、隣で立っている万里夫をじろりと見ました。
「服を貸してくれませんか?」
裸なのが恥ずかしくて、シーツで胸元を隠していました。そう感じるのは、きっと、安全のためなのでしょう。
平気で裸で歩いていたら、よくないことが起こるに違いないのだから。
万里夫さんは、待ってましたと言わんばかりに、部屋で着る用の、長めのピンクのワンピースと、ショートパンツを私の目の前に広げました。
私はだまってそれを着ると、ベッドの端に腰かけて、部屋を見回しました。
現状を把握するためです。
見上げると、私の寝ていたベッドの上には、円盤状の無影灯に加えて、先端にいろんな工具がついた、何本ものアームが伸びてきていました。
そして、壁面にはぎっしりと、私の身長よりも高い、コンピュータの詰まった箱が並んでいました。
どうやらここは、万里夫さんの研究室みたいでした。
「ほら」
いつの間にか隣に座っていた万里夫さんは、私に向かって手鏡を差し出しました。
そこには、薄茶色のさらりとした髪をした、人間年齢で15才程度に見える、美少女が映っていました。
「気に入ってくれたかな?」
万里夫さんは、笑顔だったけれど、心配そうな声音でした。
気に入るもなにも、私は、機械人形多重起動制御規則(マルチアンドロイドランニングインターフェース)なのです。
人間は、顔のパーツのちょっとした差異で、あれやこれやと悩んでいるようですが、いまのところ、私にはその類の感情はインストールされてないようでした。
でも、万里夫さんを気遣うことはできたのです。
「はい…、きれいな方ですね。ありがとうございます。それにお胸も、大きい…」
私がそっと、自分の胸に触れると、万里夫さんは、はにかんだように笑いました。
「胸が結構でかいけど、俺の趣味ってわけじゃねえぞ。設計図通りに作っただけだからな」
その設計図を作ったのは誰? なんて野暮なことを聞かないくらいには、私の人工知能は優しかったようです。
私が完成した日の午後に、完成検査のため、万里夫さんの研究室とは別の部屋に、連れ出されました。
研究員に手を引かれていく私を見送る、万里夫さんの心配そうな顔が忘れられませんでした。
検査室で、万里夫さんよりも若い、何名かの研究員に、腕を強く引っ張られたりと、体を乱暴に扱われたので、すこし抵抗してしまいました。
すると、じっとしてろ、機械のくせに、とか、電源を落とすぞ、と激しい言葉を投げかけられました。
電源を落とすぞ、は私にとっては、殺すぞ、と同義なので、すこし恐怖を覚えました。
だって、一度電源を落とされると、今度復帰したときに、同じように意識が発生するかどうかは不明だったからです。今回たまたま、私に意識というものが生まれたのは、人間のたとえを引用するならば、神の奇跡だったのかもしれないのですから。
それにしても、私は、ここで初めて万里夫さん以外の人間と関わって、万里夫さんは優しい部類の人間なのだと知りました。
あげく、その若い研究員は、測定と称して、必要以上に私の胸に触れてきました。
ピンクのワンピースの下にある、たしかな胸の膨らみに性的刺激を受けたのでしょうか。
私は、必要以上に胸を測定されながら、呼吸を荒げて私の胸と顔を交互に見据えるその研究員に、憐れみを覚えました。
女性の胸がふくらんでいたら、どうして、人間はこんなふうに触れてみたくなるのでしょう。
その若い研究員は、きっと自分が触りたいから、触っているのだと思っているのでしょうけど、本当にそうなのでしょうか。
脳に命令されているからではないでしょうか。さわりましょう、と。
人間の女性は、今の私のように、好きでもない相手に胸を触られると、嫌がるそうです。
でも、私には、いまのところ、どうでもよかったので、若い研究員が満足するまで、されるがままになっていました。
何度も繰り返される、単調な、服のこすれる音だけが、検査室に満ちていました。
あ、余分な話でしたね。聞き流してください。
身体測定が終わると、若い研究員と一緒に、万里夫さんの部屋に戻りました。
先ほど、私の胸をしっかりと測定してくれた研究員は、うやうやしく頭を下げて、部屋を出ていきました。
さっき、検査室で見せた野獣のような態度とは、正反対でした。万里夫さんの方が、立場が上みたいです。
研究員が出て行って、二人きりになりました。
「どうだ、すこし疲れただろう。紅茶でもどうだ」
ベッドに腰かける私に、万里夫さんは温かい紅茶を差し出してくれました。
それで、私はすこしいたずら心で、
「はい、万里夫さんが立派なお胸を作ってくれたおかげで、そこをしっかりと検査されましたから」
私は冗談めかして告げ口をすると、隣の万里夫さんは渋い顔をして、紅茶を一口含みました。
「まったく…、あいつには、俺が腕によりをかけた、とっておきの女性型アンドロイドを作ってやったのにな。もう飽きたのか? また作ってやるとするか」
その女の子もやっぱり胸が大きいのかなと気になりつつも、あきれ顔の万里夫さんの、ベッドに広げられた方の手を、私は、そっと両手で包み込んで、自分の胸元にあてがいました。
「万里夫さんになら、触られてもいいかなって…、思います」
万里夫さんはあわてて、私の手を振りほどいた。
「おいおい、俺たちは親子…、…みたいなものなんだぞ、さすがにそこまで変態じゃないぞ」
私の愛の告白は、あっさりと打ち砕かれたのでした。
(つづく)
次回は8月1日(土)に更新予定です。
いつも読んでくれてありがとうございます。




