89.令奈と私
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
私は、ずっと心の中でひとりぼっちだった孤独を満たそうとして、令奈の唇に自分のそれを押し当てる。
初めて、自分の、深山まりの存在を認めてくれた令奈の唇に。
私は、今現実に存在するんだって。
今までは、どこにもいなかったけれど、これからは、令奈の心のなかで生きていけるんだって。
「泣いてるの…」
令奈が、心配そうに私の頬を人差し指で撫でる。
私は、うん、と泣き笑いの表情でうなづき返した。
「嬉しくて…、令奈に出会えたことが」
「私もだよ、まり」
すると、今度は令奈の方から、私を強く抱きしめて、唇にキスをする。
ちょっとだけ目を開けると、まぶたを閉じた令奈の顔がすぐそばにあって、ドキドキする。
そして、またそっと目を閉じる。令奈をもっと、心の中で感じていたいから。
令奈の家庭の事情はよく知らないけれど、おじさんの話をしたときの様子から察するに、あまり楽しいものではないのだろう。
家にはなるべくいたくないから、公園の秘密基地で時間をつぶして帰るに違いない。
私の背中に触れている令奈の手が、私をぎゅっとわしづかみにしながら、震えている。
まるでそこから、令奈の心の中が伝わってくるようだった。
それは、女性になりたいけれど、いつも仮初の男性の姿で生きるしかない、私と同じ、ひとりぼっちの孤独。
それとは種類は違うけれど、両親がいなくて、気があわないであろう、おじさん、と生活する令奈。
私と令奈は、ふたり寄り添うようにして、何度も唇を重ね続けた。
時折離して、じっと見つめあって、そして、またどちらからともなく、キスをする。
キスするたびに、私と令奈が抱いている淋しさが溶け合って、化学反応を起こしたかのように、淋しさとは別の感情が生まれてくる。
それは、ふたり一緒、というとても安らかで満たされた気持ちだった。
それをいつまでも感じていたくて、私と令奈は、何度も何度も、誰もいない公園のプレハブの中で、秘め事を続けたのだった。
「はぁ…」
どちらからともなく、顔を離して、令奈は満足したかのように、ため息をついた。
それにしても、私たちは、どれくらい愛し合っていたのだろう。
いつの間にか、天窓から差し込む光は心細いほどに弱まり、室内は顔も見えないほどに暗くなっていた。
「そろそろ、帰らないと…」
私は、令奈を気遣い、そっとささやくように、自分の事情を伝えた。
令奈が、まだ名残惜しそうだったから。
「うん、そうだね…」
ちらりと腕時計を見て、令奈なうなずいた。
つられて私も腕時計を見る。もう午後7時過ぎだった。
少しだけドアを開けて、外の様子を確認する。
水銀灯の白い光に照らされた、白い地面と遊具が目に入る。
誰もいないようだ。
そろりとドアを開けると、立て付けが悪いのか、うまく開かない。
「手伝うよ」
令奈の手がそっと、私の上に重なって、温かい。
私の背中に、令奈が覆いかぶさるようになったので、令奈の胸のふくらみも、背中に感じてしまい、赤面する。
「せーの!」
二人の共同作業で、ガタンと音を立てて、ドアが開いた。
「油をさしておかなくちゃ。これから、使う機会も増えるからね」
令奈はがたがたと音を立てながら、プレハブ倉庫のドアを閉じる。
「これからも…?」
私が首をかしげると、令奈は大げさに驚いた。
「ええっ! 今日だけのわけがないじゃん。私の気が済むまで、ずっと付き合ってもらうからね!」
令奈にそう言われても、嫌だとは思わなかった。
私も、令奈のことが好きだったから。
そのうち、二人で、どこか遠くの町で、デートなんてできたらいいなと思っていた。
でも、デートの時も、令奈は私に、「まりちゃん」になってと要求するのだろうか。
──それなら、それでもいいけれど…。
「いいよ」
だけと、それは誰も知らない、遠くの街でね、と私は星空に目をやった。
私がうなずくと、令奈も照れくさそうに、わらってうつむいたのだった。
そういえば、私は女子用の制服を着たままで、「まりちゃん」のままだったけれど、暗くて誰にもバレないと思ったし、令奈もそれを望んでいるようなので、あえて着換えはしなかった。
「ここまでくればだいじょうぶだよ、じゃあね、また明日」
女性の夜道の一人歩きは心配なので、家まで送っていくことにしたのだけれど、令奈にそう言われて、途中で別れることになった。
令奈の住んでいる家が気になったけれど、レディーが付いてくるなといっているので、仕方ない。
「ほんとに、あと少しなんだね。気を付けて」
「だいじょうぶだよ、それより、ちゃんと着替えてから家に帰りなよ、それ」
令奈が指さした先には、スカートがひらひらと揺れていた。
「息子が娘になっちゃった! って、ご両親がびっくりしちゃうから」
令奈は楽しそうにけらけらと笑うけれど、本当にそうなったらいいなぁ、なんて妄想している私なのだった。
見上げると、夜空に星が瞬いていた。
きらりと夜空を横切った流れ星に、私は「女の子にしてください」と祈っていた。
「じゃあね、深山くんも気を付けて」
令奈はそう言い残して、背中を向けて夜道に消えていった。
「深山くん、か」
私は現実に引き戻された気がして、静まり帰った道路で、しばらく佇んでいた。
(つづく)
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次回は、第90話「女の子にしてくれて、ありがとう」は、7月12日(日)午後6時更新予定です。




