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86.ふかふかベッドで見る夢は

こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。

「さて、と。着いたばかりで疲れているだろうから、ひとまずこのくらいにして、すこし休みますか?」


 再会の歓談もひと段落したのか、小和こよりさんは、そう提案した。

 

 ケンカしたわけじゃないけど、なんとなく知美も私もおしゃべりをできていなくて、気まずい沈黙が続いていた。

 すこし時間をおいて、考えたかった。だから、ホッとした。


「部屋はたくさんあるから、気に入った部屋を使っていいよ」


 続いて真冬が案内してくれる。


「あ、でもね、夏海は私と一緒だよ」


「はいはい」


 夏海は仕方なさそうに笑顔で返事をする。そして、スッと立ち上がると、小和さんに、お母さんに向き直った。


「ありがとうお母さん、私は、あなたの期待を裏切って、勝手に性転換したあげく、自ら望んで地下に行った。だから、そのことで、ずっと、両親から、嫌われていると思っていました」


 夏海は、自分の胸に片手を当てながら、小和さんに、懺悔するように言った。

 

「そんなこと、夏海の勘違いです。私はずっと、あなたのことを想っていました」


 小和さんは、ふらふらと夏海に歩み寄ると、両手で包み込むようにして、夏海を抱きしめた。


「おかえり、夏海…」


 夏海は言葉にならない声を漏らしながら、背中を震わせて泣いている。

 私もつい、もらい泣きしそうになった。


 でも、抱き合った二人を見つめる、あまりにも冷たい真冬の目線が目に入ったので、私のなかの感情は凍り付いて、涙もでなかったのだった。



 先に部屋を出て、どこに行くべきかわからず、なんとなく知美と二人きりになった。

 相変わらず、私と知美の間には、沈黙が横たわっていた。

 指輪のことが気になって、それがつっかえ棒のように、私の口を閉ざしているのだった。


「行きましょう」


 真冬の声にハッとして顔を上げると、真冬に手を引かれるようにして、夏海もリビングから出てきた。


 久しぶりのお母さんとの再会で、夏海は落ち着かない様子だった。




 真冬に案内されたのは、2階のゲストルームだった。

 

「これ、家じゃん!」


 入ってすぐ、知美が驚きの声を上げた。

 私もまったく同じ感想だった。

 いや、むしろ私の前世界の家よりも広いんじゃないかとさえ思えた。


「ごゆっくり、夕食までまだ時間があるから、ひと眠りでもしたらいかが?」


 真冬は玄関ともいえるくらい豪華な部屋の入り口で、楽しそうに笑っていた。


「お姉ちゃんは、私の部屋だからね」


 その声に、こちらにむかって歩みかけていた夏海は足を止めた。

 そして、素直に振り返り、真冬に従っていた。


「じゃあね、またあとで」


 夏海は、私たちに手を振る。

 私は、先ほどの真冬の冷たい目線にかすかな不安を抱きつつも、同じようにして肩の前で手をひらひらさせた。




 パタリとドアが閉じて、部屋の中は、静かになった。

 

 壁は淡いクリーム色で、天上にはこじんまりとしたやさしい色の照明がぼんやりと光っていた。

 広々としたリビングの向こうには、丸テーブルが配置されているテラスがあって、触れられそうなほどに、木々の枝が張り出していた。


「うわー、こっちもすごいよ、お姉ちゃん、来てよ!」


 知美がはしゃぐのを見て、私は足取りも軽く誘いにのってリビングの奥、ベッドルームへ向かう。

 大きなベッドが二つあって、その布団の上には、小さなブーケが置かれていた。


「なんだか、ホテルみたいだね」


 壁には、私には価値がよくわからない絵画が飾られていた。


「なあ、おれたち3人だけど、ベッドは二つしかないんだよな、誰か床に寝るのか?」


「心配しないで!」


 千春の疑問を遮るように、知美は声をあげたと思ったら、私の腰に手を回して抱き着いてきた。


「私たちは、二人で一つのベッドで寝るんだから! ねっ」


 突然の知美の行動に、私は顔を赤らめてしまった。

 思えば、こんなスキンシップも、懐かしいと思えるくらい、久しぶりだったから。


「ああ…、そうですか、よかったな」


 私たち二人を見て、千春はあきれたような苦笑いを浮かべていた。



 

 ふと壁の時計を見ると、午後1時過ぎだった。

 暖かい午後の日差しが、大きな窓ガラスから差し込んでいた。

 

 とても、人工的な光とは思えない。あ、そうか。地下の植物工場と同じように、光ファイバーで外の自然光をとりこんでいるからなのかな。


 緑の木々がさらさらと揺れている。

 ぼんやりとそれを眺めていると、なんだか眠たくなってきた。


 すでに千春はソファーで寝息を立てていた。


 女性らしく膨らんでいる桃色の頬に、ぷっくりと半開きになっているつやのある唇が、とっても女の子らしくみえて、思わず胸がキュンとした。


 私が顔を近づけても、嫌な顔一つせずに、安らかに寝息を立てていた。隠しきれない女性らしさを振りまきながら。


 しばらく千春を眺めていた私は、気が付いた。

 千春が寝ている今なら、あの指輪の疑問について話すいい機会じゃないの、と。


 パッと立ち上がり、寝室にいるであろう知美のもとへ向かう。


「あっ、やっぱり…。少し遅かった」


 案の定、知美もすでに、ベッドで顔を横に向けて、両手を添えて寝入っていたのであった。


「やれやれ…」


 二人きりになるチャンスを逃してしまった私は、がっかりして、知美とは別のベッドに腰かけた。

 せっかく寝たばかりなのに、起こすのも悪いので、指輪のことはまたの機会に聞いてみることにして、私もベッドに体をうずめたて、そっと目を閉じた。


 折からの疲れで、私の意識はストンと落ちた。



 

 しばらくすると、夢を見た。それは、人間処分場で見た夢の続きだった。前世界で、中学生だった頃の夢。


「深山君さあ、さっきから、私の服を着て何やってるの? 佐藤令奈は、この私だよ」


 私を呼ぶ声が、どこか遠くから聞こえてきた。


(つづく)

次回、第87話 「令奈さんと下校」は、7月9日(木)午後6時更新予定です。


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