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85.知美の薬指

こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。

予告していた題名から変更をしました。内容は、同じ85話で間違いありません。

「ただいま!」


 バタンと目の前のドアが開くと同時に、リビングに真冬の元気な声が響いた。

 そして、夏海もおなじことをつぶやいていた。

 すぐ後ろに立っていた私に、やっと聞こえるくらいの大きさで。


 あけ放たれたドアの向こうには、これまた現代的な広々としたリビングが広がっている。

 大きな窓から入り込む外の光は、部屋全体を余すところなく照らしていた。

 

 高級そうな革張りのソファーに、シンプルだけど高級感を漂わせた木製のテーブルや、かべぎわの調度品。

 そして、観葉植物などが、私の目に入ってきた。


「おかえり、真冬…、えっ」


 リビングの奥にあるキッチンで作業をしていた女性は、いつもそうするように、何気なく顔をあげたのだろう。

 でも、その表情は私たちを見つめながら、次第に驚きに彩られていく。


「夏海…?」


 その女性に見つめられて、夏海はついと顔を斜め下に向ける。

 そして、ためらいがちに、そっとうなずいていた。


「どうしてここに? 地下で暮らしているはずなのに…」


「まあまあ、時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり話そうよ。お母さん、紅茶とお菓子出してくれる、友達の分も」


 真冬は、その女性におねだりするように、甘えた声で言った。


「あっ…、はい…」


 夏海との突然の再会に気を奪われていたその女性は、ハッとしたように、ティーカップを準備し始めた。

 

 自分でやるんだ。メイドはやってくれないのかな。

 疑問を抱いたわたしは、リビングの入り口に突っ立っているメイドを振り返る。

 相変わらず、両手を前に当てて、直立不動の姿勢でそこに立っていた。

 

 私がそんな疑問を抱いていると、真冬は私たちの方を振り返った。


「あ、私のお母さんで、小和こよりさんっていうの」


 カウンターキッチンで、紅茶と同じをお盆に乗せている小和さんと目があって、私は反射的に会釈していた。


「さ、朝から疲れたでしょう。すわって」


 真冬に促されて、遠慮がちにリビングに入り、なるべくソファーの隅っこに腰かける。


 今日は午前3時起きで、ここにくるまで休む間もなかったので、この体になってからはめずらしいことだけど、すこし精神的に疲れていた。

 

 私に続いて、知美が隣に腰かけて、次いで千春、そして夏海は真冬のとなりに腰を下ろした。

 真冬が、お姉ちゃんはここだよ、とソファーを手の平でたたいて指示したからだった。


「ふふ、どうして自分でやるのって顔していますね」


 何もせず、突っ立っているだけのメイドをちらちら見ている私の前に、紅茶の入ったティーカップと和菓子がそっと差し出された。


 その指先からたどるように目線を上げると、笑顔の小和さんと目があった。とってもきれいだ。やっぱり、夏海と真冬のお母さんなのだから。


「真冬が夢見る人に選ばれたおかげで、私たちはこんないい環境で暮らせるようになって、メイドさんもつけてくれて、何もしなくても生きていけるようになったの。

 でもね、最初はよかったけれど、何もやることがないと、頭がおかしくなってくるんですよ。

 不思議ですね。働いている頃は、毎日のように休みたいなぁ…って思ってたんですよ」


「あ、そうなんですね」


私が納得して、こっくりとうなずくと、小和さんはさらに付け加えた。


「それに、夏海と真冬のお友達には、私自身でおもてなししたいですから」


 聖母マリアのような、優しくて穏やかな笑顔を向けられて、私はこの人の方が、マリア様にふさわしいと考えていた。


 もっとも、キリスト教には造詣がない私には、教義上のマリア様がどんな人物であったかどうかなんて、知らないのでした。


 それからは、千春も交えて、夏海の思い出話に花が咲いていた。


 なんとなく、私と知美は蚊帳の外で、二人とも無言で、お菓子を食べて紅茶をすすっていた。

 

 輪切りにされた干し柿の中には、とろりと甘いカスタードクリームが詰められていて、それが、周辺の果肉の自然な甘みと口の中で解け合って、とってもおいしかった。


 そして、紅茶を口につけると、ふんわりとしか香が口内に漂い、リビングの大窓に映る緑の景色と相まって、とても優雅な気分に浸ることができた。

 

 そして、思わず笑いそうなった。


──そういえば、マリは紅茶の成分分析をしていたっけ…。


 ふと、私は知美の左手薬指に目をやる。いつの間にか、指輪は姿を消していた。


 それは、赤ちゃん工場の管理塔で、知美の部屋を特定する手がかりになったものだった。

 

 その様子をみて、私は自分のこれまで抱いてきたある予感が、確信に変わっていくのを感じた。


 どういう経緯をたどったのかわからないが、知美はアンドロイドのマリの生まれ変わりかもしれないということ。


 だって、あの指輪は、私がアンドロイドのマリに贈ったもので間違いないのだから。

 何時間も迷って考えて、選び抜いた、あの婚約指輪のデザイン、見間違うわけがないのだから。


 もちろん、もう一つの可能性もある。むしろ、こちらの可能性のほうが、現実的に思える。


 やっぱり知美はマリではなく別人で、廃墟の高校で倒れていたマリの体から、マリが目覚める前に、指輪を抜き取っていたということだ。


 こちらの方が辻褄があう。


 でも、だとしたら、赤ちゃん工場ではめていたものを、今また外す必要はないはずだ。


 赤ちゃん工場に閉じ込められたときに、はめたこと。そして、今はまた外していること。


 それは、知美がアンドロイドのマリと何らかの関係性があることを、意識的に隠そうとしているように思える。


 わざわざ隠すということは、なにかの事情があるということになる。


「どうしたの、お姉ちゃん?」


 私が薬指を凝視しているのを見て、知美が様子をうかがうように、私を見た。


 なんだか、今はすべての行動が疑わしく思えてくる。

 

 考え込んでしまうときの悪い癖がでてしまったみたい。私は、パッと表情を変えた。


「ううん、なんでもないよ。お菓子があまりにもおいしかったからさ、余韻にひたってたんだ」


 私は適当にごまかした。知美は曖昧な目線を前に向けて、あらためて紅茶を口にした。


「そう……」


 そうつぶやいた知美の表情は、気のせいか、私よりずっと年上に見えた。

 37歳の、私よりも。


(つづく)

これまで頂いた、PV、評価、ブックマークはとても励みになっています。ありがとうございます。

次回の「第86話 ふかふかベッドで見る夢は」は、7月8日(水)午後6時更新予定です。

よろしくお願いします。


※予告の題名は変更する場合があります。ご了承ください。

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