84.あの日の田舎道
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
目線を上げると、真っ青な青空の向こうには、積乱雲がわき立っている。
私は懐かしさに、思わず目をにじませた。
それは、前世界に対して感じたものではなかった。思い出していたのは、あと世界での、鹿児島市でのこと。
知美や鈴子さん、町長やジョニーと生活していた時のことだった。
──あの日に帰りたいな。
たとえ、前世界に戻れたとしても、再生の年がある限りは、結局すぐに死んでしまうのだから。
今回はたまたま、アンドロイドのマリに心だけでも助けてもらえたけれど、次もそうなるとは限らない。
だから、”かみ”に会った後も、私はこの後世界に残るかもしれない。そう思い始めていた。
でも、そのためには、理不尽に思える”天の裁き”だけは、やめてもらわなければならない。
いつも死と隣り合わせの生活なんて、ごめんだから。
私が考えにふけっていると、真冬の嬉しそうな声が頭のなかに響いてきた。
「ね、すごいでしょ! 256階の空間は、まるごと私だけのものなんだよ、今日は、夏海お姉ちゃんのために、夏にしてみました!」
私の涙を感動したものと勘違いしたのか、真冬が自慢気に振り返った。
そばで、夏海はありがとうと、にこっとしていた。
ここはデザイアの塔の内部。だから、この夏空はエレベータと同じで、壁面に映し出されたものなのだけれど、とてもそうは思えなかった。
目の錯覚を利用しているのか、3D映像を投影しているのかわかないけれど、本当の空と同じくらい、遥か向こうに雲と青空が存在するような、奥行きが感じられた。
そして、自慢げに語る真冬の口ぶりから察するに、この256階の気候や風景、景色は、この256階という世界の所有者である、夢見る人の思うままにできるらしかった。
なら、私の側で風にそよいでいる、この草たちも、幻なのだろうか。とても、そうは思えないけど。
手を伸ばして穂先に触れてみると、確かな感触があった。
それにしても、地下の私たちには、狭い相部屋しか与えられなかったのに。この待遇の違いはなんだろう。夢見る人にこれだけの待遇を用意している麒麟の目的が気になった。
私の疑問をよそに、真冬は夏海の手を取って、両脇の草に彩られた、舗装されていない田舎道を進んでいく。
少し離れたところから見る二人は、とても仲の良さそうな姉妹に見えた。
私はほほえましくそれを見つめてから、また知美を振り返る。
「わあ、千春さんの肩って、かたくて大きいね、男の人みたい」
知美は、千春の後ろでエアバイクに乗って、うっとりとした表情で体を預けていた。
それを見た私は、差し出しかけた手を、そっとひっこめて、仕方なく一人で田舎道を歩き始めたのだった。
ほどなくして、ちょっとした森に入る。
夏の気候とはいっても、気温は快適な範囲で夏を感じられる程度に調整されていたので、たのしいお散歩になった。
さらさらとした葉音が、頭上から聞こえてきて、心地よかった。
やがて、少し開けた場所までやってくると、高台の上に、現代的な(私にとって前世界のような)邸宅が見えた。
外観はグレーの壁で、森のなかに自然に溶け込んでいた。
平たい感じのする2階建てで、土地を贅沢に使って建てられているみたいだった。
どうしても、前世界での実家と比べてしまう。
目の前の邸宅に比べたら、前の実家なんて、まるで物置小屋だ。
それでも、私の両親が一生をかけてかった買い物なんだ。
そこには、人からポンと与えられたものとは違う、重みがあった。
ぼんやりと物思いにふけりながら豪華な邸宅を眺めていると、知美が手を振って呼んでいるのがわかって、私はあわてて走りだした。
夏海は、ドアの前で、ためらっていた。
「お父さんと、お母さん、怒ってないかな…」
夏海は、隣の真冬に顔を向けて、その背中をふるわせながら、つぶやいていた。
私もつられてうつむいてしまう。
気を紛らわそうと、横を見ると、庭にプールや、屋外用のテーブルなんかも置いてあるのが目に入った。
人をたくさん呼んで、屋外バーベキューパーティーなんかできそうだ。
「心配しないで、パパもママも、二人とも、ずっとお姉ちゃんに会いたがっていたんだから」
真冬に笑顔を向けられて、夏海は決意がついたのか、こくりとうなずく。
「それじゃ、開けるね」
真冬はドアを開けると、そこにはまた広いエントランスが姿を現した。
豪華な邸宅にはお決まりの、落ちてきたら大けが間違いなしの、重たそうなシャンデリアがきらきらと輝いていた。
「おかえりなさいませ」
私の体と同じ、高校生くらいのメイド服を着た少女が、真冬に向かって、両手を重ねておじぎした。
真冬は聞こえなかったかのように、少女の前を通過していく。
私は、彼女にそっと会釈をした。すると少女も、微笑み返してくれた。
でも、張り付いたようなその笑顔は、あまり気持ちのよいものではなかった。まあ、仕事なのだから、仕方がない。 私の考えすぎなのだろう。
「あの少女は、メイドさんのアンドロイドなの?」
広い邸宅を、真冬についていきながら、私は気になったので聞いてみる。
「そんなわけないじゃん、人間だよ」
真冬は振り向きもせずに答えた。
そう、アンドロイドは、再生の年ですべて鉄騎士団に壊されてなくなったはずなんだ。
だとしたら、この後世界で、アンドロイドはこのマリの体、ただ一つなのだろうか。
でも、前世界の万里夫は、同じ設計でつくられたもう1体が存在すると言っていた。
同じ設計なのだとしたら、そのもう1体の方も、きっと【時空転移ドライブ】をもっているに違いない。
それとも、政府により破壊されたのか、鉄騎士団の圧倒的な物量の前に屈してしまったのだろうか。
あるいは、このマリの体と同じように、どこかの廃墟でひっそりと眠っているのかもしれない。
自分の膨らんでいる胸見つめて、それを手で触れていると、私の意識の外から、真冬のキンとした声が聞こえてきた。
「さあ、夏海お姉ちゃん、一緒に、ただいまって言おう!」
夏海の両親が待っているであろう、居間のドアの前で、真冬に腕を取られた夏海は、私が後ろからみても、緊張で震えているのがはっきりと見て取れた。
(つづく)
次回、第85話「久しぶりの実家」は、7月7日(火)午後6時更新予定です。
ブックマークありがとうございました。これまで頂いたPV、ポイント評価も、継続の原動力になっています。
※予告の題名は変わる場合があります。




