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83.真冬さんの家へ

こんばんわ。今夜も読んでくれてありがとうございます。

 ウルフの医者は、注射器を右手に持ったまま、私や夏海、そして真冬をじっと見つめているだけで、手をだしてはこなかった。


 その口元からは、すこし不満そうに牙が覗いていた。


 ふと振り返ると、真冬が氷のような瞳で、ウルフの医者を見つめているのが目に入った。だから、手を出してこないのだ。

 

 それにしても、真冬がいてくれてよかった。

 そうでなければ、ウルフたちの数で圧倒されて、きっと私は倒されていたに違いないのだから。


 もっとも、真冬は夏海のためだけに、協力してくれているのだとわかってはいたけれど。


「お仕事頑張ってください、それじゃ」


 真冬は手をひらひらさせながら、私たちをよそに、勝手に部屋を出ていったのだった。




「さ、お姉ちゃんの用事は終わったんだから、今度こそ、私の用事につきあってもらうよ」


 管理棟を出ると、相変わらず、ふんわりとした花の香が漂ってくる。


 それだけで、なんだか幸せな気持ちになっていたのだけれど、真冬のキンとした声に、我に返る。


 もっとも、真冬の言葉は、夏海に向けられていたものだった。


「え、ええ…」


 夏海がどうしようか、というように、私と千春、そして知美を振り返る。


 私の目的は、麒麟を倒すこと。そして、”かみ”に会って、天の裁きなんていうことをやめてもらう。


 そして、少しまよってはいるけれど、帰ることができるなら、300年前の前世界に帰ること。


 でも、そこまで思ってから、ふと私は考え込んでしまった。


 暴走したコンピュータシステムにより、人類のほとんどが死滅させられた、再生の年のことを。


 たとえ300年前に戻れたとしても、また同じようにコンピュータシステムが暴走して、再生の年が起こるのなら、未来は、今とかわらないだろう。


 そして、私は戻っても、すぐにまた死んでしまう。

 

 ディナークルーズに行かなければ、少しは寿命が伸びるかもしれない。

 でも、町長の話しだと、地球のどこに行っても逃げ場はないみたいだから、遅かれ早かれ、間違いなく死んでしまうに違いない。


 だから、もし、300年前の、再生の年に帰るつもりなら、再生の年の発端になったとされる、コンピュータの暴走の原因が何であったのかを突き止めて、さらにはそれを防ぐ手段を持って帰る必要がある。


 そうしなければ、また同じ結末が待っているだけなのだから。


 そこまで考えて、私はひとまず当面の目的を口にした。


「麒麟さんに、会わなくちゃならないの…」


 真冬に遠慮して、さん付けにしてみる。

 すると、真冬が初めて私の方に顔を向けて、話してきた。


「麒麟には一般人、ましてや前科者は会えないよ。だってそうでしょう。この塔の最高責任者、前世界の人たちの言葉を借りれば、大統領プレジデントなんだから」


 前科者という言葉にすこしドキッとしたけれど、残念ながら、それは事実だ。


 そして、前世界だって、総理大臣に会えるなんて、そうとう立場が上の人間か、近しいひとだけだ。


 前世界で、祭りなどのイベントの時に、総理大臣が一般人と親しげに握手をしている様子をテレビで見たことがあるが、すべては人も台詞セリフも、あらかじめ決められた、台本通りだったのだろう。


 いずれにせよ、真冬の言う通り、あと1階とはいえ、真冬の協力がなければ、それを上がることは不可能だ。


 それに、【時空転移ドライブ】を相手に握られている以上、いくら暗黒龍ピーちゃんの力があるとはいっても、勝てる予感はあまりしない。


 それならば、知美と最後の時間を過ごして、思い残すことをなくしておきたいと私は思った。


「だいじょうぶ、明日連れて行ってあげるから」


 真冬はそう言って、自身のお姉ちゃんである夏海の手を取って、どこまでも続くお花畑に向かって駆け出して行った。


 夏海は、とまどったようにこちらを振り返りながら、真冬に引っ張られてく。


 そんな二人の様子を眺めていると、私も、うらやましくなってきて、知美を誘ってみることにした。


「知美、私たちも一緒に行こうよ!」


 知美に向かって、久しぶりにその名前を呼んで、私は照れくさいような恥ずかしい気持ちになる。


 無理もない、3か月以上も会えなかったのだから。


 でも、私がそっと差し出した手の先には、なにもなく、お花畑が広がっているだけだった。


「あれっ、知美?」


 顔を上げると、いつのまにか、千春のエアバイクの後ろにちょこんと乗っている知美の姿が目に入った。


「だって、こっちの方が楽なんだもん!」


「お前、そんなだから、赤ちゃん工場に連行されたんじゃないのか?」


 千春があきれたように笑う。


「え、赤ちゃん工場って、なに?」


 知美が説明して欲しそうに、私と千春を交互に見た。


 後でゆっくり説明してあげる、と思いながら、私は知美を乗せたエアバイクの後ろを、両手を後ろに回してついていった。





「256階へ」


 私たち5人は真冬のあとに続いて、エレベータに乗る。


 エレベータに行先を指示する、真冬の抑揚のない声が、聞こえてきた。


 エレベータが下降していく間、真冬は夏海の腕をつかんで離さなかった。


 そして、夏海の耳元でささやくようにして、おしゃべりしていた。

 

 私はその間、知美に赤ちゃん工場について、伝えておいた。


 赤ちゃん工場がどういうものか理解した知美は、青ざめた表情をして、両手を顔に当てた。


「えっ…、そんなところだったんだ。なんかさ、畑で一生懸命汗水たらして働いていたら、ウルフの獣人がやってきて、いいところへ連れて行ってやるって言われて、それで、あそこに来たの」


「ぐうたらしていた、の間違いじゃないのか」


 千春が突っ込むと、知美はそうだっけ? と、天井に目をやって、とぼけていた。


「おれは拒否したんだが、結局強引に連れていかれてしまった。すまなかった」


 そうやって、知美に頭を下げる千春を見ながら、夏海のいうとおり、やっぱり千春は優しいんだと思った。

 知美は突然あやまられて、戸惑ったみたい。


「あ、いいよ…、おいしい物も食べられたし、気持ちいいこともいっぱいしてもらったから」


「気持ちいいこと?」


 私は知美の言葉に思わず反応してしまう。まさかもう、赤ちゃんを作るための行為をしてしまったということなの? 私を差し置いて?


「そ、それって、まさか、イケメンと?」


「そう、イケメンにさぁ…」


 もったいぶる知美の言葉の先を、私は身をよじりながら待っている。


「マッサージされちゃった!」


「そう、よかったね…」


 私の気の抜けた声と同時に、ハイテクなエレベータにそぐわない、チンというベルの音がして、256階に到着したのだった。




「わぁ…」


 私は思わずため息を漏らしていた。その景色の美しさと、なつかしさに。

 

 真冬についていくようにして、エレベータを出ると、目の前には、前世界でいう田舎の田園風景が広がっていたのだった。


(つづく)

次回は、7月6日(月)午後6時に投稿予定です。

評価、ブックマーク、PV毎日とても嬉しく思っております。


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