82.おひさしぶりね
おはようございます。予定外で申し訳ないのですが、投稿します。
今日の午後6時にも、投稿予定です。
以降、第89話までは、毎日午後6時に投稿します。
詳しい内容については、活動報告をご覧いただければ幸いです。
ほどなくして、私たちは管理棟にたどり着いた。
建物の周囲は、高さ3mほどのコンクリートの壁に囲まれて、その上には、鉄条網が設置されている。
まるで、少年院のようであった。
299階の入り口の時と同じようにして、真冬の顔パスで門を潜り抜けて、建物内に侵入した。
私たちは、玄関で、スリッパに履き替える。
エアバイクも、ここに置いていくことになった。
廊下は、外の陽気を遮って、ひんやりと静まりかえっていた。
「知美は、どこにいるんだろう…」
私は、そうつぶやきながら、いつの間にか頼るような目線を真冬に向けていた。
真冬は怪訝そうな顔をしている。夏海と同じ顔のはずなのに、嫌そうな顔をしていると、別の人に見えた。
「そんなの、私はしらない。自分で探してよ」
真冬から、そっけない返事が返ってきたので、私は仕方なく、自分でなんとしようと頭をひねる。
そういえば、このマリの体は、周辺の物体を察知するセンサーがあったことを思い出した。
私はそっと目を閉じる。
なんとなく、夏海と千春が私をじっと見ているのがわかって、恥ずかしくなる。
「少しだけ、待っててね」
目を閉じたまま、二人にお願いしてから、私は改めて、目を閉じた暗闇のなかにある自分の心の中に、意識を集中させる。
半球状の透明なドームが、自分が立っている場所を中心として、拡張させていくイメージを思い浮かべた。
それは、どんどん拡大していき、最終的には、この管理棟の建物全体を覆いつくすぐらいに。
同時に、真っ暗だった私の意識の中に、建物の輪郭と、その内部の構造、それに中にいるものが、白い輪郭で浮かび上がってきた。
私の側にいる3つの人型の白い輪郭は、もちろん、夏海たちだ。
1階には、個室が並んでいた。
その中には、中心にあるベッドを取り囲むようにして、医療機器が配置されている様子が見て取れた。
ベッドには、足を広げて寝ている人の輪郭があり、その周りには、3人の輪郭が、ベッドの人を見守るように、立っていた。
2階に意識を移すと、そこにもたくさんの部屋が並んでいる。でも、1階とは違い、内部の様子からすると、1人用の居住スペースのようだった。
そして、部屋の中には、人の輪郭をしたものが動いていた。
知美がいるとしたら、2階に間違いない。ここは2階建てなのだから。
でも、たくさんある部屋は、その構造は全く一緒で、また、輪郭だけでは、その部屋にいる人が、知美だと判別することはできない。
全部調べればいいのだろうが、あまり時間をかけると、真冬が飽きてしまって、協力してくれなくなってしまいそうで心配だ。
真冬は、早く夏海を自分の家に連れていきたがっているのだ。
あまり時間をかけてしまうと、機嫌が悪くなってしまうかもしれない。
ふと、私は2階のある部屋に、きらりと光るものを感じた。
そこへ意識を向けると、その部屋にいる人の指先にある何かが、光っている。
──もしかして、あれは…。
私はその可能性に賭けてみようと思った。
そして、そっと目を開くと、私は確信をもって、夏海と千春を見つめる。
「知美のところに行くから、ついてきて」
「早くしてよね」
と、真冬は文句を漏らしながらも、なんとか私についてきてくれた。
「あ、あーっ、あっ、いた、いたい!」
1階の廊下を小走りで歩いていると、閉じられたドアの向こうから、女性の叫び声がする。
びっくりして、思わず立ち止まると、後ろから夏海の声がして、説明してくれた。
「あれは、たぶん、出産しているところだよ」
前世界では結婚もしておらず、当然出産に立ち会った経験がないので、出産については、断片的にしか知らなかった。
「う、うう…、ふー、ふー」
「はい、息を吸って」
と、アドバイスする声が扉の向こうから漏れてくる。
「はい、いきんで!」
「ううっ、あっ、ああーっ、うーっ…、い、いたいの…、いたい!」
女性の出産といえば、うっとりと穏やかな笑みを浮かべて、赤ちゃんをそっと胸に抱えて、おっぱいを飲ませている図のイメージしかなかった私は、すこし怖くなった。
「女性は、大変だね…」
夏海のつぶやきに、私はそっとうなずき返して、改めて歩き出したのだった。
そして、よく耳を澄ませると、出産をしている女性の、悲鳴のような苦しそうなうめき声が、あちこちの部屋から聞こえていたのだった。
その声を背中に受けながら、私たちは2階への階段を上る。
そこは、パステル調のピンク色のカーペットに壁、そしてドアが並んでいた。
私は、お目当ての部屋の前までやってきて、そしてドアノブに手をかける。
そこには、いままさに、ウルフの獣人に腕を差し出して、なにかの薬を注射されそうになっている知美がいた。
病院で患者さんが着るような、薄ピンク色の服をまとっていた。そして、無造作にベッド投げ出されたもう一方の薬指には、指輪が光っていた。
あのとき、前世界でのディナークルーズのプロポーズのときに、マリに送った婚約指輪だった。
「あ、お姉ちゃん! 来てくれたんだ…」
ベッドに腰かけて、白衣を着ているウルフに、ほっそりとした腕を差し出しながら、知美はにっこりとほほ笑んだ。
私は、夏海たちを放り出して、知美に駆け寄っていた。
「おひさしぶりね」
そして、肩に手を置いて、顔を近づける。
「だいじょうぶ? 何か変なことされなかった?」
「変なこと? 例えばどういうこと?」
知美はきょとんとした表情で、私を見上げる。
私はまよったけれど、知美ももう、オトナだ。
「その、セ…、性交渉、とか?」
私は顔を赤くして、知美から目をそらしながら、やっとの思いで言い切った。
それは、37歳のおっさんなのだから、いまさらセックスという単語にエロスを感じるということはないのだけれど、知美みたいな女の子に目と向かって、「あなたは、セックスしましたか?」と聞くことには、抵抗があった。セクハラだ。
「ええっ!? ここは、そういう場所なの?」
知美が驚くのを見て、私は、この施設の目的は伝えられていないのだとわかった。
もしも、「ここは、一生セックスして子供を産み続けて、必要がなければ廃棄される場所です」なんて言われたら、パニックになって逃げだす人が続出するからだろう。
「さ、詳しい話はあとにして、こんなところ、早く出よう」
私は、ベッドに腰かけている知美にそっと手のひらを差し出した。
(つづく)
読んでくれてありがとうございます。
現在第89話まで書きあがっているので、その部分までは、毎日投稿します。
不規則な投稿でごめんなさい。




