81.潜入! 赤ちゃん工場
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
299階の全面すべてが赤ちゃん工場のようで、壁もないので、花畑はどこまでも広がっているように思えた。
空には、春の穏やかな水色の空が映し出されていた。
「ごきげんよう」
知美を探しながら、目をこらして歩いていると、布切れ一枚をまとっただけの、お腹がぽっこりと膨らんだ女性が、にこやかに声をかけてきた。
「あ、はい…、ごきげんよう」
私は言われたままを返して、お辞儀をしながら、その女性の様子を観察した。
一見穏やかそうに思えたけれど、その表情はうつろで、目線はどこか遠くを見ているようだった。
そして、うっとりと、自分の大きく膨らんだお腹を撫でていた。
亨の言っていたとおり、辛い状況を自覚させないために、気持ちよくなる薬を投与されているように思えた。
「あのっ、幸せですか?」
私は思わず聞いていた。まずは、知美の居場所を尋ねるべきだったけれど、どうしても聞いてみたかった。
「ちょっと、何を聞いて…」
以外に冷静な夏海は、私を振り返り、咎めるような目線を向けてきた。
「ふふっ、おかしなことを聞くんですね。わたしは、幸せですよぉ…」
そう答える彼女はどこかうつろな表情だった。
「行こう…」
夏海に手を引かれて、私は後ろ髪惹かれる思いで歩き出す。
「なんであんなこと聞いたの? 襲われたらどうするつもりだったの?」
「女の人は、妊娠することができるから、いいなぁ…、って思ったんだ」
私が自分の下腹部をさすりながら返事をすると、私の前世界でのことを知っている夏海は、何かを感じたのか押し黙った。
「夏海は、赤ちゃんを産めるの?」
私の心からこぼれたようなつぶやきに、夏海は戸惑った表情をうかべていた。
「え、たぶん…、毎月の女の子の日もあるから」
毎月の女の子の日というのは、生理のことを指しているのだろう。
やっぱり300年前とくらべて、生命工学の技術は進歩しているみたいだ。
ふと流れた沈黙を、押し流そうと思い、私はことさらに軽くつぶやいた。
「ふふ、ごめんね、冗談だよ、行こ」
そして私は目線をはるか向こうの青空に向けたのだった。
千春はといえば、私のすぐ後ろで、なにかに心奪われたかのように、ぼんやりと花畑を眺めている。
やっぱり、お花が大好きな女の子なのかな。
お花畑のところどころには、木々が生い茂っている茂みがあった。
そして、そこには、二人の男女が寝そべっていて、男性が女性の上におおいかぶさって、もぞもぞと動いていた。
耳を澄ませると、女性の甲高い声も聞こえてきた。
真冬も含めて、みな無言で歩いていた。
なるべく早く遠ざかろう、という思いが一致しているように思えた。
しばらく歩いていくと、川沿いで、肩を寄せ合って座っているカップルに出会った。
私は、知美のことを尋ねようと思い、びっくりさせないようにそっと近づいていく。
「あの、すみません…、ちょっといいですか」
私はカップルの背中に呼びかけると、二人はゆっくりと振り返る。
相変わらず、体は布切れ一枚しかまとっておらず、女性の目は、やはりさっきの人と同様、どこかうつろだった。
男性はというと、ほどよく鍛えられたスレンダーな体をしていて、耳が少し隠れるほどの長さの髪だった。
そして、すっきりとした顔立ちの、いわゆるイケメンであった。
その色気を感じる切れ長の二重瞼の瞳を見ていると、私の心がほてってくるのがわかった。
──やっぱり、私って元から、前世界にいた頃から、頭がおかしかったのかな。男にドキドキするなんて…。
思わず胸に手をあてて確かめてみるけれど、この体なので、なにも打ち返しては来なかった。
でも、今は自分の気持ちを検証している時間はないんだ。
私は、そのイケメン男性の瞳の呪縛から逃れようと、頭を振り、男性と女性の体が目に入らないように、明後日の方を見て、たずねることにした。
「知美という人を知りませんか? つい、2、3日前に来たばかりなんですけど…」
私の質問に、イケメン男性は首をかしげるばかりだった。
そう、亨によれば、この男性は遺伝子操作で作られた男性。
もしかして、人間としての心はもっていないのかもしれない。
ただ、手あたり次第に女を口説いて、性交をするためだけに生きているのかもしれない。
「ともみさん、という人は知らないけれど、ここにきて、2、3日なら、まだ管理棟の方で検査をしているじゃないかしら、あたしもそうだったしぃ…」
女の人は、ぼんやりとした声で答えながらも、明確なはっきりとした答えをくれた。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして~」
女の人は私たちに向かってひらひらと手をふって、そしてまた男性と抱き合い、顔を近づけて濃厚なキスを再開したのだった。
「マリさん、急ごう、あまり時間がないかもしれない」
夏海にせかされて、私は瞳を望遠レンズにして、周囲をぐるりと眺めた。
そして、少し離れた場所に、建物があるのを発見した。
「じゃあ、行こう、夏海は私の背中に乗って」
「えっ…、でも…」
夏海はすこし、もじもじしていたけれど、私が夏海の前にしゃがみこんで背中を見せると、
「結構、重たいよ?」
といって、体を預けてくれた。
「真冬さんは、千春と一緒に、エアバイクに乗ってついてきて」
私の提案に、千春はえっ、という表情を浮かべる。
そして、真冬はというと、両手を腰に当てて憮然とした表情で私を見下ろした。
「は? 偉そうに私に指図しないでよ、なんかムカツク」
「真冬、お願い…」
夏海は両手を合わせて懇願すると、真冬ははぁ…とため息をついて、千春が乗っているエアバイクに足をかけた。
「お姉ちゃんのお願いなら、仕方ないよね。でも、転倒して、あたしの顔に傷でもつけたら、死刑だからね」
死刑という言葉に、千春は動揺しながら真冬を振り返る。
「え、ええ…? じゃあ、お前が運転してくれよ…」
「なんで、あたしが運転しなくちゃいけないの? 夢見る人になんてこと言うの! 立場をわきまえなさい、バカじゃないの…?」
真冬から畳みかけるようにわめかれて、千春は苦笑いを浮かべていた。
(つづく)
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