78.190階行きエレベータ
こんばんわ。今晩も読んでくれてありがとうございます。
少しだけ開いたドアに、体を差し入れるようにして、内部に侵入する。
高級ホテルのロビーのように、点々と革張りのソファーとテーブルが配置され、天井にはシャンデリアがいくつもきらめいていた。
そして足元には、音が出ないほど分厚くて豪華な絨毯が敷かれている。
最初にデザイアの塔に連行されてきた時も、ここを通ったはずだけれど、あまり覚えていなかった。
「きれいだね…」
部屋を見回しながら、夏海がつぶやいていた。
でも、私はこの美しさが、すべて地下の人たちからの搾取の結果なのだと思うと、素直に評価できなかった。
少し奥に進むと、エレベータが並んでいるフロアがあった。
記憶の中にある、亨の記憶を付与された、塔の見取り図によれば、赤ちゃん工場は、299階らしかった。
それで、私はそれぞれのエレベータの上にある階数表示を眺める。
用途によって、ある一定の階を通過したり、途中の階までしか行かないものなど、いろいろある。
まるで、電車みたいだと、私は思った。
「まずは、知美さんを助けないと、ね」
事情を知っている夏海が、私の思いを代弁してくれる。
私は、一番高いところまで行きそうなエレベータを探しながら、夏海が千春にこれまでの経緯を説明しているのを、聞いていた。
「一番高いところまでいくのは、これみたいだね」
私は一番奥のエレベータの前で立ち止まり、上方を指さした。
夏海と千春も、その指の行先にある、階数表示を眺める。
「190階までしかいかないかぁ…、やっぱり途中で乗り換えが必要なんだね」
夏海はしょうがないねと、軽く笑う。
「とりあえず、行こう」
ボタンを押すと、すぐに目の前のエレベータは開いたので、私たちは、乗り込んだ。
エレベータは、あの時、最初に私が連れてこられたときのように、床以外の周囲360度に、外の景色を映し出しながら、上っていく。見渡す限りの、廃墟が広がる大阪平野を私は複雑な気持ちで見つめていた。
ところどころは、明らかに自然なままの、人の手が入ってはいない森林に覆われていて、300年の時間の経過を感じさせた。
千春も、夏海も、久しぶりにみる外の景色を、無言で見つめていた。
やがて、中ほどまで登ってきた辺りで、はるか彼方の水平線から上る太陽が目に入る。
この300年と私が出てくるまでの3か月の間も、太陽は一切その習慣を変えることなく、同じように昇っては沈んでいたのだろう。
そう思うと、世界がどうなろうと、本当の神にとっては、取るに足らないことのように思えてきた。
そして、私自身はもっと取るに足らない存在。生きようが、死のうが、それは世界全体から見れば、ささいなことなのかも知れない。
「きれいだね…」
夏海が振り返りながら、千春と私につぶやく。
「麒麟がいなくなれば、この目に映る景色の中に、自由に行くことができるんだな」
千春は景色の映る壁に手をあてた。
「でも、自由になるということは、これまで理不尽とはいっても、麒麟がやってきたこと、つまり、食料の生産や人の管理なんかを、全部自分たちでやらなくちゃいけないんだよね…、誰がやるんだろう」
と夏海は不安そうに私を見たので、私は両手を振って否定した。
「わ、私は無理だよ…」
そう、麒麟はこの区域の”かみ”の代理人だ。私が麒麟を倒せば、私がなるか、あるいは誰かを代理人に指名する必要があるのだ。
「だいじょうぶ、あてがあるからさ」
私はことさらに、さらりと流したのだった。
「やっぱり190階も昇るとなると、長いな~」
「え~、この外の景色、ずっと見ていても飽きないよ、千春はロマンチストじゃないね」
「そっかな~」
私は自分も景色を見ながら、夏海と千春の雑談をほほえましく聞いていたけれど、不意に背中に悪寒が走って、びくりとした。
「ど、どうしたの?」
夏海が心配そうに声をかけてくる。
私は、景色の中の一点をじっと見つめたまま、この嫌な予感の原因を探っていた。
天の裁きではない。第一、それだとしたら、こうやって考えている間もなく、もう私たちはこの世にいないだろう。
「だいじょうぶ、だけど、気を付けて…」
「えっ、どうすればいいの…」
不安そうな夏海とは対照的に、千春はもうソウルセーバーを取り出して、臨戦態勢に入っていた。
さすが、男の子。いや、体はまだ、女の子だったかな。
夏海は、ソウルセーバーを迷惑そうに見つめると、窮屈そうに、身をよじった。
「ちょっと、千春、こんなせま苦しいところで、そんなの出さないで」
「マリの言っていることがわからないのか、ここはもう、敵の本拠地なんだぞ、いつ襲われてもおかしくはないんだ」
千春は諭すように言って、夏海をかばうようにその前に歩みを進める。
エレベータは、終点の190階について、停止した。同時に、外の景色は無機質な壁へと変わっていた。
ゆっくりとドアが開く。
開きかけたドアの隙間から、マシンガンの銃口が覗いていた。
──絶対防御。
私が両手を広げて前に出したのと同時に、銃口から火がほとばしる。
発生したシールドは、乱射され続ける銃弾をはじいていた。
すんでのところで間に合った。間に合わなかったら、夏海と千春は全身血まみれになって、横たわっていたことだろう。
頭に思い浮かんだその光景を、私はあわてて振り払う。
そして、後ろの千春にお願いした。
「千春、お願い!」
「おう、まかせろ!」
シールドを張っているせいで動けない私に代わり、ソウルセーバーをもった千春が飛び出した。
そして、エレベータの入り口で、私たちにマシンガンをぶっ放したウルフの獣人3匹をソウルセーバーで切り裂いた。
「これで、オレも姉御の仲間入りだな」
千春は足元に倒れている、いましがた自身が倒したウルフの獣人を見下ろしてから、私を見た。
(つづく)
次回は、来週の金曜日、6月26日 午後6時に更新予定です。




