77.一緒に来てほしいの
こんばんわ。お久しぶりです。
今日も読んでくれてありがとうございます。
そこは、物音ひとつしなかった。
目の前には、夏海と千春が、私と同じようにへたり込んでいた。
違うのは、二人とも、肩で息をしていること。
私はといえば、心は激しく動揺していたけれど、呼吸はいたって平静だった。
私は、息を切らしている二人が、なんだかかわいそうだった。
それで、はやる気持ちを抑えつつも、二人が落ち着くのを待っていようと、座っていた。
でも…。
カチャリ…、と金属がきしむ音がした。
聞いたことがあるような音に、私は青ざめた。
音が聞こえたときは、もう遅いのだ。
バッと立ち上がり、周囲をぐるりと見渡す。
遥か彼方の地平線から、かすかに届き始めた、薄明に映し出された彼らの姿を、瞳の高感度センサーは、はっきりと映し出した。
──鉄騎士団。
どうしてこんなところに。壊しても壊しても生き返る、彼らは一体、何者なんだろう。
でも、考えている時間はない。
「千春! 夏海をバイクに乗せて、私についてきて!」
急に悲鳴のような叫び声をあげる私に、千春は事態が呑み込めず、きょとんとしている。
無理もない。まだ、午前4時過ぎで、人間の瞳には、辺りは真っ暗で、何も見えないんだ。
しかも、意図的に音を立てないようにしている。ただ主に盲従するだけの働きアリと思っていたけれど、そういうことができる知能もあるんだ。
「いいから! 私を信じてついてきて!」
「あっ…、はい…」
千春は女の子みたいなかぼそい声をだして、同じように呆然としていた夏海をバイクに引き上げる。
それを見届ける同時に、私は走り始めた。
私は背中のグラディウスに手をかけて、充電を始める。
頭の中には、亨の記憶からもらった、デザイアの塔1階の見取り図を展開していた。
デザイアの塔の入り口は、今の場所から北北西へ300メートル…、通常ならお散歩にちょうどいい距離なのだけれど…。
「うわ、なんだ! こいつら」
走り出した私の後方から、千春の叫び声が聞こえてきた。
振り返ると、もうすでに、私たちは鉄騎士団に包囲されて、その手は夏海のリュックに届きそうになっている。
そして、私の目前にも、やつらはひしめくように迫っている。
いったいこいつらは何で出来ていて、そしてどこから湧いて出るのだろう。
でも、今はそんなこと考えている場合じゃない。
私は、北北西にあるだろう入り口に向けて走りながら、背中のグラディウスを抜き出した。
そして、ありったけの力を込める。
このために、たくさん食べてエネルギーをため込んでおいたのだから。
「千春! 跳んで!」
私は叫ぶと、両手で青白く光り輝くグラディウスを振り回しながら、軽やかに舞う自分を、頭に思い描いた。
──舞踏剣、円舞曲
「雷霆!」
私が叫んだ、恥ずかしい技の名前も、今は気にならなった。
自分と中心に、360度一回転して、周囲に迫っていた鉄騎士団を、グラディウスから放たれた、青白い光で薙ぎ払った。
落ち着いて千春を見ると、少しだけ高く浮いたところで、私を見下ろしている。
よかった、うまくかわせたみたい。
「行こう、奴らはすぐに復活するから!」
高速道路での恐怖を思い出していた私は、鉄騎士団が目の前から消えても、すこしも安心していなかった。
亨の記憶のなかにあった、デザイアの塔の地図。
それが示す、地上部への入口がある場所へやってきた。
広くて長い階段が、高い天井に向かって伸びている。
後方の千春と夏海を見やると、私は駆けだした。
いつの間にか、朝日がはっきりと、1階を照らし始めていた。
私たちの周囲に、おびただしい数の鉄騎士団の残骸が転がっているのがわかった。
階段を上ったさきには、鉄製の分厚そうな扉があった。
そして、ドアノブの部分には、そこだけ色が変わっていて、掌のマークがついていた。
「夏海…、わかるかな?」
「だいじょうぶ、5年前のときから、システムは変わってないみたい」
夏海は、千春の肩に置いていた手を放して、バイクを降りると、ゆっくりと、その手のひらのマークに、自分のそれを重ねた。
「DNA-IDを認証しました」
冷静な機械音が響いて、そして、夏海はそっとドアを押したのだろう。
それは、あっさりと開いた。
「よかった…」
夏海は自分の胸に手をあてて、泣きそうな顔で私を見る。
私もつられて笑顔になる。
でも、ここで夏海とはお別れになるかもしれないと思いながら、私は夏海と千春を交互に見つめた。
「ありがとう夏海、そして千春。あとは一人でなんとかするよ。ここで戻って、さっきの北方さんたちみたいに、全部、この私、──姉御に脅されてやったことにすれば、これまでどおり暮らせるから…」
気にしないでと、あえて私は笑顔で伝えたけれど、どうもそうじゃなかったらしい。
「そんな悲しそうな表情で言われると、ねえ、千春」
夏海がいたずらっぽい声を出して、千春を横目に見る。
「お前、初めて会った、身体検査の時からわかってたけど、嘘が下手だよな」
「そ、そうかな…、でも、危ないから来てほしくないのは、本当なんだ」
心の内を見破られた私は、もじもじしながらつぶやく。
「でも、一緒に来てほしいのも、本当なんでしょう?」
夏海に笑顔で見つめられると、つい嘘はつけなくて、こっくりとうなずいてしまう。
まるで、お母さんに泣いている理由を問いただされる子供のようだと思った。
「なら、行こう。だいじょうぶ、マリがいるからさ」
「でも、ここから先に行くと、もう犯罪者扱いになるよ。私だけならともかく、さ」
私は二人に向かって、不安を口にする。
「マリさんが、麒麟を倒してくれるのでしょう」
夏海は信頼しきったような笑顔を向けてくるから、私はうなずくことしかできなかった。
「それに、もし無理そうでも、知美さんを救出したら、こんな塔から逃げ出したらいいんだよ」
つづいて千春が、管理人とは思えない発言をする。
「そうだよ、マリの故郷の鹿児島市で暮らそうよ。代理人の雪代さんは、麒麟とは違って、常識のあるいいひとなのでしょう。」
夏海は手をたたいて千春の意見に賛成していた。
それを見て、私は自分がなんて情けなかったのだろうかと思った。
全然、覚悟ができていないのは、他でもない、自分だけだったんだ。
それは、生きて帰るという、覚悟だった。
今だって、知美を助けて麒麟を倒すなんて、かっこいい目標を掲げているけれど、心のどこかで、負けてしまったなら、それでもいいと考えている自分がいる。
むしろ、壊されて、つまり死んでしまった方が、苦しみから解放されて、楽になる、なんて考えている。
それは、前世界で生きていた頃も同じだった。女の子に生まれたかった。できることなら、早く死んで生まれ変わりたい。こんな醜い体はいらない。。
そんなことばかり妄想していて、毎日をただ、ぼんやりと生きていたのだった。
その思いは、すぐには払底できないけれど、でも、できるだけ粘ってみよう、と私は思ったのだった。
自分はともかく、千春と夏海を守りたい。この想いは本当だった。
そう思いながら、夏海と千春を交互に見ていると、自然に涙があふれてきた。
「ありがとう。ほんとはうれしいんだ」
泣きながらつぶやく私に、夏海と千春は顔を見合わせて、ふふっとわらったのだった。
まるで、二人の女の子が、そこにいるかのように。
(つづく)
次回は、来週金曜日、6月19日午後6時投稿予定です。




