71.ひと時の日常
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
作戦開始は、あしたの午前4時で、現在まだ午前7時だった。
とりあえず、今日はいつも通りのスケジュールをこなして、怪しまれないようにしなければならない。
いつも通り食堂で、夏海と一緒に朝食をとる。
久しぶりに食べるごはんは、とてもおいしかった。
夏海は、すごい勢いでご飯をかき込む私をみて、しばらくぽかんとしていたけれど、
「そんなにおいしいかな…、私のも食べる?」
「うん、ください」
私は夏海から差し出された茶碗を遠慮なく受け取る。
これから、麒麟との長い戦いが始まるのだ。エネルギーは、いくら補充しても、しすぎるということはないだろう。
人間処分場で3か月間を過ごしていたから、季節は秋へ移り変わっていた。
館内は湿度がすくなく、さわやかで、ひんやりとして寒いくらいだった。
気候も、その植物の生育に合わせて調整されているのだろう。
そういえば、夏海の服も、いつの間にか長袖になっていた。
日中の作業は、じゃがいもの収穫だった。
もちろん、トラクターなどなく、すべて手作業になる。
しばらくして、いつものように、千春が見回りにやってくる。
近くまで来たところで、夏海が駆け寄っていった。
私は、なんとなく悪いと思いながらも、じゃがいもを掘る振りをしながら、少し離れた二人の会話に耳を澄ませる。超高感度センサーを使って。
「千春…、やばい話なんだけど…、聞いてくれるかな」
夏海はためらいがちに、千春を見上げていた。
千春はあたりをきょろきょろして、それからゆっくりとうなずいた。
いくら元友人といっても、管理人としての立場もあるのだろう。
「地上へ行こうと思うの…、一緒に来てくれない?」
夏海は秘密を打ち明けるみたいに、そっとささやいていた。
千春はしばらく夏海を見つめていたが、不意に私の方にも顔向けてきた。
私はあわてて、じゃがいもを掘ることに集中した。
「……今のは聞かなかったことにする。仕事に戻れ」
歩きだそうとした千春に、なおも夏海は食い下がるようにして、立ちはだかっていた。
夏海がここまで強引なのは、めずらしい。
「もう、私を守ってはくれないの?」
「お前には、ほら、俺よりも強い、あいつがいるだろう」
と千春は親指で私を指さした。
私は、いつのまにか作業の手をとめて、二人の様子を食い入るように見つめていた。
「無謀な計画はやめることだ」
そう言い残して、千春は去っていった。
「明日の午前4時、部屋に来て!」
夏海は、千春の背中に向けて、叫んでいた。
その声は、高感度センサーを使わなくても、私のところまで届いていた。
私は、肩を落として戻ってきた夏海をなぐさめようと声をかける。
「仕方ないよ、千春さんにも立場ってものがあるから」
「そうだね…」
夏海はそれだけいうと、ただひたすらジャガイモを掘り始めたのだった。
作業を終えて部屋に戻り、ドアを開けると、北方さんが、正座をして待ち構えていた。
そして、座ったまま、私たちに向かって頭を下げる。
私はびっくりしながらも、文句を言った。
「女の子の部屋に、勝手に入らないでもらえますか? それに、鍵をかけておいたのに、どうして?」
「”地獄門のマスターキー”を持つ北方、なら解錠できない鍵はないさ。ま、それはともかくとして、来てくれますか、その…、名前は?」
地上部への扉も開けられないのに、マスターキーって…。あきれつも私は答える。
「私はマリと言いますけど…」
「なら、マリさん、いや、姉御と呼ばせてください、ちょっとついて来てくれますか」
「あ、あねご…?」
私は思わず自分を指さしてしまう。
姉御でいいなら、どうして名前を聞いたのかな?
「あ、お連れのかたも、ぜひ一緒に」
北方は、私の肩越しに、夏海を見る。
夏海のちょっと戸惑ったような息遣いが私の耳に、そっとふれた。
振り返ると、夏海がすこしおびえたような表情を浮かべて、私を見つめていた。
「だいじょうぶ、なにかあっても、私がついてるから。こう見えても、私、結構強いんだよ。ね、北方さん」
私は首をかしげて、北方さんに笑顔を向けた。
「え、ええ…、それはもう…」
おどすつもりはまったくなかったのだけれど、休憩室でのことを思い出したのか、北方さんは、すこしおびえたような笑顔を作る。
「うん…、行こうかな」
夏海はそれを見て安心してくれたのか、私に向かってこくりとうなずいてくれた。
「さあ、姉御、遠慮せず、限界まで、いや、限界を超えて食べてください」
北方さんに連れていかれた先は、いつもの食堂ではなくて、例の植物工場の中の休憩室だった。
そして、テーブルには、まるでブッフェ会場のように、大皿にさまざまな料理が盛られている。
でも、通常とはちがって、これはすべて私たちだけのために、用意されたものだ。
「これ、全部食べなきゃいけないんですか?」
私は震えながら、北方さんに尋ねた。彼は、もちろんです、とうなずいた。
「地下を脱出して、麒麟をぶちのめすまで、今度はいつ食べられるかわからないんです。食事はいくらあっても足りないくらいですから。がんばってください」
「はい…」
私がしおらしく返事をする側で、夏海はくすくす笑っていた。
「マリア様って、たいへんだね。何も食べられない生活が続いたとおもったら、今度は限界を超えて食べて、だなんて、さ」
「わ、笑いごとじゃないよ、夏海も手伝ってよ」
「はいはい、できる範囲でね」
夏海はそっと大皿のパスタを自分の取り皿に移して、食べ始めた。
それから私は、ただひたすらお皿の料理を平らげた。途中からは、取り皿に取り分けるのがまどろっこしくなって、大皿を持ちあげて、ひと思いに掻き込んだ。
視界の隅のエネルギー表示が、100%を超えても、なお食べ続けていた。
【時空転移ドライブ】がない今、できるだけエネルギーを蓄えておかなければならない。
地上へ向かう途中、あるいは地上へ出て、麒麟のもとにたどり着くまで、どんな障害と出会うかわからないのだから。
北方も、そして、いつの間にか戻ってきていた、北方の仲間の3人も、さらには夏海も、そんな私をぽかんと見つめていた。
(つづく)
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次回は、5月27日(水)午後6時更新予定です。
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