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70.最後の希望

こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。

 気が付くと、夏海が私に寄り添っていた。そして、肩が触れる。


「それにしても、夜中に急にいなくなったから、ずっと心配してたんだ…」


 その時のことを思い出したのか、夏海はすこし泣きそうな声でつぶやいた。


「ずっと、画面から見てたんだよ、処分場での、マリさんのこと」


「ええっ…、あんなの見るもんじゃないよ、麒麟じゃあるまいし」


 心配してくれていたのが嬉しくて、でも照れくさくてつい、冗談めかしてしまう。


「帰ってきてくれてありがとう。これは、私からの、ごほうび…」


 そして夏海は、そっと私の肩に手をのせて、顔を近づけてきた。

 私は、あわてて、少しだけ顔をそらせた。


「な、夏海さん、前も思ったんだけど、千春さんのことが好きなんでしょう、どうして?」


「千春を好きなのは、男の子の夏海。女の子の夏海は、マリさんのことが好きなんだ…」


 そして夏海は、そっと私の口にキスしたのだった。

 暖かいお湯に包まれながら、私は夏海の息遣いを感じていた。


 知美のこともすごく心配だったけど、それは、お風呂から出たあと考えることにした。


 不意に涙が込み上げてきた。


 抑えようと思っても、とめどなくあふれてくる。


「どうしたの? いやだった?」


 不安そうな表情を浮かべる夏海に、私は、もうしわけなくて、首をぶんぶん振って否定した。

 

 300年後に来て、いろんなことがあった。

 知美との出会い、ダンスパーティー、鈴子さんが消えたこと。


 そして、人間処分場での、極度の緊張を強いられた日々。

 

 もう300年前には戻れないかもしれない、という、常につきまとっている漠然とした不安。


 女の子になりたいって、ずっと願っていたけれど、こんなにつらい現実はまでは、望んではいなかった。


 今までのことが全部、夢だったらいいのに、って思うこともあった。


 その私のなかでせき止めていた感情が、夏海の優しさで決壊したのだと思う。


 私はしばらく、なにも話せず、ただ、幼児のように、夏海の胸の中で泣き続けた。


 夏海は、なにも言わず、そっと私の背中に手を添えてくれた。



 

 涙が収まった私は、浴室から出ると、気持ちを切り替えることにした。


 そして、部屋のドアを開けると、いるはずのない、男性がいて、あぐらをかいてこちらを見ていた。


「あ、あんた達は、休憩室のならず者! どうして、男子禁制のこの場所にいるんですか!」


 私は思わず指をさして叫んでしまう。


 植物工場の休憩室で、桂司と酒を飲んでいて、バカ騒ぎをしていた、とりまきの4人のうちの1人だった。


とおるさんがやられたってきいて、驚いて飛んできたんだ!」


「な、なにか用ですか? ここは男性の方は、入ってはいけないはずですけど…」


 夏海は黒真珠ブラックパールの人がいて怖いのだろうか、私の後ろに立ったままで、部屋に入ろうとしない。


 たしかに、目の前の彼も、御多分にもれず、その袖口から、入れ墨がのぞいていた。

 顔にも少し。

 どうして入れ墨なんかするのだろう。それがなければ、それなりにイケメンなのに。

 年齢は、30歳前後に思えた。


「なにか用って、亨さんから、なにも聞いてないんですか?」


 男は眉間にしわを寄せて、じろりと私を見る。

 いくら私の方が強いといっても、その表情に私は気圧けおされてしまう。


「え、えっ…と、地下脱出作戦のことですよね。と、亨さんから聞いています…」


 あわてて、亨からもらった記憶を思い出す。


 そう、亨による打倒麒麟作戦。

 それは、もう始まっているんだ。


 黒真珠ブラックパールのメンバーの力を借りて、まずは地下を脱出しなければならないのだ。


「あの、どういう手順だったでしょうか?」


 不安を抱いた私は、改めて確認することにした。


「だいじょうぶですかねえ…、でも、亨さんの頼みだから、しっかり面倒みますよ!」


 どうやら、亨は自分を倒して出てきた奴に従うように、指示をしてあったようだ。


「地上へ行くためには、もちろんエレベータは使えない。操作には鍵が必要だし、仮にそれを手に入れても、不審者が乗り込んでいることがわかれば、ただちにそこに閉じ込められる。そんなリスクはおかせない」


 私は亨からもらった作戦の記憶を復習するように、男の話を聞いていた。


 そういえば、この男の名前も、亨の記憶から教えてもらっていたんだっけ。たしか、北方さんだ。


「そこで、地下部を取り巻くようにしてらせん状に地上まで伸びている、非常階段を使う。ただ、この非常階段は、その名のとおり、非常事態が起きた時にしか、使えない。普段は分厚い鉄の壁で仕切られている」


 それは、いつも使えると、地下に生活している人たちが、勝手気ままに移動して管理できないから、だと亨の記憶は言っていた。


「だから、俺たちが人為的に非常事態を起こす」


「中央制御室を爆破するんですね」


 私が先回りして答えると、北方さんは、にんまりとした。


 笑顔は優しそうだったけれど、入れ墨がそれを打ち消すどころか、逆に不気味さを加えている。


 黒真珠ブラックパールという組織で生きていくためには、笑顔が素敵、であってはならないのだろうか。


「お、思い出してきたか? そうだ。一番監視が手薄になるはずの、午前4時にな。

 そうすると、非常階段も、そして各階層に設けられた隔壁も、さらには地上への最後の障害になる、鉄のカーテンも、30分だけ開く。避難や排煙するためにな」


 鉄のカーテン。それは、地上へ向けた最後の障壁。ミサイルが直撃して破壊されないほど分厚いらしい。


 それは、地下の人を守るためではなく、地下の人たちを閉じ込めるためのものであった。


 もちろん、このことも、亨の記憶に教えてもらったのだ。


「なら、脱出までの制限時間は爆破してから30分しかないということですね」


「ああ、そうだ」


「でも、たった30分で、地下47階のここから、地上まで登り切れるんですか?」


「それについては、もちろん考えてある。俺の部下の西条が準備している。管理人が移動につかっている、エアボードを借りるのさ」


 エアボードというのは、スノーボードのような形と大きさをした板の先端に、T字型のハンドルが付いているもので、原理は不明だけれど、床から浮上して、滑るように移動することができる乗り物だった。


 千春やそれ以外の管理人が使っているのを見たことがある。


「さ、話は終わりだ。ぐだぐだして、千春や他の管理人に見つかるとまずいからな。いいか、亨さんの無念を晴らすために協力するんだからな、勘違いするんじゃないぞ!」


 そう言いながらも、北方さんは、なんだかとっても楽しそう。


 だって、これは、彼らのリーダー、亨のたっての願い、麒麟を殺すための作戦なのだから。


 そしてきっと、私は彼らにとっての、最後の希望に違いない。


 なら、彼らの願いをかなえてあげよう。

 それがきっと、知美を助けることにもつながる。

 だって、どのみち、麒麟から逃げることはできないのだから。


「絶対に寝坊するんじゃねえぞ!」


 そういって走り去る北方さんに、私はお辞儀をして返す。


 私は、腰に掛けていたソウルセーバを、力いっぱい握りしめていた。


(つづく)

次回は、5月26日(火)午後6時更新予定です。

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