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69.心も体も清潔に

こんばんわ。今日も、読んでくれてありがとうございます。

 午前6時の浴室は、誰もいなくて、二人きりだった。


「千春が、特別に許可してくれたんだ」


 夏海に導かれるようにして、浴室に足を踏み入れる。

 そして、丸い風呂椅子に腰かけて、目の前にある鏡で、久しぶりに自分の顔を見る。


 思った通り、髪はぼさぼさで、ところどころに血がこびりついている。

 顔も、まるで泥遊びをしてきた子供のように、汚れていた。


 私は急いでシャワーヘッドに手を伸ばす。


 ヘッドを握った私の手に、後ろから伸びてきた夏海の手が、重なった。


「いいよ、洗ってあげる」


 鏡には、タオルに包まれた夏海の胸が映っていて、表情はわからない。


「え、えっ…」


 鏡に映る私は、戸惑いの表情を浮かべる。


「でも…、そんな、恥ずかしいよ…」


 照れながらも、本当は少しうれしかった。

 

 だけど、夏海は私の正体を知っているはず。37歳の、おせじにもカッコいいとはいえない、ひきこもりのおっさんだったということを。


──なのに、どうして? このまま身をまかせていいのだろうか…。


 考える間もなく、頭上から暖かい雨が降ってきた。

 夏海はシャンプーを付けた両手で、私の頭に触れた。まるで、大切なものを包み込むようにして、

 そして、私は夏海の両手にされるがままに、頭を揺らしていた。


「気持ちいい?」


 鏡越しに、夏海が問いかけてくる。

 すこしかがんで私の表情をうかがう夏海。

 私はつい、胸の谷間に目が行ってしまう。


 それに気づいたのか、夏海は頭をぽんとたたく。


「もう、エッチなんだから! 女の子が、そんなところ見ないの!」


 女の子、という言葉にドキッとする。

 

 いくつかの小さな泡のシャボン玉が、私の視界を横切って、ふわりと飛んでいった。


「ご、ごめんなさい。きれいだなと思って…」


 私は顔を真っ赤にしてうつむきながら、そっと両手を自分の足の間に差し入れていた。

 


 

 夏海は頭を洗い終えると、今度は備え付けのスポンジにボディソープを含ませる。


「さ、腕を上げて。体も洗うから」


 夏海はもう一方の手で、私の手首をつかんで、引き上げようとする。


「い、いいよ。もう…」


「いいから、さ」


 気にしないでと夏海は言うけれど、やっぱり気になる。

 

夏海は私が、前世界で37歳のおっさんだった時の記憶を見られているから、なおさらだった。


「やっぱり、人間よりは、少し重たいね」


 私の腕が夏海によりぐい、と持ち上げられると、毛が一つもない、つるつるした真っ白な脇があらわになった。

 そのすぐ隣には、体を洗うために全裸になった胸元があらわになっている。

 自分のそれとわかっても、すこしドキッとしてしまう。


「きれいだね。いいなぁ、やっぱり、腋毛とかは生えないんでしょう」


「そ、それは、アンドロイドですから」


「女の子はお手入れが大変なんだよ」


 夏海にうらやましがられて、非難めいた声をあげた。もちろん、冗談だとわかった。



 それから、夏海は、私の体を優しく洗ってくれた。

 スポンジが胸元に伸びてきたので、反射的に振り払ってしまう。


「どうしたの?」


 鏡の中の、夏海は困ったような声をあげて、首をかしげる。


「い、いえ…、その…」


 はっきりと、おっぱいは洗わないで、と言いたいけれど、恥ずかしい。

 夏海は、心配そうな表情を浮かべていた。


「ごめんね、痛かった。もっと優しくするからね」


 そして、夏海はそっと、手に持ったスポンジで、私の胸元をなでていた。




「さ、お風呂入ろうか」


 私の体を洗い終えた夏海は、自分の体をサッと洗い終える。

 いつの間にか、ふたりともタオルをはだけさえて裸になっていた。


「いいよ、ふたりきりだから」


 私はそっと、湯舟に足を踏み入れた。

 3か月ぶりのお風呂。とっても、気持ちよかった。

 おもわず、あ゛~、と声を上げそうになるけど、夏海の手前、遠慮した。


 


 見上げる天上は、湯気がぼんやりとただよっていた。


 そんなリラックスした空間の中で、私はふと、亨から言われた話を思い出していた。


 亨は、鍵は夏海だといった。


 ならば、夏海が15才まで、地上部にいたころの生体認証キーがそのまま有効だということだろうか。


 私は、気持ちよさそうに湯浴みしている夏海を振り返る。


「夏海さん、私は、地上へ連れていかれた知美を助けに行かなければならないんだ」


 私の決意のこもった言葉に、夏海も真剣な表情でこちらを見つめていた。

 

「ある人から教えてもらった作戦で、なんとか地上へは出られそうなのだけれど、地上部への入り口の扉の”鍵”がどこにあるかわからないんだ。

 作戦を教えてくれたその人は、”鍵”は夏海さんだって、教えてくれたんだけど」


 夏海はきょとんとして、湯舟から手をさして、「それは、私なの?」と、自分をさした。


「そうかもしれないけど…、でも今の夏海は地下の人だから、5年間も認証キーをそのままにしておくなんて、あり得ないと思うの」


 私は湯舟がゆらゆら揺れるのをみて考えていた。

 

 しばらくして、夏海は、大切なことを思い出したように、つぶやいた。


「そういえば、マリさんには、私の家族のこと、まだ言ってなかったね」


「ご両親はいたみたいだけど、他にもだれかいるの、兄弟姉妹とか」


「…いもうとがいるんだ」


 その妹が地上で暮らしているならば、妹の指ならば、地上部への入り口は解錠できるだろう。


 しかし、夏海は5年も前に地下に降りてきている。


 だから、夏海の生体認証キーは無効になっていると考えるのが、セキュリティー上妥当な措置である。


 でも、なら亨はどうして、夏海が”鍵”なのだといったのか?


「ある意味で、双子のね…」


 夏海はさみしそうに付け加えた。

 

 双子ならば、生体認証キーの一致率は高いかもしれないが、たとえ一卵性であっても、遺伝情報は少しずつことなるのだ。

 

 妹だということは、夏海とは性別が異なるので、二卵性ということになる。

 そなると、なおさら生体認証キーの情報は異なっているだろう。


 私が考え込んでいると、さらに夏海は付け加えた。


「勝手に性別を変えて女の子になって、しかも地下行きの落ちこぼれになった私は、両親に見限られていたの。それで、両親は新しく子供を作った」


 夏海は思い出すように、水面を見つめていた。


「それは、私のね、クローンなの。私が15才の時は、もう6才くらいになってたかな。成長も、すこし早いみたい」


「クローンの妹…」


 そっか、クローンならば、遺伝情報はほぼ一致しているから、生体認証キーはかなり近似しているかもしれない。

 きっと、亨は、いろんな情報網で、そのことを知ったんだ。


 夏海も、話ながら、自分が”鍵”であることを理解したのだろう。


 ただ、その人が夏海のクローンだとしたら、妹であるのは変に思える。

 私が読み取った夏海の記憶が正しければ、夏海はもともと男性として生を受けた。


 だから、保有するY染色体によって決定される生物学的な性はもちろん男性で、そのクローンだって同様なはずだった。


 それとも、夏海と同じように、性転換したのだろうか。


 私がその、”妹”についていろいろ考えていると、思いつめたような表情の夏海と目があった。


 仮にそうであったとしても、夏海が地上部への”鍵”という事実は変わらない。


「一緒に、地上へ来てくれるかな…、いえ、お願い、来てほしいの! ”鍵”を開けたら、すぐに戻っていいから!」


 知美のためにも、私は精一杯お願いした。

 すると、夏海はいつものように、優しい笑顔を見せて、


「私でよければ、どこへでも」


 と、小首をかしげて、笑ってくれた。


(つづく)

次回は、5月25日(月)午後6時投稿予定です。

今までもらった、PV、ブックマーク、ポイントはとても嬉しく思っています。

これからもよろしくお願いいたします。

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