68.おにぎりが食べたい
おはようございます。読んでくれてうれしいです。
少し予定変更をして、朝7時に投稿しました。
今日の夕方、午後6時にも、投稿します。
「ふふ、めったに仕事はないよ。安心して」
私は、出ていこうとした麒麟の背中に訊いてみた。
「ところで、100人目を達成したら、地上へ行かせてもらえるというのは…」
麒麟はくるりと振り返る。忘れてた、という表情で。
「ああ、あれね。ここでしっかりお勤めを果たして私が認めたら、そのうちに、ね。行かせてあげるって約束したけど、今すぐとは言ってないだろう?」
なぜだか私にウインクしてきて、それが余計に腹立たしい。
そのうちっていつだろう。それはたぶん、私が活動を停止したら、だろう。
まあ、そんなことだろうとは思っていた。
”かみ”にとって、私の体は、活動を停止するまで”管理”しておかなければならない存在、らしいから。
地上へ行くという許可を出せば、当然に、逃げ出すに決まっている。
私は思わず、悔しくなって唇をかんだ。
だから、知美を助けるためには、もう強引に地下を抜け出すしか方法はないんだ。
「じゃあ、お仕事がんばって」
麒麟はそれだけ言い残すと、開いたドアから去っていった。
麒麟が出て行って、緊張が解けた私は、女の子座りでその場にへたり込んだ。
そして、数か月間は過ごしたであろう、人間処分場のホールを見渡してから、よろよろと立ち上がり、ホールを後にした。
麒麟のことなんて信用していなかったけれど、すこしだけ期待していた地上生きがだめになったことで、私はがっくりしてしまった。
私の体内時計を参照すると、千春にここに連れてこられてから今日まで、2160時間、つまり、90日と3時間経過していた。
”かみ”に会うんだって、意気揚々と鹿児島市を出たのは8月上旬。
それから3か月経過して、きっと季節はもう秋の終わりなのだと思うと、私は言いようもない切なさを覚えた。
今は午前6時である。あれから3か月後の。
お腹がすいていた。そして、服はともかく、顔も手足も、血がこびりついて、気持ち悪かった。
今の私は、まるで、人間の肉を求めてさまようゾンビみたいに思えた。
こんな格好を知美が見たら、なんて思うだろう。
私のこと、気持ち悪がって嫌いになっちゃうかな…。
そんな心配ごとを抱えながら、ふらふらと壁に手をつきながら、歩いていく。
ひとまず、部屋に戻ろうと思った。
エレベータの前まで来ると、千春が仏頂面で仁王立ちして待ち構えていた。
「お、おひさしぶり…」
私はやっとのことで、あいさつする。
麒麟から、約束を破られたのを知っているからか、その表情はいつもより優しそうに見えた。
「部屋に帰るぞ」
千春の声に、私は顔を上げる。でも、体が壁にもたれたままで、なかなか思うように動かせない。
【時空転移ドライブ】さえ取り戻せば、こんなことにはならないのかな。
なにせ、300年間も、この体に搭載されていた頭脳を生き永らえさせたのだから。
先ほどまでの、命の危険がなくなり、緊張が解けたいせいで、お腹がすいてたまらない。
早くなにか食べないと、また、知美と出会った日の夜みたいに、行旅死亡人になってしまう。
今感じている空腹が、この体によってエネルギーを補充させるがために、意図的に私の意識に発生させている感覚なのだとわかっていても、やっぱりつらい。
心までは機械になりきれないのだった。
そんなことを思いながら、お腹を押さえてうつむいていると、頭の上で声がした。
「食べろ」
千春が私に向かって差し出したのは、ラップにつつまれた、こぶし大のおにぎりだった。
私の体が勝手に動いて、千春からそれを奪い取ると、むさぼるように口に押し込んでいた。
おにぎりを3個ほど食べると、やっとお腹が落ち着いてきて、意識が空腹以外に向き始めた。
300年後にも、おにぎりってあるんだと思い、前世界と後世界がつながっている気がして、少しホッとした。そうだよね、おにぎりは、江戸時代からあったんだから。
「お前、犬みたいだな」
千春のあきれたような表情を見て、さっきまでの私を思い浮かべてしまい、赤面したのだった。
そして、私は、千春のあとを追って、エレベータに駆け込んだ。
ドアが開くと、そこには、夏海が待っていた。
「おい、こいつを洗え」
私は、千春に背中をドンと押されて、よろめきながら、夏海のもとへたどりついた。
「はい」
夏海は返事をすると、私の顔を見つめてきた。
「いや、見ないで…」
私は思わず、夏海の視線から避難するように、顔をそむけた。
服はなぜだか織り直されて汚れがなくなったけれど、髪や顔、手足には、戦いの痕跡である、赤い液体がこびりついていたからだった。
とても、女の子の顔とは思えない。
「だいじょうぶだよ、これからお風呂にいって、きれいなマリさんに戻るんだから」
夏海は、そっと私の背中に手を添えて、歩き出した。
一人で体を清掃するのかなと思っていたら、夏海も脱衣場についてきた。
「体を洗ってあげる。でも、千春には内緒だよ。やきもちやくからさ」
夏海そう言って、私の服を脱がせていた。私は、されるがままになっていた。
「それは、どっちに?」
「ふふ、内緒だよ」
夏海はそうやってはぐらかすが、もちろん、千春がやきもちを焼くのは、夏海と仲良くしている、私に対してなんだろうな。
夏海のために、女を捨てるくらい、多分、夏海のことを愛しているのだから。
そして、いつの間にか、私も夏海も、タオル一枚だけの姿で向き合っていた。
「行こ、早くしないと、千春が様子を見にきちゃうといけないから」
夏海の手招きにつられるようにして、私は浴室に入っていった。
(つづく)
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