67.お姉ちゃん、がんばる
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
「おめでとう、マリさん」
麒麟は、左の手の平を上に向け、それに右手のひらを合わせるようにして、拍手をしていた。
とっても、偉ぶって見える。まあ、この塔の最高責任者だから、偉いのだろう。
──麒麟…!
私の中で、ぴーちゃんの声がする。
そして、意思に反して、体が勝手に動き、ソウルセーバーが発現し、麒麟にとびかかろうとする。
「おや…?」
麒麟は、顔に笑みを浮かべて私を見る。
「ぴ、ぴーちゃん、ちょっとまって…」
私は足を踏ん張り、ソウルセーバーを持った右腕を左手で抑える。
──邪魔をするな、約束だ。殺らせろ!
「いまここで戦っても、きっと負ける。だって、今の麒麟の力がわからないもの…」
私はぴーちゃんを必死でなだめた。でも、収まりそうにない。
ひとりで話して、ふらふらしているところを見て、麒麟は楽しそうに笑った。
「なんだ、マリさんの右腕は、私を殺したいのかなぁ…」
私は右腕を抑えるので精いっぱいだった。
「それとも、奈落に落ちた負け犬どもが、私を殺したくってうずうずして、マリさんを利用しているのかなぁ…」
──負け犬だと!
「うわぁ!」
私の左手はあっけなく振り払われた。
ぴーちゃんはいよいよ怒り狂い、もう私では抑えられない。
私の意識が、ぴーちゃんに浸潤されはじめて、薄らいでいく。
夢を見ているようだった。
私が、いや私の体をのっとったぴーちゃんが、麒麟に向かって突撃していく。
だめだ、今の麒麟は【時空転移ドライブ】を持っている。もし、その力を使いこなせているとしたら、勝ち目はない。
案の定、麒麟は、掌をこちらに向けて差し出して、唇をゆがませてながら、余裕の笑みうかべていた。
「暗黒龍は私が責任をもって、消してあげるよ。こんなものが生まれてしまったのには、私のせいでもあるからね」
麒麟の掌から光が放たれる。それは、まるで天の裁きによく似た光だった。その光は、あっという間に私の視界を覆いつくした。
でも、麒麟のそれは、私には、とても冷たく感じられて、恐怖しか感じなかった。
体の制御を奪っていたぴーちゃんだったが、麒麟の様子をみて、とまどったのか、私の足は、ぴたりと止まった。と、同時に私は一時的に体の自由を取り戻した。
私は、回避しなければ、と体を動かそうとする。でも、もう間に合わない。
【時空転移ドライブ】による【時間圧縮】が使えなければ、あの光は、回避することは不可能だ。
──【絶対防御】。
いちかばちか、両手を前に差し出して、まるで神様にお願いするかのように、頭のなかで叫ぶ。
ものすごい衝撃が、開かれた手のひらを通じて、両腕にのしかかる。折れてしまいそうだ。腕も、心も。
目の前のシールドにひびが入ってきた。もうだめかもしれない。
なら、ぴーちゃんだけでも、助けよう。
だって、麒麟はどうせ私を殺さない。だって、私を殺すと、また1からやり直しになるのだから。
「もどれ!」
思わず私は叫んでいた。
すると、私の体がぼんやりと光り、そこからぴーちゃんだけが、胸の内ポケットの手帳に吸い込まれていった。
体から力が抜けた。と同時に、ぴーちゃんの力を失って、目の前のシールドは消え去った。
そして、次の瞬間、私は光に包まれた。
「はあっ…!」
気が付くと、私は汗だくになって、地面に両手をついて倒れ込んだ。着ている服は、メイド服から、いつもの高校の制服に戻っていた。
そして、私は意識と体の自由をとりもどした。ぴーちゃんが体から離脱したようだ。
そして、頭上の麒麟を見上げる。
「君の中の悪いものは消し飛んだよ。そして、さっきは私を助けてくれてありがとう。君は命の恩人だね」
「………」
麒麟は暗黒龍を仕留めたと思っているのだろうか。元の奈落に戻しただけなのに。
まあいいや、だまっておこう。
嫌味なやつ。私は何も言わずに、次の言葉を待っていた。
「さて、100人斬りを達成したマリさんに、ごほうびをあげよう」
じとっ、とした目で麒麟を見つめながら、私はゆっくりと立ち上がる。
制服は織り直されて、血のシミも、亨に切られた傷も、いつのまにか、きれいさっぱりなくなっていた。
「私の部下になり、この処分場の100人目を務めるか、奈落に落ちて、永久の安らかな眠りにつくか、どっちがいい?」
安らかな眠り。その選択肢に、私はほんの少しだけ心を惹かれてしまう。
アンドロイドとはいえ、痛みも苦しみも、人間だったころと同じくらい感じる。ただ、死なないというだけで。だから余計に始末が悪い。
これから先、またどんな痛いことや、苦しいことが待っているかわからない。
そして、300年前に帰れる気もしなかった。
でも、私は、知美のことを思い出して、首をふる。
知美を助けないといけない。
赤ちゃん工場で、変なことをさせられている知美を助けだすまでは、お姉ちゃんはがんばるからね。
「100人目になります。麒麟さま」
その時の私は、きっと新宿のごみ捨て場で出会ったときの、マリような、灰色の瞳をしていたにちがいなかった。
(つづく)
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