66.赤ちゃん工場について
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
「赤ちゃん工場って、なにをするところですかっ!」
私の悲鳴にも似た質問が、ホールに響く。
自分の身長ほどに離れた亨には、そんなに大声を上げなくても聞こえるはずだった。
亨は首をかしげながら、私を見る。
「デザイアの塔の人口、とりわけ労働力を減らさないために、赤ちゃんを生産するところだ。どういう仕事をするところか、知りたいか?」
亨は、私の覚悟を確認するような、いたずらな笑みを浮かべる。魔女のような赤い唇が、愉しそうにゆがんでいた。
私は、なんとなく想像してしまい、固い表情のまま、ゆっくりと頭を下げる。
「とても簡潔に言えば、子供を産ませ続けさせられる場所だ」
想像していた通りだった。
「遺伝子操作を施された、優秀な少数の男性たちが、たくさんの女性と性交渉をする。その男性の精子によって出来上がった受精卵は、通常のものよりも、20倍の速度で成長する」
「ということは、…どういうことですか」
通常の胎児期間は平均38週だ。成長速度が20倍になると、どうなるか。期間が20分の1になる。
計算すればわかることなのに、私は答えを出すのが怖くなり、亨の答えを待っていた。
「ほぼ2週間に1回のペースで、出産させられるということだ。そして、その状態を疑問を抱かせないように、また、ひっきりなしに訪れる妊娠出産の苦痛から逃れさせるために、工場の女性には大量の精神安定薬…、いわゆる鎮静剤が大量に投与される。
そして、100人くらい産んだところで、心も体もぼろぼろになり、ここ、人間処分場へ送られてくる。私が相手をした女性は、20代のはずなのに、見た目はもう老婆にしか見えなかった」
亨は私から顔をそらして、どこか遠くを見つめて話していた。
「な、なんて、ひどい…」
「しかし、丈夫で優秀な赤ちゃんを産むために、工場の女性にはとても快適な環境が与えられると聞いている。そして、相手役の男性はとびきりのイケメンぞろいらしいよ」
「それでも、あっという間におばあちゃんになるんじゃ、割に合わないじゃないですか!」
私の剣幕に、亨はわるいわるいというように、手を振る。
亨はただ、事実を私に伝えてくれただけなのに。
私はいてもたってもいられなくなった。
もう知美は工場で、あんなことや、こんなことを、されているかもしれないんだと思うと。
私がそわそわしているのを察してか、亨はひとこと落ち着けと手で制した。
「まあそう焦らなくていい。連れていかれたのは昨日。そして、身体測定や遺伝子検査などがあるから、いってすぐに、その…、セックスをさせられるということはない。制限時間は、3日、といったところか」
「すぐにでも行きたいです、一緒に行きましょう。そして、こんな、ばかげた塔を作って支配して喜んでいる麒麟を倒しましょう」
「さっきも言ったが、一緒には行けない。お前にすべてを託そうと思う。3年前、私が麒麟を仕留めようと、試みたことすべてを伝えよう」
亨は歩みよってくると、そっと私の頭に手を回して、引き寄せた。
「ちょ、ちょっと…、なにを…」
亨の魔女のようだけれど、切れ長の瞳に、真っ赤な口紅をして、大人っぽくて、とてもきれいな顔が目の前に広がり、私は戸惑ってしまった。
「なにを勘違いしている。俺のすべてを託すと言ったじゃないか。さあ、俺の目を見ろ。そして、情報を抜き出すんだ」
「あっ、は、はい…」
そして、私は亨の瞳を見る。相変わらず、亨の心の中には、人格が見いだせなかったけれど、亨が渡したいといっていた情報は、ちゃんと受け取ることができた。
それは、3年前、亨たちが、デザイアの塔の地下世界から脱出を試みたときの記憶だった。
「でもな、俺は地下は脱出できたけれど、地上の入り口から先には進めなかったんだ」
「えっ? どうしてですか」
「”鍵”がなかったんだ。地上の入り口には生体認証の”鍵”が必要だ。地上部に登録された住人ならば、その読み取り部に指をあてるだけで開く」
「なら、この作戦を実行しても、地上部には行けないってことですか?」
「だが、”鍵”は降りてきた。お前のすぐそばにいる。だから、だいじょうぶだ」
今、私の側にいる人といえば、亨。でも、それはあり得ない。3年前に亨は入れなかったのだから。
なら、千春か、夏海ということになる。
でも、千春も、夏海の今は地下の住人だ。なのに、地上部に入れるのだろうか。
「ちゃんと教えてくさい、失敗したら嫌ですから」
二人とも連れていくという手もあるが、危険そうなこの作戦には、なるべく少人数で臨みたいし、二人とも”鍵”じゃない可能性だってある。
「…夏海、だ」
そして、亨は意味深な笑みを浮かべて、私を見た。
ひと仕事終えたかのように、亨は大きく背伸びをした。
そして、私に向きなおり、さわやかな笑顔を見せた。
「なんだか、肩の荷が下りた気分だな」
「私に全部押し付けたから?」
「ははっ、そうかもしれない。でもな、記憶はないけれど、この際限のない繰り返しの世界に、俺はもう疲れたんだ。もしかしたら、魂というものがあってそれに、記憶が残っているかもしれないな。だから、今度こそ、”かみ”を倒して、この不毛な世界を終わらせてくれ」
「でも私、粗大ごみですから~、ねえ」
私は、思い切り嫌味を込めて、手を振る。
「でも、今までまともな奴が挑戦してもだめだったんだ。だから、粗大ごみの方がきっと可能性はあるさ」
「さっきと言ってることが違うんですけど」
私は口をとがらせた。
亨は、それを見てに、ニヤリと笑みを浮かべてから、私に片手を上げた。
「じゃあな…、桂司のこと、解放してくれて、ありがとう。あいつもいろいろあったんだ。リーダーの俺から謝るから、どうか許してやってくれ」
「じゃあなって、亨さん…?」
「最後にお前の笑顔が見れてよかった。俺には、ループ前の世界の記憶はないが、今までで一番、情けなくて、泣きそうで、それでいて優しい顔だった気がするよ」
亨は走り出すと、ステージの端から、手を広げて飛び降りた。
あっという間のことだったので、亨の意図に気が付いて走りだしたときは、もう手遅れだった。
私が必死で伸ばした手は、あと数センチ、亨に届かなかった。
「亨さん!」
私は奈落に消えていった亨に向かって、思わず叫んでいた。
むかつく奴だったはずなのに、亨も、結局は自分たちと一緒だったのだ。結局は、麒麟に利用されているだけ。
塔の地上のひとたちは、汚いものを見ずに触れずに、すべてを手に入れる。
そして、私たちは、それに気が付かない。
本当は仲間であるはずの身近な人同士で、争いあってしまう。
麒麟がほくそ笑んでいるのも、知らずに。
奈落に向かって、私の顔から涙のしずくが落ちていった。
しばらくして、反対側のドアが開いた。
私がおそるおそる振り向くと、そこには、あいからずのタキシード姿で、麒麟が立っていたのだった。
(つづく)
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次回の投稿は、明日、5月23日い(土)午後6時になります。




