56.レインボータウン
こんばんわ。今日も読んでくれてうれしく思います。
「きゃっ」
隣でかわいい声がして、見てみると、うら若き、かわいい感じの女性が、ソファーにしりもちをついていた。
桜色のワンピースに、かわいらしいネックレス、そして花模様のイアリングが衝撃で揺れていた。
私たちは、ソファーに腰かけていた。
そして、目の前には、たくさんの人、家族ずれ、老夫婦、中高生の集団や、カップルがひっきりなしに往来していた。
その向こうには、いろいろな店が商店街のように、軒を連ねていた。
なんだか見覚えがある景色だとおもったら、ここは、前世界で、マリと一緒に時々出かけていた、レインボータウンだった。
レインボータウンというのは、いわゆる郊外にある映画館なども併設された、大型ショッピングモールである。
300年前の前世界で、私がまだ、深山真理として生きていた時に、マリと一緒に、映画を見たり、食事をしたのだった。
私は、頭に残っていたその記憶を、さきほどの血まみれの彼女に送り込んだのだ。
こんなにも鮮明に、細部まで記憶が残っているのは、アンドロイドのマリが、しっかりと記憶に刻んでくれていたからだろう。
通路わきに置かれている、観葉植物まで再現されている。とても人間に記憶できる範囲ではない。
本当はもっといろいろ、例えば山奥の温泉旅館とか、ハワイのワイキキビーチとか、バリ島のコンドミニアムとかあるのだけれど、私はテレビで見ただけであいまいな情報しかもっておらず、もちろんマリと一緒にいったこともなかったから、世界を構成するのは無理だったのだ。
今の私が、一番はっきり想像ができて、それでいて、パッと思いついたのが、休日のレインボータウンだった。
そう、私がつくった想像の世界の中。それが、前世界のとある複合型ショッピングモールだった。
現実では、きっと私たち二人は、人間処分場のステージで、ふたり眠っているのだろう。
さて、ずっと寝ている二人をみて、千春や麒麟が不審がらないか、どうか。
私は呆気にとられている様子の、隣の女性に話しかけた。
ひっきりなしに往来する人混みを、不思議そうにして眺めている。
「お腹がすきませんか? 地下で出される食事は、とてもじゃないけど、おいしくないですから。なんだか、単に燃料を補充しているような感じで、味気ないですよね」
「そ、そうだよね…」
女性は、制服姿の私見て、また驚いたみたいだった。
「あなたは、誰ですか?」
「私は、さっきあなたの目の前にいた、あなたのお相手です」
「さっきって…、私、もうずいぶん前から、気をうしなっていて、目が覚めたのが、どれくらいぶりかもわからないの」
彼女はそういって、頬に手を当てて考え込む。真っ赤な口紅が、照明でつやつやと光っていた。
そのしぐさが妙に、なまめかしい。
きっと、今の彼女が本当の姿なのだろう。あの血だらけの物体のことは、ひとまず忘れよう。
「私の名前は、マリといいます。あなたは?」
「私は…、あれ? おかしいな、思い出せない。私は誰だったんだろう?」
彼女はそうつぶやいて、頭を抱えた。
麒麟の度重なる仕打ちで、心も体も、そして記憶も一部消失してしまったのだろう。
もしかしたら、それはつらい現実から逃れるために発した、体の防衛機制かもしれなかった。
辛いことを忘れられたら、どんなにいいだろうか。
「じゃあ、とりあえず、理恵ってことにしときますか」
私の命名に、彼女は、なんとなく、その名前だった気もします…、と微妙に微笑んでくれた。
私も、理恵さんを見て、こっくりとうなずいた。
彼女の名前と、今の姿は、私が彼女の心から引きずり出した、彼女がなりたかった自分そのものだったのだから。
とりあえず、さわがしいフードコートは避けて、落ち着いた雰囲気の静かな喫茶店に入る。
「おいしい、こんなの何年ぶりかしら…」
理恵さんは、コーヒーカップを両手でもちながら、うっとりとして、眺めていた。
たしかに、地下で出される食事には、嗜好品はなかった。
オレンジジュースの色と味をしたものが出されていたが、それだけだった。
それから、理恵さんはケーキを味わうようにして頬張った。
なんの変哲もない、イチゴショートケーキだけれど、理恵さんが食べているのを見ると、とてもおいしそうに見えてくる。
いったい、何年ぶりにそれを食べるのだろうか。理恵さんの目には涙がにじんでいた。
それからは、映画コーナーに行ってみた。
上映中の映画は、真理がアンドロイドのマリと見たことがある映画だった。
当たり前だけど、アンドロイドのマリが見たことのない映画は、やっていない。
「ここは、どういう場所なの」
すこし薄暗いチケット売り場のホールで、理恵さんは、私に尋ねた。
もしかして、300年後には、映画館で集まって映画を見るというシステムがなくなっているかもしれない。
私のいた300年前でさえ、映画のネット配信が主流になりつつあったのだ。
私は、理恵さんに、映画館を説明すると、彼女は目を丸くして驚いた。
「へぇー、昔の人は、めんどくさいことするんだ…」
「でも、一緒に見ているひとと、感動を共有した気分になれますよ。それに、映画を見ることそれ自体が、外出の目的になりますから、デートにもいいですよ」
私がメリットを説明しても、理恵さんはふーんと、あいまいにうなずいた。
いちど見てもらった方が早いかも。
私は理恵さんの手をとって、チケット売り場へと引っ張っていった。
「おもしろかったね。まさか、あそこで、そうなるなんて」
「そうですよね。私は7回目ですけど、何度見ても、新しい発見がありますね!」
私が何気なくいった発言に、理恵さんは驚いて、フォークを落とした。
映画を見たあと、館内にある割と高級なレストランで、食事をとっていた。もちろん、お酒、ワインも一緒にテーブルに載っていた。
「えっ…、7回も同じ映画を見るの? 結末がわかっているのに、つまらなくない?」
「まあ、最初の2回は映画館で、あとの5回は家でですけど…」
映画がアニメだっただけに、私は恥ずかしくなって頭をかいた。
「でも、とてもいい話だったから、その気持ちわかるな、…、また一緒に見てくれる?」
理恵さんのつぶやきに、私は、少しまよいながら、
「…はい」
と笑顔でうなずいた。
(つづく)
次回は5月12日(火)午後7時に更新予定です。
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