57.閉店の時間
こんばんわ。このあたりは、ちょっと展開が遅いので、早めに投稿しました。
いつも読んでくれて、ありがとうございます。
食事のあとは、レインボータウンの専門店街で、ショッピングを楽しんだ。
理恵さんは、いろいろな服を試着しては、私にみせびらかしてきた。
女装が趣味で、女服の着こなしにはすこしうるさかった私だけど、自分の姿を見てうっとりしている理恵さんをみて、何も言わないことにした。
化粧品の店では、理恵さんは、係員の人に、おためし品のお化粧をしてもらった。
せっかくなので、私も隣に座って、ご一緒することにした。
「あなたは、高校生なのかしら…、肌に貼りがあって、いいわねぇ…」
店員のお姉さんは、お世辞かどうか、ほんのりとお化粧をした鏡の中を私を見つめて、うっとりとした表情を浮かべていた。
それからも、ジュエリーショップやかわいい小物のお店など、いろいろ回って、いつの間にか私たちの両腕には、抱えきれないほどの紙袋が下がっていた。
でも、これを現実に持ち帰ることはできない。
そう思うと、この手に感じる重たさが、ふと恋しくなった。
それからは、併設されていた、温泉施設で、お湯につかることにした。
相変わらず、女湯は慣れないし、なんだか罪を犯しているような、へんな気分になる。
かといって、この体で、男湯に入るわけにもいかない。
勇気をだして、「女湯」と書かれているのれんをくぐる。
でも、理恵さんは、入り口で佇んでいた。
「え、入るの? いいのかなぁ…」
なぜか顔を赤くして、こっちを見ている。
「だって、男湯に行くわけにいかないじゃないですか」
「そ、そうだよね…」
理恵さんは、恥ずかしそうにうつむいていた。
更衣室での着換えにも、私はだいぶん慣れてきた。
それでも、女性のあけっぴろげな姿が目に入ると、おもわず目をそらしてしまう。なんだか、失礼に思えて。
それは、理恵さんも同じだったらしく、うつむいて、胸を押さえて、服を脱ごうかどうか迷っているようだった。
「何しているんですか? 早く服を脱いでください、せっかく来たのに、時間がもったいないですよ」
地下ではお風呂といっても、それは体の洗浄作業といった方がよく、ちっともリラックスできなかった。だからこそ、理恵さんを連れてきたというのに。
「あ、はい…」
理恵さんは、顔を赤くしてうなずくけど、でも、ますます服の胸元をがっちりと握りしめる。
「仕方ないな…」
私はタオル一枚だけを巻いて、理恵さんの前に立つ。そして、服のボタンに手をかけた。
「あ、あの、ちょっと、自分で、できるから…」
「まあまあ…、いいじゃないですか」
私はあえて、わざとらしく好色な笑みを浮かべて、服に手をかける。そして、バサッとそれをはぎとった。それから、下着も。
「はい、タオル」
胸を両手で隠している理恵さんに、私はタオルを手渡したのだった。
「きもちよかったぁ~、生き返った」
休憩室に寝ころびながら、理恵さんは、大きく背伸びをした。
それは、私も同じだった。
「人間だって、体のメンテナンスは大事です。あんな人間洗車機みたいな浴室では、ちっとも心が休まりません」
私の言葉に、理恵さんも、うんうんとうなずいてくれた。
ふと、時計を見る。いつのまにか、午後10時45分。まもなく閉館の時間だ。
スピーカーからは、蛍の光が流れ始めた。
見回すと、休憩室には、もうひとはまばらで、残っている人も、帰る準備を始めていた。
もう、帰らなければならない。それは、アンドロイドのマリと暮らしていた、300年前のアパートではなく、デザイアの塔の最下層の、人間処分場へ、理恵さんと。
私は意を決して、両手でふんばり、上体を起こした。
「そろそろ、出ましょうか、理恵さん…」
事情が分かっていたのだろう。理恵さんは、目を閉じたまま、顔をかすかに動かした。
ガラガラとシャッターが閉まる音がする。少しずつ、館内の灯りが落とされていく。
係員の人が、出口はこちらです、と案内する声が遠くに聞こえていた。
出口の前にやってくる。
立ち止まった私たち二人を、次々と他の人が追い越していく。
玄関前の自動ドアでは、店員が頭を下げている。
「ずっと、このレインボータウンにいたら、どうなるんだろう…」
理恵さんが、ぽつりとつぶやく。
それは、私にもわからなかった。
この記憶の世界に閉じ込められるのか。明日も、明後日も、ずっと。今日と同じことを繰り返すのか。
それとも、この世界と一緒に消滅してしまうのだろうか。
でも、このレインボータウンは、アンドロイドのマリが作り出した、記憶の中の世界。
そして、もちろん、夜中のレインボータウンの記憶はないし、施設の外の記憶もあいまいだ。
そう考えると、きっと、この世界と一緒に、消滅してしまうのかもしれない。
「わかりません。でも、いつかは出なくては…」
「やっぱり、あそこに戻るの?」
「おそらくは…」
「帰りたくない、もう…、あの世界にも、あの体にも」
理恵さんは、その場に座り込んでしまった。係員の視線が痛いが、マリの記憶の中の世界なので、気にしないことにした。
どうすべきか迷っていると、ふと私の頭が、なにかを察知した。
鈴子さんに、天の裁きが降ってきたときと同じような。でも、それとは少し違う。
鈴子さんの時は、もっと冷たく、恐怖に満ちた気配だった。
でも、今は──。
だから、私は、それが来るとわかっていても、回避する行動はとらなかった。
だって、それは、とても優しくて暖かさに満ちていたからだ。
こういうのを、神の慈愛ともいうのだろうか。
白い光はゆっくりと降りてきて、すわりこんで泣いている理恵さんを包み込んだ。
とてもまぶしくて、私は思わず目をつぶってしまう。
辺り一面が真っ白になった光の中で、私は、たしかに聞いた。
──マリさん、さようなら。そして、ありがとう。
光の中で、私は理恵さんの安らいだ笑顔を見た気がした。
光が収まると、そこには理恵さんの姿はなく、ただ、床に買い物袋だけが、残されていた。
私は、それに向かって、両手を合わせて心の中で祈った。
──どうか、理恵さん、天国でお幸せに…。
目を閉じて祈ってから、最後にバイバイと手を振って、レインボータウンを出た。
(つづく)
次回は、5月13日(水)午後7時投稿予定です。
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