55.生き残るための戦い
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
夏海からちらりと名前を聞いただけだったが、亨ってすごいやつかもしれない。
でも、100人連続で殺すなんて、精神的負担を考えると、私には実現できそうになかった。
「でも、本当に100人倒したら、脱出させてくれるんですか? 100人倒したっていう亨は、まだ地下にいるんですよね? 彼は地上へ行けなかったんですか?」
ずるがしこい麒麟のことだ。餌だけちらつかせて、実のところ、100人倒しても、なにもないかもしれない。
「亨は、自分で選んで地下に残ったようだ。黒真珠のリーダーとして、絶大な権力を行使できる地下の方が居心地がよかったんだろう。そもそも、亨は自分からここに堕ちてきて、力試しをしたかったようだ。リーダーとしての威厳を高めるためにな」
そして、千春は私の肩に手をのせた。
「それでも、規則は規則だ。地下から脱出することはできるはずだ。だから、がんばれ」
そう言い残すと、千春は私に背中を向けて、扉の向こうへ去っていった。
千春によって扉が閉じられる。
私は、円形の床を挟んで、反対側にある扉が開くのを見た。
入口から、なにか赤い液体にまみれた物体が現れて、それから、這うようにして、こちらへ近寄ってくるのがわかった。
──え、あれってもしかして、発狂した人間? でも、ちょっとまって、まだ、心の準備ができてない…。
私が戸惑っている間にも、その赤い獣は、通路を渡って、近づいてくるのだった。
私は足を進めるのが怖かったけれど、まずはその円形の床に向かって、そろそろと歩き出した。
つり橋状になっている通路は、幅はそれなりにあるけれど、ゆらゆら揺れる上に、柵もないので足下がたよりない。
ふと見下ろすと、暗黒龍が棲息しているという、底なしの奈落が目に入り、足が止まる。
あちら様はというと、そんなことお構いなしに、四つん這いで、こちらに迫ってくる。
発狂しているのだから、恐怖なんてなくなってしまったのだろう。
こんなつり橋上で戦うことになったら、とっても怖い。
戦うなら、円形の床でしかありえない。
私はごわごわと足すすめ、やっと中心部までたどりついた。
近くまでやってくると、その人間だった物のおぞましい姿が明らかになった。
服だったぼろきれの一部が体にはりついて、体中は自傷行為なのか、傷だらけで血がたえず滲み出していた。
髪はぼさぼさで、その長さから察するに、女性なのだと思われた。
もちろん、今は見る影もない。
「う…、うう…、うあ…」
声にならないうめき声をあげている。何度も自殺し、無理やり蘇生された過程で、一体どれだけの苦しみを味わってきたのかは、その人間でなくなってしまった今の姿が物語っているように思われた。
私は「彼女」と向き合う。
床面には、剣やナイフ、斧からライフル銃やマシンガン、そしてロケットランチャーなどのいろんな武器が散らばっていた。
これは、処分される人間同士のバトルを面白くするための、演出なのだろう。
どこから撮影しているのかわからないが、この様子はデザイアの塔内ネットワークにより配信されているのだ。
私は、それらの武器には目もくれず、腰のソウルセーバにそっと触れた。
構えなかったのは、まだ私に「彼女」を殺す決意がついていなかったからだった。
でも、それが行けなかった。
私は、とびかってきた彼女の、斧の一撃を左肩に食らってしまい、飛ばされた。
床面が終わるすれすれのところで、なんとか踏みとどまる。
かかとが半分、床からはみ出して、奈落の闇へせり出していた。
そっと、足を前にだして、体勢を整えた。
彼女は斧をだらりとさげて、こちらをうかがっている。
でも、全身が悲鳴を上げているように、辛そうだった。
彼女の叫びが、願いが、私の心に聞こえてくる。
──殺してください。殺して!
私はソウルセーバーを腰から抜きんでて、作動させると、目の前に構えた。
この体のエネルギーの源となる、時空転移ドライブは麒麟に抜き取られてしまったけれど、それでも普通の人間よりはまだ強いはずだ。
私が彼女を殺せば、彼女の地獄は終わる。そして、彼女はバシレイアという偽物ではない、本当の天国へ行けるに違いない。
そう考えている隙に、また彼女に、今後は頭部を斧で殴られた。
ガンという音が頭の中に響き、床に倒れる。
普通の人間なら、頭が砕かれていたであろう一撃だった。
床に倒れた私にむかって、彼女はさらにおいうちをかけるために、馬乗りになり、両手で斧を振り上げる。
私はそれを振り下ろさせまいと、彼女の両腕をつかんで、支えた。
でも、すごい力だ。そして、血走った瞳がこちらを凝視しているのが怖い。
怖くなって目をそらしたら、目の前に猛烈な勢いで斧が振り下ろされて、視界が遮られた。
すこしずれていたら、頭をかち割られていた。
私は、胸の内ポケットに入れてあった、【町の職員録】に手を触れた。
【町の職員録】を使って、ジョニーを呼び出して助けてもらおうかと思ったけれど、こんなところに呼び出して、元の町に戻れなかったら申し訳ないと思って、できなかった。
暇なときに、一度呼び出して試しておけばよかった。
それにしても、殺してあげる、なんてよく上から目線で思えたものだ。
これでは、反対に私が壊されてしまう。この体が壊されて消滅すれば、きっとそれに宿る私の心も消え去ってしまうに違いない。
でも、もうそれでよいとも思えた。あきらめの気持ちがあった。
300年前に、すでに私は死んのだから。
ふとあきらめた私は、彼女の瞳を見つめる。
血走った瞳は、怒りと悲しみに満ちていた。
それだけで、彼女がされてきたこと、──それは、都合のいいように利用されて捨てられたこと──、を想像できた。
だから、最後に彼女を幸せにしてあげたいと、私は願った。
そして、今の私にできることといえば、そう、夢を見せること。
楽しいことって、なんだっけ?
うーん、私は頭の中をまさぐりつつ、これだと思ったものを思い浮かべる。
そして、血走った彼女のひとみに、焦点を合わせた。自分の記憶を送り込むために。
(つづく)
次回は、5月11日の午後7時に更新予定です。
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