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53.夏海の記憶2

こんばんわ。朝に続いて、夕方も読んでくれてありがとうございます。

なお、52・53話のサブタイトルは、後日変更するかもしれません。

(いつも投稿前に考えるので、時間がなくて適当につけたので…)

 でも、戻ってきた千春は、人が変わっていた。

 

 矯正施設へ行ったことから、男子生徒、とりわけ不良たちに一目置かれた千春は、いつのまにかその不良グループを従えるようにして、廊下を歩くようになっていた。


 そんなときに、夏海が呼びかけても、声が届かないのか、無視された。


 だから、夏海は千春の下駄箱に入れてある靴に、手紙を忍ばせた。


──夕方、校舎裏の花壇で、と。


 夏海が待っていると、千春が姿を現した。


「おひさしぶり」


 笑顔で迎える夏海に対して、千春はといえば、ムスッとした表情をくずさない。


「俺みたいな落ちこぼれな上に素行の悪い人間と一緒にいるところを見られると、お前まで地上へ行けなくなる。用事なら早く終わらせろ」


 すっかり男子としての言葉遣いや態度が板についてきた千春をみて、夏海は悲しくなっていた。でも、


「ひとこと、謝りたくて。ごめんね、私がはっきり言えなかったばかりに、千春を悪者にして…」


「…用事はそれだけか?」


「えっ?  う、うん、そうだけど」


千春のそっけない返事に、あわてた様子の夏海。


「じゃあ、俺からは、一つお願いがある」


「いいよ、なんでも言って?」


その言葉に、夏海の目が輝いた。


「もう、女の子の千春は死んだ。だから、もう、私のことは忘れてほしい…、さよなら、夏海」


 千春はそうぽつりとつぶやいて、夏海のもとを去っていった。


 照明が落とされて暗くなり始めていた。

 

 だから、夏海には、目の前に、あの頃の、女の子だったころの千春が立っていたような気がしていたのだった。




「先生…、私は、千春さんが好きです」


「えっ、でも、千春さんは、あんな姿でも、いちおう女性ですよ…」


「だから、好きなんです」


 夏海はきっぱりと言い切った。好きなのは本当だったから。


 地上へ行くかどうかの、重要な判断材料となる、担任のみちよ先生との面談のの席だった。


 みちよ先生は、夏海の回答に、すこし驚きの表情を浮かべたものの、すぐにまた、いつものどうでもいいような表情に戻って、机上の面接表にさらさらと何かを記載していた。


 きっと、地上へ行けない私は、もう、どうでもいい生徒なのだろう、と夏海は思った。


 さらに夏海は、念には念を入れて、テストの問題をわざと間違えたりもした。


 夏海が心配そうに見つめる目線の先には、千春がテストも解かずに、その寝顔をこちらに向けていた。


 そして、15才になった日、夏海は一人だけになった教室で、麒麟から届いた手紙を開封した。


 予想通りの結果になんだかため息が出た。


 通知書を見せた時の、両親の失望した表情が目に浮かんでいた。


「さようなら、おとうさん、おかあさん…」


とつぶやいて、秋の深くて青く冷たい空を見やった。


 



 夏海の記憶から覚めると、間近で私を見つめる夏海の顔が目に飛び込んできた。


「どう、私たちのこと、よくわかったでしょ」


「うん…」


 夏海の、つらい記憶を垣間見た私は、同情するように、ゆっくりとうなずいた。



 憩いの場の公園の出口までやってきたところで、夏海は振り返ると、


「あ、そうそう、千春のこと、ちょっといいかもって、思ってるんでしょう」


 急に指摘されて、ドキッとする。夏海もまた、私の方へ逆アクセスをしていたのかもしれない。


 千春は男みたいな女で、だけど、女を捨てているような姿かたちと言動をみていると、妙に惹かれることがあった。


 そういえば、私が前世界で中学生だったころに、髪はぼさぼさで、着ている制服やブラウスもよれよれでシミがあったりする、ちょっと不潔な女の子を好きになったことがあった。

 

 彼女の、誰も信用していないような、冷たくとがった瞳は、私に原因不明の情欲を掻き立ててやまなかった。

 

 最初は、自分の頭がおかしいのかと、心配にもなったけれど、脳が命令することなので、仕方ないとあきらめた。


 そんな私の記憶も考え方も、夏海に見られたと思うと、とても恥ずかしい。


 結局、彼女への恋心は実らなかったのだけれど……。

 

「あ…、その、恋とかじゃないから…、ただ愛でているだけ…」


 私はあわてて否定した。自分が少し、特殊な趣味をしていることを。


「ふふ、女同士だから、マリさんは、千春と結婚できないけどね」


「それをいうなら、夏海さんだって、もう女の子だよ」


「私は…、あっ、そうだったね」


 と、スカートをはためかせて、公園を出て行った。


 どこか元気なその後ろ姿に、私は夏海が少年だったような面影が見えていた。

 

 公園から出て、宿泊棟へと続く廊下の前で、夏海は立ち止まった。


「私はこれからお風呂だから、先に部屋に戻っててね」


 そして、夏海は、廊下の向こうへ去っていった。ふんわりとした、いい香りを残して。


 それにしても、お風呂の時間は部屋番号ごとにきちんと定められているはずだけど、夏海がこんな遅くから入るというのは、管理人である千春が黙認しているからなのだろうと思われた。


 部屋に戻ると、常夜灯だけがついていて、二段ベッドの上で、知美が気持ちよさそうに眠っていた。


 私は、さっきの夏海とのキスを思い出して、罪悪感から、目をうつむかせてしまう。


 私はその下段に潜り込み、そっと目を閉じる。


 15分ほどして、静かにドアが開いて、また閉じる音がした。

 夏海が帰ってきたようだ。


 それからの部屋は、知美と夏海の規則正しい寝息だけが聞こえていた。


 でも、私は、はなかなか寝付くことができなかった。


 ふみつけた黒真珠の男の血まみれの顔が、頭にこびりついて、振り払えなかったのである。



 どれくらい、布団の中で悶えていたかわからない。

 

 そっとドアが開いた。夏海も知美も寝息を立てている。


 私は怖くなって寝たふりをする。すると、その人影は私のもとへ近づいてきた。


 そして、耳元でささやいた。


「黙って出ろ」


 それは、千春の声だった。

 

 私は、休憩室でのことがばれたのだと、直感した。


(つづく)

次回は、5月7日(木)19時(午後7時)更新予定です。

PVや、ポイント評価、ブックマークはありがたく思っています。

やっぱり誰かが読んでくれていると思うと、やる気が出ます。

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