52.夏海の記憶
こんばんわ。
いつも読んでくれてありがとうございます。
52・53話はあまり展開が進まないので、このあと午後7時に53話も投稿します。
夏海と千春は小学校に入学した時からの友達だった。
デザイアの塔での居住区が、ご近所さん同士だったからである。
でも、6年生になったころから、次第に夏海は千春に避けられるようになった。
時間が合えば一緒に下校することもあったけれど、近頃はそれもない。
廊下で会って、あいさつをしても、返ってはこない。
夏海は、その原因に思い当たるところがなくて、どうして避けられるのか、不安になっていた。
そんな、もやもやした気持ちで過ごしていたある夏の終業式の日。
夏海は、この状況を変えようと、思い切って、千春の下駄箱にラブレターを忍ばせて、校舎裏の花壇で千春が来るのを待っていた。
でも、いくらまっても千春はやってこなかった。
いつの間にか、夕方になり、窓の外は、暗くなり始めていた。
やっぱり、振られてしまったのかなと思い、見つめる先の、塔の窓に映る積乱雲が、じんわりとゆがんだ。
それでも、あきらめきれずに、夏海は校舎に戻っていった。
千春の下駄箱を見ると、靴に忍ばせたラブレターは残っていた。
まだ読まれていなかったことに、拒絶されたわけではないことがわかり、すこしホッとした。でも、こんな時間まで校舎にいるのかと心配になり、千春を探すことにした。
誰もいなくなった校舎の中を、夏海はあちこち走り回っていた。
教室、図書室、理科室や図画工作室など、ほとんどすべてまわった。
少し休憩しようと、いつもは使わない、階のトイレで用を足していた。
夏海は、半ズボンをおろすと、男性にしかついていないそれを手でつまんで、それの先から水を出していた。
──夏海は、男の子だったんだ…。
私がいま見ているこの光景は、夏海の目線。だから、目の前のそれは夏海の物で間違いなかった。
だとしたら、どうして夏海は性転換して女の子になったのだろう。
やっぱり、地上へ行く確率を少しでも上げるためだろうか?
それとも…。
ふと耳を澄ませると、すすりなく声がとなりの部屋から聞こえてくる。
男子トイレの隣は、女子トイレだった。
夏海は用もそこそこに、隣の部屋に駆け込む。なお、手は洗ってないようだ。
ピンク色の壁にずらりと個室が並ぶ女子トイレ。
一番奥の扉が閉じられていた。
夏海がそのドアに向かって呼びかけると、ドアを開いた。
そこには、びしょ濡れになった千春がうずくまって泣いていた。
それを見た夏海は、千春が最近自分を避け続けていた理由がわかったような気がした。
成長するにつれ、次第に容姿や能力の差がはっきりしてくるこの頃、容姿に劣る千春も、御多分にもれずいじめを受けるようになっていたのだと思った。
千春は、いじめられている自分と仲良くしているところを見られたら、夏海もいじめられるかもしれないと考えたのだろう。
夏海は、びしょ濡れている千春の肩にそっと手をふれた。
「一緒に帰ろう、そろそろ見回りの先生も来るから」
でも、千春は夏海の手を振り払って、泣き続けた。
「友達が欲しい。私のことを、ブスって言わない、女の子の友達がほしいよぉ…」
夏海はそれを聞いて、手に持っていた、千春あてのラブレターをそっと、うしろに隠していた。
やがて、中学生になって、男の子の夏海は姿を消した。
代わりに、夏海によく似た女の子が転入してきた。彼女の名前もまた、夏海といった。
少し伸ばした黒髪に、ぱっちりとした瞳。そして、胸は中学生らしく、ほどほどにふくらんでいた。
──夏海は、女の子になったんだ。千春の願いをかなえるために。
そして、女の子になった夏海と千春は、再び友達になった。
お掃除当番や、花の世話を、夏海はなんとなく押し付けられることが多くなった。
何となくというのは、はっきりと夏海にお願いするのではなく、ただやらないのであった。
そして、千春だけは、いつも、当番でもないのに、そんな夏海を手伝った。
先生に言おう、という千春に、夏海は、
「いいの、お花の世話は楽しいから」
と笑って答えるだけだった。
ある日の掃除時間、いつものように夏海が一人っきりで広い教室を掃除していると、そこへ千春がやってきた。
「ど、どうしたの、その頭…それに、その格好は…」
夏海はあっけにとられて、千春を見た。
なぜなら、千春は頭をほとんど丸坊主にして、男子の制服、白のカッターシャツに黒のズボンを着て、目の前に立っていたからだった。
「千春さんは、女の子でしょう、どうして?」
「どうせ私…、俺は地上へはいけない。なら、男になって、夏海を守りたい」
「千春さん…、そんな…」
夏海の震えるような声が、教室に響いた。
西日が、室内をだいだい色に染めていた。
それからしばらくして、夏海はもう一人で掃除やお花の世話をする必要はなくなった。
クラスメイトが、きちんと掃除の時間にやってくるようになったからだった。
でも、やってきたクラスメイトは、頭や腕、足に包帯を巻いて、顔にはなぐられたようなあざもあった。
「その怪我、どうしたの?」
夏海は心配そうに尋ねるが、尋ねられた男子生徒はじろりと夏海をうらめしそうににらみつけると、避けるようにして、離れていった。
そういえば、今日も千春は学校にやってこなかった。担任のみちよ先生に事情を聞いてみよう。
夏海は、職員室で、みちよ先生から事情を聴かされて、呆然とした。
千春は、私のために、掃除をさぼるクラスメイトたちに対して、暴力をふるったのだという。
それで、矯正施設へ入れられたのだという。
たしかに、中学生になってから、千春の体格はますます良くなっていた。
そう、まるで、お相撲さんのように。
あの二の腕で殴られたら、失神してしまうかもしれないと思える。
「それで、千春さんは…、千春は、いつ頃戻ってこられそうなんですか?」
夏海は思っていた。
早く千春に謝りたい。私が余計な心配をかけたから、私が自分ではっきりとさぼっている人たちに言えなかったから、だから千春にこんなことをさせてしまった、のだと。
「そうねぇ…、秋ごろかしら…」
みちよ先生は、あごに指をあてて、割とどうでも良さそうに答えていた。
デザイアの塔の中は、秋とはいっても、日が短くなるわけでも、寒くなるわけでもない。
窓に映る空と、遠くに見える山がなんとなく紅葉している様子で、秋を感じることができた。
そして、遠くに見える山が、赤や黄色に染まり始めたころ、千春が学校へ戻ってきた。
(つづく)
次回、53話は、5月5日(火)19時(午後7時)投稿予定です。
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