51.二人だけの秘密
こんばんわ。連休中もよんでくれてありがとうございます。
「話したいことって…」
私は今日、休憩室でやってしまったことを思い出して、ドキッとする。
足元をぼんやりと、暖かい色の照明がぼんやりと照らしていた。
その下を、小川がさらさらと音を立てて流れていた。
「休憩室でなにかあったの? 戻ってきてからのマリさん、なんだか様子が変だから、心配になって…」
前を歩く夏海が、ぽつりとつぶやいた。
この後世界は、前世界よりは、死というものが身近に感じられた。
それは、モンスターというものが存在していて、それでケガをしたり、殺されたりする人が、日常的にいるからだ。
だからといって、人を殺していいことにはならない。
今ここで、夏海に告白すれば、それは知美にも知られるだろう。
そして、知美はきっと私のことを殺人鬼と思い、怖がって近寄らなくなる。
それだけは、いやだった。
だから、私はうそをついた。
「ちょっと…、知美と同じで疲れただけ。熱射病だよ」
「ふーん」
夏海は、振り返らずに、鼻を鳴らしていた。
そして、少し歩みを進めてから、私を振り返った。
「アンドロイドも、熱射病なんかになるんだぁ」
夏海の思ってもみない問いかけに、私は固まってしまった。
「どうして、それを…」
「ふふ、最初にお部屋で出会ったときに、マリさんは、このデザイアの塔のシステムを把握するために、私の記憶を読み取ったよね、あれ実は、された方もわかるんだよ、知らなかった?」
「あ、いや、その…」
当人の許可なく、記憶にアクセスするのは、そういえば初めてだった。
なんとなく、状況を把握しようとおもって、やってしまったのだった。
考えてみれば、人の記憶に勝手にアクセスすることは、マナー違反だと思う。
つい口ごもる私に、夏海は安心して、と笑いかけた。
「そのことは怒ってないんだ。ただ、伝えておきたかったの。マリさんから脳にアクセスされた人も、マリさんの記憶を覗き見ることができるんだってことを、ね」
そうだったんだ。知らなかった。だとしたら、町のダンスパーティーのときに、知美の脳にアクセスしているけど、知美は私の前世界での、37歳無職ひきこもりだったころの記憶を覗き見たのだろうか。わからない。
「そんな心配しないで。アクセスされた人が意識しないと、逆アクセスなんて、できないから」
夏海はそういって笑う。
その向こうには、点々と灯りが点々と灯りが連なる遊歩道が続いていた。
「なら、どうして夏海さんは、逆アクセスできたんですか? それって、とっさにはできないと思うんですけど…」
「それは、私が「マリア様伝説」のことを知っていたから。15才になるまでの間、デザイアの塔の地上部で暮らしていたころに、学校の情報室で知りました。いつかおかしな服を来た女の子がやってきて、この世界を元の姿に返すだろう、って。それで、マリさんと初めてあったとき、ピンときたんだ」
夏海は、それから、あ、情報室っていうのは、後世界でいう図書館みたいなものだよ、と付け加えた。
そっか。この後世界では、マリアさんは結構期待されていたんだっけ。
だけど、残念ながら、私はマリア様ではない。少なくとも今は、まだ。
でも、期待に瞳を輝かせている夏海を目の前にして、あえてそれは言わないでおこうと思った。
それに、私は人殺し。もう、マリア様になる資格はないのだろう。
しばらく二人とも、無言で遊歩道を進んでいく。
ベンチでは、女同士のカップルがお互いの体に触れながら、キスをしていた。
私は邪魔しないように、気配を消してそっと前を横切る。
少し先へ進んだところにも、木陰に隠れたようにしてベンチがあった。そして、そこには誰も座っていなかった。
「ちょっと、休もうよ」
夏海に促されて、私は先に腰かけた夏海の隣に腰かける。手をちょこんとスカートに乗せて、前をじっと見つめた。
さらさらとした小川の流れる音と、木々のざわめき。
それらに耳を澄ませていると、ふと、夏海がこちらを見ているのに気が付いた。
「ねえ、もっと仲良くなりましょうよ、さっきのベンチの人たちみたいに…」
夏海はそう言って、そっと自分の左手を私の右手に絡めた。
私はそのひんやりした手の感触に、おもわず頬をひきつらせた。
女子校では、女性同士が好意を抱くケースが多いらしい。
この居住区も女性しかいないので、環境としては同じだった。
「でも…」
私は言い淀んだ。知美が知ったら、怒るだろうから。
「知美さんには、内緒だよ…」
夏海はそう言って、私の口にそっと、自分のそれを重ねた。
しばらくして、夏海はそっと唇をはなして、肩に両手をのせて、じっと私を見た。
「今日のことは、私たち二人だけの秘密だからね」
私は目をそらすことも忘れて、その言葉の意味に、自然に涙があふれてきて、暖かく頬を伝っていくのを感じていた。
キスが終わったあと、夏海はぽつりと話はじめた。
「私と千春はね、小学校の頃は友達だったの…」
ゆっくりと話し始めた夏海の口を、私はそっと人差し指で抑えた。
夏海は一瞬だけとまどったような表情を浮かべたけど、すぐに納得したみたいだった。
私はだまって、夏海の瞳を見つめながら、そっと額を押しあてた。
「そうだよね、いいよ、頭の中を見ることを、許してあげる」
「千春さんとの思い出を、思い浮かべてくださいね…」
私がそっとささやくと、夏海はだまってうなずいて、目を閉じた。
(つづく)
次回は、5月5日(火)午後7時に更新予定です。
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