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48.休憩室のならず者

こんばんわ。読んでいただき、うれしく思います。


 その休憩時らしきプレハブの前までやってきて、私は足を止めた。

 側面には、エアコンの室外機が設置され、ブーンとうなっている。


 そして、目の前のドアの向こうから、男性が騒いでいる声が聞こえてきて、怖くなった。

 あきらかに、ならず者が騒いでいる様子だったから。


 でも、背中で辛そうにしている知美を思い、恐怖をふりはらうと、私はドアをノックした。


 返事がない。乱痴気騒ぎをしているから、聞こえないのだろう。

 ドアノブをひねり、少しだけドアを引いてみると、それは少し動いた。

 もともとは共用の休憩所なのである。

 鍵がかかっていないのが普通だし、自由にはいっていいはずなのだった。


「すみません、入っていいですか? 入りますよ…」


 私はこわごわドアの隙間から、体を差し入れるようにして、休憩所に侵入する。

 室内はエアコンが聞いていて、ひんやりとしていた。

 ここで休ませてもらって、すこしでも、知美の体調がよくなるといいな。


 でも、この耳障りで、うるさい音楽はなんだろう。

 いや、本当はいい音楽なのだろうけれど、こうも大音量で鳴り響いていては、台無しだ。

 

 中は真っ暗で、天上につけられた照明がくるくる回っていて、それが一瞬私の方を照らしてくる。

 そして、ナイトクラブで流れているような洋楽が、大音量で鳴り響いていた。

 これじゃあ、私のかぼそい声なんて、聞こえるわけない。


 私は、奥の方でかたまって騒いでいる集団に歩いていき、そばに立って声をかける。


「あの、すみません」


 男性たちはすぐそばにいる私を無視するかのように、酒をあおり、踊り狂っていた。


「すみません!」


 途端に、あれだけ大音量で鳴り響いていた音楽が止まり、シーンとなった。

 酒を飲んでいた男も、踊り狂っていた男もそれをとめて、私を見る。

 そこには、数えて5人の男がいた。


「あ、あの…、ここで、休憩させてくれませんか? できれば、水も飲ませてほしいです。この子が熱中症で死にそうなんです」


 私が改めてお願いするように、お辞儀をした。

 すると、酒を飲んでいた男が、不機嫌そうに、ダーンとグラスをテーブルにたたきつけ、パリンと音を立てて割れた。


「…っかく気持ちよく飲んでたのによぉ…」


 私はびくりと肩を震わせる。


 そして、ワインボトルをつかむと、ゆらりと立ち上がり、私の方に歩みよってくる。

 

 その男は、シャツの袖から、黒光りした肌と、青い入れ墨をのぞかせていた。

 もちろん、耳や鼻、唇にピアスをしている。

 髪は逆立ち、青や赤、金色とさまざまな色に染められている。


 その風体を見ただけで、私は怖くなって、逃げだしたくなる。でも、そしたら、知美がしんじゃう。

 だから、足の震えを気取られないよう、その場に踏みとどまった。

 それに、精神的な緊張を強いられるが、知美のためにも、この涼しい空間にすこしでも長くとどまっていたかった。


 男は私の前に立ち、すべてがめんどくさそうに、首を傾げて、私を見た。

 どろりとした瞳。汚い。私の心が反応した。

 一番かかわりたくない人種だ。だけど、今回ばかりはしかたがない。


「いま、なんつった…?」


「…で、ですから、ここで休ませてほしいんです。ここは働く人みんなのための、休憩室ですよね…?」


 私はそう言いながら、怖くなって、語尾に行くにつれて、小さくなる。

 そんな私を見て、目の前の男性がここぞとばかりに、わざとらしく、耳に手をあてて、大声を張り上げる


「あ? 聞こえねーよ!」


 げらげらと後ろの男性も笑い始めた。

 私は勇気を振り絞って大声を上げる。


「休ませてください!」


「なんで?」


「ここは休憩所ですから…、このままだと後ろの子が死んじゃいます…」


「で、俺らにそれ、関係あるの?」


男は終始、こちらを威嚇するような態度を崩さない。まるで、動物を会話をしているようだ。


「あなた方は、勝手にしていただいて構いません。部屋の隅でしばらく休みます」


勝手に、という言葉に、男はカチンと来たようだ。


「勝手にじゃねーよ、なんだその態度は?」


「………」


 これ以上何を言っても無駄だ。知美のことがなければ、すぐにでも出ていきたい。

 こんな人種と関わるべきではないことは、前世界でよくわかっていた。


「なんとか言えよ、今の態度、どうけじめつけんのよ?」


 これが因縁というやつ。まさか、この世界でも、こういう輩がいるとは。”かみ”による天の裁きで処分されていると思ったのだけど、いったい”かみ”は何を考えているのだろう。


 私が押し黙っているのを見て、男はますます、自分勝手に怒りを増幅させたようだ。


「土下座しろよ、ああ!」


 途端に、男は私の頭をわしずかみにして、地面にはいつくばらせようとしてきた。


「土下座すれば、休ませてもらえますか?」


「土下座しろっつってんだよ!」


「土下座すれば、休ませてもらえますか?」


「壊れたテープレコーダーかよ、なめてんのか? そういうのなめてるっていうんだぞ!」


「………」


 私は、男と会話をしたくない。だから、必要なことしか言わなかった。


 男の脳内で、どのような思考が繰り広げられているのかわからないが、彼は自分の脳内を私に対する怒りと憎しみで満たしていた。その憎しみで、自分自身を焼き尽くして死んでしまえと私は思う。


「はったおすぞ!」


 男のけりが、私のお腹に直撃する。

 私は、背中の知美をかばいながら、後ろへ倒れ込んだ。

 

 そして、起き上がろうとしたら、男は私の頭に足をのせて体重をかけてきた。

 私の額が、意思に反して、地面についてしまう。


「いい加減にしねえと、殺すぞ?」


 地面に額を押し付けながら、目の前の真っ白な床を見つめていた。

 あまりにも苦しくて、緊張を強いられた私は、意図的に思考を停止させた。

 なにも考えないことにした。そうでないと…、こいつを…殺。

 でも、知美の目の前で、それは避けたかった。やさしいお姉ちゃんでいたかった。


「はよいえや」


「………」


「すみませんでしただろぉ!!!」


男は私の頭を、その足で何度も何度も踏みつけた。

私がアンドロイドでなければ、脳震盪、いや頭蓋骨も陥没していたほどの勢いに思われた。


「………」


つづいて、頭からぼたぼたとしずくが垂れてきて、頬をつたって、地面に真っ赤な水たまりを作った。

それは、男が私の頭上に垂らした、ワインだった。


「水ならやるよ、ほら、好きなだけ飲め」


私はお酒は好きだけど、今ほどその匂いが気持ち悪いと思ったことはなかった。恐怖と緊張そして、憎しみで、吐き気がした。


「…お、お姉ちゃん、もういいよ、出よう…」


ふと横を見ると、知美が涙を浮かべて、あきらめたような顔をして、私を見ていた。


「でも、知美…」


「このままだと、お姉ちゃんの心が、しんじゃうよ…、それは、絶対やだ…」


もうろうとしているであろう意識のなかで、知美は私のことを心配してくれている。

それを想うと、私の瞳からも、涙があふれてきた。

おかしいね、アンドロイドのはずなのに。


それだけ言うと、知美は目を閉じた。


「知美…!」


私は、床に寝そべったまま、知美に手を伸ばす。しかし、


「いたっ!」


伸ばした私の腕に、男の足が押し付けられる。まるでたばこの火を消すかのように、ぐりぐりと足を動かした。


──知美、しんじゃったの?


知美は、眠ったように動かなくなった。


──許さない。


 私は、ゆっくりと立ち上がる。そして、目の前の男をまっすぐに見つめた。


(つづく)

次回は、4月29日(水)19時(午後7時)投稿予定です。

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