47.懐かしい景色
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壁に囲まれた無機質なエレベータに、知美と夏海も一緒に乗せられる。
「どこへ行くんだろう…」
知美が不安そうな声を上げる。
「だいじょうぶだよ、千春は、ほんとは、やさしい人だから…」
夏海が知美の耳元でささやいていた。
「おしゃべりするんじゃない!」
途端に、千春の怒声が、狭い室内に鳴り響いた。
エレベータが上昇していく感覚があり、しばらくして停止して、扉が開いた。
階数の表示パネルがないので、地下の何階かはわからない。
「降りろ」
千春についていくようにして、廊下を進み、扉を開けると、そこには、中心から外側に向かって、広大な畑が広がっていた。扇形に分けられた区域ごとに、いろいろな作物が育てられていた。
それは、さながら植物工場のようであった。
でも、私がいた300年前の世界よりも、ずっと規模が大きい。
そして、天上からは、太陽のような光を発する照明が、私たちを照らしていた。
暖かくて、とても気持ちがいい。とても、人工的な光とは思えなかった。
「すごく気持ちいい。本当に人工的な光なの?」
「光ファイバーを使って、地上から日光を取り入れてるんだ。だから、とても気持ちいいんだよ」
私が目を丸くしているのを見て、夏海がそっとささやいてくれた。
頬を撫でるそよ風が気持ちよかった。
「なんか懐かしいね。私たちのいた町の小麦畑みたい」
知美はすこし目を潤ませていた。
懐かしい景色に会えたのはうれしいけれど、故郷のことを思い出したのだろう。
私も思わず目を潤ませた。
私の本当の故郷は、300年前の世界なのに、鈴子さんと知美の3人で暮らしていた日々が懐かしい。
あの時間に帰りたい、と思っていた。
千春は、前を向いたまま無言で歩き続けで、とくにおしゃべりを咎めなかった。
「ここがお前たちの班の作業場だ。詳しい作業は、夏海に聞け」
そう言い残して、千春はいまきた道を戻っていく。
夏海は、じっと千春の後ろ姿を見送っていた。
「さ、始めようか」
夏海は私たちを振り返って、笑顔を見せた。
夏海に教えられた通りに、私たちは、あてがわれた畑の作業を始める。
本日の作業は、草むしりであった。
「除草剤は使わないのかな…」
あまりの暑さと、時代遅れのこの作業に、私は思わずつぶやく。
天井から降り注ぐ太陽のおかげで、地下にあるはずなのに、真夏のように暑かった。
「地上の人とバシレイアへの納品物は、有機無農薬じゃないと、だめなんだってさ。厳しいよね」
「ふーん、そっか…」
私は仕方なく作業を再開する。30分ほど経過した。
ふと、知美を見ると、地面におしりをつけて、へばっていた。
「ちょっと、知美、だいじょうぶ?」
「だ、だって、暑いんだもん…」
知美は顔を真っ赤にして、呼吸も激しく、苦しそうにしていた。
私は頭の中を検索するまでもなく、熱中症だと判断する。
私は大慌てで、すこし離れたところで作業していた夏海に駆け寄った。
「どこか、休めるとこはない? 知美が、熱中症になっちゃったみたいなんだ」
「えっ、だいじょうぶ? まだ体がなれてないからかなぁ。休むところなら、あるには、あるけど…」
夏海は心配しながらも、そっと、ふるえながら指をさす。
その指先の向こうには、一軒のプレハブのような小屋があった。
「あれが、休憩所なの?」
私の問いかけに、しかし、夏海は青ざめた表情でうなずいた。
「でも、行かない方がいいと思う…」
「どうして? 休憩所は誰でも使っていいんじゃないの?」
「この地区の休憩所は、ならず者の集まり、黒真珠が支配しているの。あの人たちは、働きもせず、毎日あの休憩所の中で、お酒を飲んで騒いでばかり。かかわると、ろくなことがないよ」
「黒真珠…」
「この地下の生産地区を、影で支配している集団なの。リーダーの名前は…、亨。地下での仕事の担当は、お互いが合意すれば交代できるの。もちろん、合意じゃなくて脅迫して交代させてるんだけど。そして、集団のメンバーには楽な仕事をあてがい、そうじゃない人には、つらい仕事をさせているの。もっとも、奴らは、楽な仕事すらまともにやらない。ああしてエアコンの効いた涼しい休憩所を占拠して、酒盛りばかりしてる」
「なら、あそこの休憩所には入れないってこと?」
「そう、まず無理。たとえメンバーに入るから入れてといっても、すぐには入れてくれない。長い下積み生活で奴らに都合よくこき使われるだけ。集団の中でのし上がるには、金と女と暴力しかないの」
「ここの管理者の千春は何もしないの? 麒麟は黙認しているの?」
私の訴えにも、夏海は力なく首を振る。
「麒麟は決まった量の生産物を収めてもらえば、それでいいと考えているんだよ。前に千春に黒真珠のこと、話してみたんだ。そしたら、ここは学校じゃない、自分でなんとかしろ、って言われちゃった」
夏海の冷静な分析に、私はだんだん腹が立ってきた。知美の真っ赤で苦しそうな表情を見て、何もできない自分に焦りを感じていた。
「でも、このままだと知美が死んじゃうよ!」
私は夏海に向かって叫んでから、ハッとして口をつぐんだ。
「ごめんなさい…、夏海さんは、私のことを思って、本当のことを教えてくれたんだよね、ありがと」
私は、夏海にふっと微笑んだ。それでも、夏海は心配そうな表情を崩さなかった。
「行くんだね…、でも、きっと無理しないで、帰ってきて。…何もできなくて、ごめんね」
夏海はその場で立ち尽くして、うつむいていた。
私は、地面に映る、うつむき加減の夏海の影を見つめていた。
そして、顔を上げて、心配かけまいと、笑顔を見せる。
「夏海さんは、なにも悪くないよ。怒ったりしてごめん。これじゃあ、黒真珠と一緒だね」
「私が日陰になるから、だから、奴らに何か言われたら、すぐに帰ってきて。決して逆らわないでね」
「わかった」
そして、私は照り付ける太陽の下で、地面に寝そべっている知美の側に駆け寄った。
もう、意識がもうろうとしているみたいで、頬を叩いても、反応がなかった。
私は手をそっと知美の額に当てる。私のての平から伝わってきた、バイタルサインは、生命の危機を示していた。
「さ、知美、お姉ちゃんと一緒に行こう」
そういって、私は知美を抱きかかえてから、背中におぶさって、その黒真珠のたまり場となっている休憩所へと、急いだのだった。
(つづく)
次回は、4月27日(月)19時(午後7時)に投稿予定です。




