46.夏海さんと千春さん
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ひとしきりお互いの無事と再会を喜んで、泣きはらした後、ふと私は視線を感じて、警戒する。
顔を上げると、まだわんわん泣いている知美の震える方の向こうに、女の子がもう一人座って私と目が合った。
「知美、もういいよね」
私はそっと知美を引き離して、その女の子に顔を向ける。
つられて、知美もその人を見て、私に言った。
「あ、あの人、夏海さんっていうの。同じ部屋の人なんだって」
夏海は、かわいらく正座したまま、よろしく、というふうに、笑みを浮かべて頭すこし下げた。
まっすぐな床まで届きそうな黒髪のロングヘアーが、さらりと揺れた。
濃い目の眉毛に、黒目がちな大きな瞳が、きれいだった。
鼻筋もとおっていて、それでいて肌は白くつややかで、赤い唇がよく目立っていた。
某歌劇団の男役スターみたいに、女性としても美人で、かっこよさも備えていた。
男性に生まれていたら、さぞかしイケメンになっただろうな、と私は思ってしまう。
「あ、あの、マリといいます。聞いてるかもしれないけど、知美のお姉ちゃん、ということになってます」
「ちょっと、ということになってますって、何? お姉ちゃんでしょ」
「あ、そうだった」
知美の怒られて、私は頭をかいた。
そんな私たちのやり取りをみて、夏海はくすくすとわらってくれた。
それから、私は夏海に、このデザイアの塔のことについて、いろいろ教えてもらうことにした。
例によって、そっと夏海の前にすわって、じっと瞳を見つめる。
「どうしたの? 私、なにか、顔についてるの?」
夏海が戸惑いの表情を浮かべたその刹那、私は彼女の記憶をすべて読み込んだ。
そして、夏海の記憶が教えてくれた、このデザイアの塔の全容、そして夏海と千春の関係。
デザイアの塔は、高さ1000メートルで、地上300階、地下50階建ての、超高層ビルをも超える、ハイパービルディングだった。
地上部には、高級レストランや、バー、ナイトクラブ、スタジアム、リラクゼーション施設や温泉、他にもありとあらゆる娯楽施設が設置されている。
地下部では、地上部の豊かな生活を支えるため、食料資源の生産をすべてを担っていた。
また地上部においても、格差は存在した。
つまり、娯楽施設で働かなけばならない人。そして、まったく働く必要はなく、ただ人生の快楽を享受するだけでいい人。
もちろん、後者は、前者より圧倒的に少ない。
ただ、毎日、好きなことをしていればいいのだから。
地下の人たちは、一生地上には出られず、一生を地下の生産施設で過ごすことになる。
使い物にならなくなると、最下層のさらに下、奈落と呼ばれる、地球の中心まで続くという穴に放り込まれて処分される。
そこには、今まで奴隷としてこき使われ、処分された人々の恨みが作り出した、暗黒龍が封印されて、うごめいているという。
地下で暮らすか、地上で暮らせるかは、15才の時に決定される。
生まれてから、15才までは、地上の低層階にある居住区で生活して学校みたいなところへ行く。
そして、15才の誕生日に、一生が決定される手紙が、麒麟から届く。
その手紙には、もらった人がどこへ行くべきかが記載されている。
それは、地下の生産施設か、それとも地上か。
地上ならば、どこで働くのか、あるいは、0.01%の選ばれた、一切の労働から解放されて、楽しい一生を過ごす人になれるのか。
ちなみに、その選ばれた0.01%の人は、「夢を見る人」と呼ばれている。夢みたいな生活をしているから、だという。
そして、その手紙には抗うことはできない。
男性よりも、女性の方が圧倒的に地上へ行ける割合が高かった。
それは、1:10ぐらいの比率である。
そのため、男性に生まれた人でも、子供のうちに性転換手術をして、女性になり、地上へ行く人も多かった。
夏海ぐらいの容姿であれば、0.01%の「夢を見る人」は無理でも、地上で暮らすことができそうだった。
でも、夏海は、一番大切なものを、地下に残していた。
それは、好きな人。
今は、男性みたいになってしまった、千春のことが好きだったから。
千春は、あのとおり、容姿には恵まれていない。
だから、地上へは行けそうにもなかった。
それなら、自分も残ろう。いつか千春と一緒になるときのために。
だから、夏海は、あえて担任の先生に、自分は千春さんという女性が好きな、同性愛者だと告白した。
同性愛者は異端だとみなされて、地上へ行けなくなると思ったからだ。
そして、夏海のもとに手紙が届いた。記載されていた行先は、予想通り、地下だった。
もう見納めだと思ったのだろうか、記憶の中の夏海は、窓に映る真っ青な空をしばらくずっと見つめていた。
「おい、早く出ろ!」
夏海の記憶を読むのに夢中になっていた私は、背中の声にびっくりして振り返る。
そこには、千春が作業着を着て仁王立ちしていた。
「あ、あの…、なんでしょうか」
「仕事だ。ついてこい」
そう言って、千春は背中を向ける。
私は、千春の後ろ姿を、初めて会ったときとは、すこし違う面持ちで、見つめていた。
(つづく)
次回の更新予定は、4月25日(土)19時(午後7時)です。




