49.やってしまった
こんばんわ。今日も読んでいただき、うれしく思います。
知美は死んだ。だから、もう、こいつにお願いすることはなくなった。
そして、人殺しに遠慮することもない。
「なんだ? 喧嘩売って…」
私の握りこぶしが、男の顔面にめり込んだ。そして、飛んで行った先でテーブルをなぎ倒す。
気が付くと、男の前歯が数本折れて、鼻が砕かれていて、テーブルにあおむけになり、手や足をぴくぴく痙攣させていた。
時空転移ドライブが取り除かれたとはいっても、生身の人間では、私の相手にはならなかった。
それを無視して、倒れている男に歩み寄る。この男は知美を殺したんだ。許さない。
私は男の顔面を、ためらいなく、ひらりとスカートを揺らめかせ、その白い足で思い切り踏みつけた。
男の仕返しが怖くて、二度と生き返らないように、何度も、何度も思い切り踏みつけた。
ドンドンと、無機質な音が休憩室に響いている。
他の4人の男だちは、呆然とそれを見ているだけで、手出しはしてこなかった。
ふと気が付くと、私の足元の男は、ピクリともせず、血まみれの肉塊になって床に横たわっていた。
そして、おびただしい量の血が床一面に広がっていた。
私は無表情で振り返ると、他の4人の男と目があった。
「カチコミかぁ! やったるぞぉ!」
「命取られる覚悟あんだろうなぁ!」
「ぶっ殺してやる!」
「どこのもんじゃあ! ごめんなさいじゃすまんぞぉぉぉ!!」
「………」
「………」
「………」
「………」
しかし、4人は一向に襲い掛かってこない。
ふと見ると、全員、逃げ腰になり、足が震えていた。
「…ここから、出て行ってくれたら、何もしませんから、したくもないですし。これ、をかたずけていただけますか?」
私がつぶやくと、4人は、テーブルの男を担ぎ、連れ立って、這う這うの体で休憩室を出て行った。
私は静かになった室内を改めて見回した。
私はつかれきった表情を浮かべて、ゆっくりと知美のそばにしゃがみこんだ。
そして、だめもとで、額に手を当ててみる。そうしてみると、
──よかった、まだ生きていた。
私は知美が怖がらないように、肉塊はなくったものの、まだ血でまみれているテーブル付近をぞうきんで拭いた。
割れたグラスをかたずけて、ひとまず見た目は元通りになる。
それから、窓をあけて、お酒と血のにおいがまじり、不潔によどんだ室内の空気を入れ替える。
準備ができたので、知美をソファーまで運び、そこで寝かせた。
ちょうどテーブルに氷水の入ったワインクーラー(ボトルワインを冷やしておくために、テーブルにおいておく、氷の入った水で満たした小さ目の金属製の容器)があった。
私は、清潔なおしぼりを、奥のキッチンの棚から取り出して、氷水で濡らして絞ってから、知美の額に当てる。
ここは地面の底のはずなのに、休憩室の窓のブラインドからは、少しぼんやりとした午後の西日が差し込んでいた。植物の生育のために、地上と同じような環境にしているからだろうか。
ブラインドから、そっと外をうかがうと、広大な緑の小麦畑が広がり、農作業をしている人たちの姿があった。
知美のいた町を思い出して、涙ぐんでしまう。
帰りたい、あの町に。
こんな変なところは嫌だ。
休憩室ないには、午後のしずかな時間が流れていた。
その中で、私が感傷に浸っていると、うしろからうめき声がした。
私は、知美のもとへ戻り、おしぼりを交換する。
でも、だいぶ顔色はよくなった。それは、命の危険はさったことを示していた。
私が横に腰かけて様子を見ていると、知美の口が開いた。
「お姉ちゃん、さっきのならず者はどうしたの?」
「うーんとね、お願いして、出て行ってもらったの」
「へえー、お姉ちゃんすごいね、あんな人たちと話付けするなんて」
知美はあえて冗談めかして、そういった。
「いやぁ…、それほどでも」
話をつけたというよりは、無理やり黙らせたといった方が正しいのかな。
なんにしろ、知美にさっきの怖いお姉ちゃんが見られていないみたいなので、私はホッとする。
私は、壁際のリモコンで、冷房の設定温度を少しあげて、それから、知美に毛布を掛けた。
「もう少し、休んだ方がいいよ」
「うん…」
そして、知美は私の顔をみて、安心したように、目を閉じた。
気が付くと、窓から夕焼け色の光が差し込んでいた。
どうやら、ソファーに腰かけたまま、うとうとしてしまったらしい。
ソファーの上で、知美はまだ寝息を立てていた。
体内時計を参照すると、もう17時になっていることがわかった。
業務終了の時間だ。
休憩室から外に出る。夕焼け色に染まった、広大な小麦畑が目に入る。
あちこちで、点々と人が歩いているのが見える。宿泊棟へ帰るのだろう。
私たちも、そろそろ帰らなければならない。
景色の向こうで、こっちに向かって手を振って駆け寄ってくる女の子を見つけた。
夏海だった。
「はあはあ…、マリさん、今日は一人で大変だったよ」
「ごめんなさい」
私は素直に頭を下げる。この埋め合わせは明日しようと誓いながら。
「ふふっ、冗談だよ。それより、知美さんは、だいじょうぶ?」
「うん、おかげさまで。休憩室で休んだおかげで、すっかりよくなったみだい。もう歩けるよ」
「そっか…、それにしても、黒真珠の奴らが、よく休ませてくれたね。どうやったの? 賄賂でも送ったの、あっ…、もしかして、体を…」
夏海が勝手な想像を広げていくので、私はあわてて否定する。
「そ、そんなわけないよ。た、たまたま、どこかへ行っていたみたいなんだ」
「へぇー、ラッキーだったね」
私のうそに、夏海はうれしそうに笑った。
とても、言えなかった。本当はリーダーらしき男性をぶち殺して、立ち退かせたなんて。
それからは、休憩室の知美もつれて、3人で宿泊棟にある、もとの部屋に戻っていった。
広大な畑は、次第に照明が薄暗くなってきたけれど、道端に設置された街灯が、私たちの歩くあぜ道を照らしていた。
広大な畑に点々と浮かぶ照明の瞬きは、まるで星のようにきれいだった。
私の前には、すっかり仲良くなった知美と夏海が、おしゃべりをしながら、笑いあっていた。
知美が死んでしまったと勘違いして、ならず者とはいえ、ひとを殺してしまった私は、もう人ではなくなったのかもしれない。
私は前を歩く二人が、どこか遠くへいってしまった気がして、さみしくなっていた。
(つづく)
次回は、5月1日(金)午後7時に投稿予定です。
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