39.お姉ちゃんセレクション
「あ、2km先に、町があるみたいだよ、寄っていこう」
知美がうれしそうに指をさす。私も知美が漏らさなくて、ホッと胸をなでおろす。
でも、私は、つい、ひきこもっていたころの習慣を思い出して、あえていじわるをしてみる。
「トイレなら、そこのペットボトルにしてもよかったんじゃない?」
実際、長距離ドライバーでそうしている人はいるって、ドキュメンタリー番組で見たことがあった。
荷主の時間指定が厳しく、トイレに行く暇も、食事をとる暇もないと言っていた。
誰かの苦しみの上に成り立っていた、私たちの便利な生活。
誰もが仕事をしているのだから、お互いさまとは言うけれど…、本当にお互いさまなのだろうか。とても、そうは思えない。
私は、天の裁きがあることを除けば、この後世界の生活水準は、前世界に比べて、劣っているとは思わなかった。
バシレイアへの納付は、収穫に対して必要最低限な量で、また、納付した生産物の大半は、この地域の人に平等に分配されているらしい。
実際にバシレイアに贈られるのは、ほんの一部だと、町長は言っていた。
たしかに、食べれもしないのに、たくさんもらっても、バシレイアの人たちも困るだろう。
それは、デスベアーは立派な代理人だったというわけではなく、奴はただ、人を殺す以外には関心がなかったので、めんどくさいことは人間任せにしていただけだった。
はっきりいって300年前の日本の方があれやこれやの税金ばかりで、よほど負担が重かった。
そして、知美の町では、病気などの理由で働けない人には、きちんと配給もあるって、市役所の掲示板に書いてあった。
もちろん、それで暮らしが維持できるのは、天の裁きで人口調整をしているおかげかもしれなかった。
私のまじめな思考は知美によって、中断させられた。
「お姉ちゃん、ひどい!」
と、知美に怒られてしまった。
町の入り口に設置されたゲートで、やっぱりここでもオークさんに止められた。
それにしても、私、だんだんオークの見分けがつくようになってきた。
このオークさんは、きっちりしてまじめそうな醤油顔だ。
オークさんは管理小屋から出てきて、運転席の私を見上げる。
「バシレイアへの物資の輸送ですか?」
オークに目を見据えられて、私はえっ…と、と目をそらして、曖昧に返事をする。
「あ、はい…」
あ、挙動不審だったかな。怪しまれないだろうか。
「遅くまでお勤めご苦労さまです。町の入場にあたって、荷物チェックをさせてください。モンスターが入り込むと大変ですから」
「わ、わかりました」
予想はしていたけれど、ドキッとする。
私たちは、これからバシレイアにいって”かみ”を倒しにいくのだ。
それがバレたから、ここでつかまってしまう。
もちろん、荷台には、形だけの物資が積み込まれているので、のぞかれても心配はないのだけれど。
しばらくして、オークが戻ってきた。
「ありがとうございました。どうぞお通りください。駐車場は入ってすぐ右側です」
「あれ、私たちの身分確認はいいんですか?」
「はい、この地域で、マリさんを知らない人はおりませんので。あ、そちらのお連れ様は、知美さまですよね」
知らないオークに呼びかけられて、さすがの知美も、すこし緊張した様子で、
「は、はい…」
と、返事をする。
「かみの代理人である、雪代さまから仰せつかっております。そちらさまも、どうぞお連れください」
「あ、ありがとう…」
私の後ろで知美が、かしこまってお辞儀をした。
私は、かみの代理人って、すごいんだな、と改めて感心する。
でも、町長の力が及ぶのは、この区域内だけだろう。
そして、町長の管理区域は、前世界での九州であった。
九州を出て、中国地方入ると、神の四天王、もとい四大悪魔の一匹、麒麟の支配区域になる。
私は入場手続きを終えて、トラックをそろりと進める。
駐車場にトラックを止めると、知美が待ってましたといわんばかりに、飛び降りて、駐車場のトイレに駆け込んでいった。
私は必要最低限の物を入れたウエストポーチだけを身に着けて、トラックを降りる。
街灯の真っ白な灯りで照らされた、私以外は誰もいない駐車場で、知美が戻ってくるのを待っていた。
「おまたせ」
私は、戻ってきた知美と一緒に博多の町へと歩き始めた。
とんこつラーメンが食べたいな、と思いながら。
私は、記憶した地図と、この体のGPS機能を使って、博多で有名な観光地へと向かう。
迷わずずんずんと歩いていく私を見て、どこへ連れていかれるかわからず、知美は不安になったようだ。
「どこいくの? お姉ちゃんは、この町にきたことがあるの?」
不安そうな知美に、私はうんとうなずいた。
「300年前に、ね」
「そんなの、来たことにならないじゃん」
「まあまあ、いいものごちそうするから」
知美をなだめつつ、私は前方に目をこらず。ここまでくると、ちらほら人も歩いている。
町の中心に近づくにつれて、次第に人通りが多くなり、灯りも増えてにぎやかになっていた。
私はパンフレット片手に旅行を楽しむ、女子大生のような気持ちで、立ち並ぶ屋台の灯りをにぎわいを指さした。
屋台が並んでいる様子をみて、知美は勘違いをしたのか、
「え~、すごいね! 今日はなにかのお祭りなの?」
「ここは、いつもこんなふうに、屋台がならんでるんだよ」
私は得意げに答えるが、それは300年前の、前世界での話である。でも、幸いに、私の時代でも有名だった博多の屋台村は、300年の時を経過しても、受け継がれていた。
知美は博多に来るのは初めてなのだろう。
前世界にくらべて、人間の移動は制限されているようだったから。
自分の住んでいる町しか知らないのかもしれなかった。
私は目を輝かせている知美に、聞いてみた。
「知美はなにが食べたい?」
「うーん、どれも、これもおいしそうなにおいが漂ってきて、迷うなぁ~」
「なら、お姉ちゃんのおすすめで行く?」
「そうしようかな。でも、まずかったら怒るからね!」
「だいじょうぶ、任せなさい」
と私は胸を張って、歩き出した。そして、1軒のラーメン屋に入ったのだった。
(つづく)
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