38.ふたりきりの車内
町を抜けて、広々とした田園風景を抜けると、ほどなくして、インターチェンジの看板が見えたので、右折する。
廃墟になった町のなかで、その看板だけはきれいなのは違和感があった。
私は高速道路に入ると、改めてアクセルを踏み込んだ。思い切り踏み込んでみたけれど、音がうるさいわりに大して速度が上がらないので、とりあえず、時速100キロメートルで巡行することにする。
麒麟の本拠地である、300年前の大阪を深夜に通り抜けるためには、速度を調節する必要がある。早すぎても、遅すぎてもいけない。
私は速度を固定する、オートクルーズに設定すると、アクセルから足を放して、座席に深く腰をうずめた。
走り続けていると、少しずつ、夕闇が空に広がっていく。
ふと、運転席の時計に目をやると、18時00分を指していた。
静かになった助手席に目を向けると、知美が静かに寝息を立てていた。
シートベルトで胸の間が抑えられているせいで、いつもよりその膨らみが強調されているように見える。
「ともみ…」
ハンドル操作をマニュアルからオートに切り替える。
少しの間ならだいじょうぶだろう。
ルームミラーには、私の泣きそうに潤んだ瞳が映っていた。
なんとか欲求を抑えようとして、自分の体についている胸をさわってみた。とても柔らかい。女性の胸をさわったことはないけれど、多分こんな感じだろうというのは想像できた。
でも、やっぱり自分のでは全然欲求が満たされなかった。
思えば、今まで知美と一緒に寝てはいたけれど、ただ、それだけだった。
キスをしたこともなかった。
知美にしてみれば、同じ女性でしかもお姉ちゃんなのだから、そんなことしないのが当たり前だった。
でも、私は欲求不満だった。それが、知美の寝顔を見ているうちに、抑えきれなくなった。
「ねえ、さわってもいいかな…?」
寝ている知美に許可を取る。当たり前だけれど、返事はない。
相変わらず、知美は静かに寝息を立てていた。
気持ちよさそうに、呼吸にしたがって、胸を上下させていた。
車はトンネルに入り、車内はだいだい色の光で満たされた。
私は知美の方に体を向けて、そっとあごに手をあてる。
そして、自分の顔を近づけようとした途端、パッと知美の瞳が開いた。
「…う~ん、あれ? お、お姉ちゃん、何してるの?」
「あ、あの、えっと…、その」
私はしどろもどろになり、あわてて運転席に座りなおす。そして、握る必要のないハンドルを握って、運転に集中するふりした。
「顔にゴミがついてたんだ、とっておいたよ」
私は前をキリッと見つめて、ごまかした。
「え~、ほんとかなぁ…」
知美は疑いの目を私に向けた。
気まずくなって、私は知美から目をそらして、前方の景色へ目をやった。
時計の針は、21時を指している。いつの間にか目の前の景色は真っ暗になっていた。
私は頭の中に記憶した地図と、マリの体に備わっているGPS機能で認識している現在地を照合した。
300年前でいえば、もうすぐ福岡の太宰府インターチェンジにさしかかるところだった。
この辺りまでくれば、山道を抜けたところのはずだけれど、車窓にうつる景色は真っ暗で、灯りは見えなかった。
やはり、再生の1年により、人間はいなくなり、廃墟になっているのだろう。
そういえば、高校の修学旅行でいったことがあったかな。あまり、いい思い出はないけれど。
私は昔のことを思い出しながら、ふと知美を見る。いつの間にか目を覚ましていた。
何かに耐えるように、無言でじっと前を見つめていた。
足の間に手をいれて、もじもじしていた。
それをみて、私はハッと思い出して、つぶやいた。
「あ、もしかして、トイレ…?」
すっかりアンドロイドとしての生活に慣れてしまった私は、人間の習慣を忘れつつあった。
たとえば、それは排泄行為。
3時間もトラックの中で過ごしているのである。女性ならば、そろそろ限界かもしれない。
でも、知美は恥ずかしそうな顔で否定した。
「ち、ちがうよ、お腹がすいただけ…。ちょっとこの辺りで、ご飯食べていこうよ」
「そうだね。すっかり忘れてた」
私はあえて突っ込まず、知美の言う通りにすることにした。
とりあえず、300年前の太宰府インターを降りる。もちろん、料金所なんていうものはない。
インターを降りても、辺りは真っ暗闇で、お店の気配はない。
夜も更けたとはいっても、まだ21時。閉店するには早すぎる時間だ。
300年前には、幹線道路沿いには、さまざまな外食店やお店の灯りがきらめいていた。
でも、今は真っ暗である。
暗闇を流れる流れ星のように、私の乗っているトラックだけが、進んでいた。
「お店ないみたいだね~」
知美が真っ暗な窓に手を当ててつぶやく。
「誰もいないし、そのあたりで…どう?」
私が言いかけると、知美は首を大きく振って、
「こんな真夜中に外に出たら、モンスターに襲われちゃうよ! 私のいた町よりも、もっとでかくて狂暴なモンスターがいるんだから」
あ、そうだった。すっかり忘れていた。
私は町長に見せてもらった地図を思い出す。
そういえば、前世界の博多駅のあたりに、町があった。博多名物とんこつラーメンとか、300年の時を超えて受け継がれているのだろうか。
できれば、それが食べたい。
「もうちょっと、がまんできるかな」
「だから、トイレじゃないって!」
そう訴える知美の顔は、はちきれそうなくらい真っ赤だったので、私はアクセルペダルを踏む足に力を込めていた。
やがて、トラックのライトに照らされて、道の先に看板が浮き上がった。
それは、明らかに新しく、したがって、後世界のものであるとすぐわかった。
(つづく)
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
明日も午後7時に投稿します。




