34.祭りのあとで
私たちがデスベアーを倒したことは、すぐに町中に知れ渡り、大騒ぎになった。
なにしろ、デスベアーの300年間に渡る支配から解放されたのである。
そして、それを祝う式典と祭りが開催されることになった。
町役場へ行くと、”デスベアーを討伐した町長を称える記念式典”、の垂れ幕が下がり、町長の勝利演説を待ちかねている人たちでごった返していた。
私は間を抜けるようにして、役場に入り、控室に入る。
知美も招待されたけれど、こなかった。だから、私はひとりだった。
きらびやかなドレスにティアラをのせたエリナが、私の方を見た。
まるで、中世ヨーロッパの女王様みたいだ。
私は、鈴子さんが作ってくれたダサいドレスで、精いっぱいおめかししていた。
町長はというと、いつも着用している作業着姿にネクタイという服装だった。
「これが一番、住民に受けがいいんでね。次の選挙のことも考えんと。ゆくゆくはかみの代理人も民主的な選挙で選ぶようにしないとな…って、エリナ、そんな派手な服装だと、住民のいらぬ反感を買うぞ、マリさんの質素な服を見習ったらどうだ!」
エリナはテーブルに肘をついて、つーんとした様子で窓に目をやっていた。
私は、町長の前に立ち、
「演説、がんばってください…」
緊張をほぐそうと会話の糸口を探したが、結局それしか言葉が出てこなかった。
前世界でも、会話は得意ではなく、いわゆるコミュ障だったから、こればかりはいたしかたない。
でも、町長はまかせろ、と笑顔でうなずいてくれた。
「ああ、ありがとう。でも、デスベアーを倒したのは、マリさんなのに、私が演説してもいいのかな」
「いいんです。演説なんて私には無理だし。それに、町長さんが私にくれた精神力のおかげですから」
「えっ? それってどういうこと」
エリナが首をかしげるが、説明するのが大変なので、
「町長さんの訓練と作戦のおかげだよ、それに、見ず知らずの私よりも、町長が倒したっていうほうが、町の人もうれしいだろうから、さ」
私の言葉に町長はありがとうと頭を下げる。
ふと、気配がしたので振り向くと、ジョニーさんがいつの間にか部屋の壁にもたれて立っている。運転手さんをしていた時の姿で。
「運転手は仮の姿なんでしょう。なんで、オークさんに戻らないの?」
私の質問に、ジョニーさんはむっつりとした表情で答える。人間の顔なのに、なんとなくオークに見えるから不思議だ。
「着る服が、ない」
「町長とエリナ様、それから付き添いの方々、そろそろ準備はできましたか?」
町職員が呼びにきたので、私たちは連れ立って部屋を出た。
町役場の屋上から見下ろすと、そこには町の人が全員やってきたんじゃないか、というくらいの人だかりだった。
まるで独裁者になって、広場に集まった人民を見下ろしているような気持ちになる。
私たちはスポットライトで照らされていて、エリナのドレスやティアラはひときわ輝いていた。
町長とエリナが大きく両手をふるのに合わせて、私もおずおずと手を振る。さすが慣れてるな二人とも、と思いながら。
それにつれて、
「町長さん、ありがと~!」
「最高だ、お前ら!」
「マリちゃんかわいい、付き合って~!」
「エリナ~、次期町長選挙はあなたに入れる!」
などと歓声が上がるのが、すこし面白かった。
オークさんは、後方で仏頂面で棒立ちだ。デスベアーを倒した町の英雄なのに、あれでは、まるで付き人にしか見えない。
「これからは、町長として、そしてこの地域の管理者として、みなさんには、平和と自由に満ちた、幸せな生活を提供することを約束します!」
演説の最後に町長が叫ぶと、会場はいよいよ盛り上がり、湧き上がるような歓声に拍手が鳴りやまなかった。
「おつかれさまでした…」
私は控室で、まだ興奮さめやらぬ町長たちの会話を背中に聞きながら、こっそりと部屋た。
そして、町役場を後にした。
大通りは、屋台が出て、にぎやかな音楽が流れていた。
人々は300年間の抑圧から解放されたかのように、 飲み、歌い、踊り、騒いでいた。
私はすこし駆け足になって、大通りを駆け抜けながら、その喧噪を、どこか遠い世界の出来事のように思っていた。
「ただいま…」
家に戻り玄関を開ける。相変わらず、部屋の中は真っ暗だ。
私は右手に屋台で買っておいたタコヤキをぶら下げながら、いつも通り寝室へと向かう。
「知美、お姉ちゃん帰ったよ…」
真っ暗な部屋の中は、窓から大通りの灯りと、祭りの喧噪が漏れ聞こえている。
私は、知美が寝ているベッドに腰かけて、たこ焼きをサイドテーブルに置く。
「夕ご飯、何か食べたの?」
知美は首を振って答えた。いつも通り、何も食べてないらしい。
デスベアーを倒して家に帰ってから1週間、ずっとこの調子だった。
鈴子さんのこと、お母さんのことが、忘れられないのだろう。
「なにか食べないと、倒れちゃうよ」
「いいよ、別に」
「鈴子さんも、心配しているよ、きっと」
私はなぐさめようとその言葉を言ったけれど、それがまた知美の感情を刺激したのか、余計に泣き出してしまった。
布団に顔をうずめた知美の顔から、嗚咽が漏れてくる。
私は、ベッドにそっと腰を下ろして、布団からはみ出していた知美の手を取り、
「そろそろ、行こうよ」
「どこへさ…」
「”かみ”を倒しに、さ」
「お姉ちゃん、本気で”かみ”を倒すつもりなの? デスベアーとはわけが違うんだよ。今度こそ、殺されちゃうよ…。デスベアーもいなくなったことだし、この町でゆっくり暮らそうよ」
知美はベッドから上体を起こした。でも、私は首をふる。
「でも、いつまた”天の裁き”で消去されるかわからない暮らしなんてやだよ。それに…」
私が言いよどんでいると、
「お姉ちゃん、もしかして、元の世界に帰りたいの? それで、”かみ”に会ってなんとかしてもらおうと思ってるの?」
知美にそう指摘されても、いまだ私の心ははっきりしなかった。帰りたいのか、この世界で知美たちと暮らしていきたいのか。
しかしながら、帰る方法を知っておきたいという気持ちはあった。その上で、どうするかを自分の意志で決めたいと思った。
「”かみ”に会って、考えを変えてもらいたいとは思ってるよ。天の裁きなんてものをやめてもらえば、この世界で知美とずっと安心してく暮らせるから。むしろ前の世界よりものんびりしてていいくらいだよ」
私が語りかけるにつれ、知美の瞳にはみるみる涙が溜まってきた。
「平和になったら、知美とゆっくり旅行でも行きたいな。私、海はこりごりだから、山がいいかな」
私は知美に笑顔を見せた。
知美は、私にだきついてきた。
「一緒に、行こうよ」
私がささやくと、知美が泣きながら、うんうんとうなずいているのがわかった。
(続く)
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