33.かみとの対話
一部始終を見ていたエリナは、震えていた。
私の真っ白な服には、点々と血のあとが付いている。
町長の精神を使い果たしたのか、私も急速に力が抜けていき、その場に倒れこんだ。
すると、
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
少し離れたところにいた、知美が心配そうに駆け寄ってきてくれた。
「わ、私はなんとか。でも、町長さんが」
私は町長の方へ顔を向ける。地面の向こうには、エリナに抱きかかえられている町長の姿があった。
知美に肩を借りて、ふらつきながら近寄ると、町長は私に向かって親指を立てた。
「よくがんばった。もう教えることはない…」
町長が生きていてくれたのがうれしくて、私は涙目でうなずく。
「町へもどる」
ジョニーはそう言うと、また運転手のすがたに戻る。
ただ、服はところどころ破れ、帽子はなくなっていた。
「便利な体なんですね」
私がほめると、ジョニーあらため運転手は照れたようにうなずいた。
私はちゃんと殺したかどうか心配になり、デスベアーの死体を見る。
すると、デスベアーの死体が、砂のような小さなチリになり、空気中へと散らばっていくところだった。
「これは、どういうことなんだろう」
となりの運転手姿のジョニーを見るが、わからないと首をかしげる。
ジョニーさんの体が変幻自在なのと、なにか関係があるのかな。
前世界の動物も、厳密にいえば、ひとつひとつの分子がつらなかって体を作っているのだが、こうもいきなり分解されたりはしない。
たくさんの過程と長い時間をかけて、やっと土壌や大気中に分解されるのだった。
「とりあえず、帰ろう。町長の体も心配だし」
洞窟を出ると、土砂降りの雨がすっかりあがって、雲の隙間から陽が差していた。
そして、私の心に、何者かの声が聞こえてきた。
びっくりして、知美を振り返ると、同じようにびっくりした顔をしている。
──デスベアーを仕留めし者よ、あなたにこの地域のかみの代理人になる権利を与えよう。
私は、空を見た。散らばり始めた雲の合間から、光が下りてきて、青空が広がっている。
仕留めた者、というのは、私のことだろう。
私は、空の向こうを見つめて、
「あなたは誰ですか?」
──私は”かみ”だ。この世界とバシレイアを見守っている。
本当かどうかは、疑うことはなかった。
頭の中から聞こえてくるその声は、声の主が絶対的な存在であることが間違いないことを告げていた。
「もし、私は嫌ですと言ったら、どうなるんですか?」
──”かみ”である私が選んだ者が、次の代理人となる。
それは、めんどくさいなと思った。またデスベアーのような悪者を選ばれたらたまったものじゃない。
「なら、誰かに権利を譲渡できますか?」
──あなたが望むならば、可能だ。
「なら、あの人に」
私はエリナに肩を借りてやっと立っていた町長を指名した。
──雪代 司、お前はこの地域のかみの代理人になることを望むか?
町長は戸惑った表情で、
「デスベアーを倒したのは、マリさんだ。ここはマリさんがなるべきだろう」
町長にも最初から声は聞こえていたのだろう。話の流れは理解しているようだ。
私は町長を説得することにした。
「私はこれからバシレイアにいって、”かみ”を倒さなくちゃならない。そう町長さんは言った。だから、この地域の代理人なんてやってる暇はないの」
“かみ“の面前で、“かみ“を倒すと言っても、“かみ“は何も言わなかった。自分が倒されるはずはないという余裕の態度ということだろうか。考えていることが、まったくわからない。
「しかし…」
町長はまだ辞退しようとしている。
「町長さんなら、きっとこの地域も平和になると思います。町のみんなもきっとそれを望んでると思うから。だから、私からもお願い。”かみ”を倒すまでの、ちょっとの間でいいから」
私が懇願すると、町長はため息をついて、仕方ないな、とつぶやいて、この地域の代理人を引き受けてくれた。
──では、雪代 司よ、そなたをこの地域のかみの代理人として認めよう”
せっかくなので、私は”かみ”に気になっていたことを聞いてみる。
「鈴子さんを”天の裁き”で消し去ったのは、どうしてですか。鈴子さんは何も悪いことをしていないのに…」
──あなたが知る必要はない。
冷たい返事が返ってきたので、質問を変えた。
「私は300年前からきました。私は元の世界に帰ることができますか?」
──それは、私にはわからない。
「あ、あと、地域の代理人と同じように、もし”かみ”であるあなたを倒せたら、私が”かみ”になるんですか?」
すこし、時間があった。そして、軽くあしらうような声が聞こえた。
“かみ“にも感情があるのかな。
──……そうだ。私を倒すことができればな。では…。
かみの声は、男性とも女性ともわからなかった。性別なんてものは、ないのかもしれない。
「ちょっと待ってください! まだいっぱい聞きたいことが…」
私は空に向かって叫んだが、もうそこに、”かみ”の気配はなくなっていた。
かみの代理人になって、なにか体に変化がなかったのかと心配になって、町長さんに聞いてみる。
「なんか、変わったところはない?」
町長は首をふって、
「体もなんともないし、なんだろうな。肩書だけか、変わったのは」
とわらう。
そして、私は知美に肩を借りながら、車のところまで戻っていく。
気が付けば、山の向こうに真っ赤な夕日が沈みかけていた。
(続く)
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