32.さよなら、デスベアー
「う、運転手さん…? どこから来たの?」
光が収まってくると、デスベアーがじろりと町長をにらむ。
めんどくさいことをしやがって、という顔に見える。
そして、すぐさま右手を引いて、攻撃態勢に入った。
「あ、あぶない!」
私が叫んだ次の瞬間、運転手のスーツの背中がビリビリとさけて、中から毛だらけ背中が姿を現した。
そして、腕も、足も丸太のように太くなり、体全体が膨らむように大きくなる。
運転手は、デスベアーの爪の一撃を体全体で受け止めた。
後ろ足は地面にめり込み、周囲には衝撃音が響いた。
私は、その後ろ姿に見覚えがあった。
運転手は、その顔だけを私に向けて、
「お前、少し休め。これは、命令だ」
その言葉で、私は思い出していた。
「あ、畑作業の監視役の…、オークさん」
「ジョニーだ」
ジョニーは寡黙に必要なことだけ言うと、デスベアーに向き直り、がっぷり4つに組んだ。
二人の会話を、私の耳が拾った。
「お前は、俺たちと同じ”かみ”の使いだというのに、どうして俺のじゃまをする」
「…獣になり下がったお前に言うことはない」
「獣は人間どもだー!」
デスベアーの右手がジョニーの肩に激しくたたきつけられた。何度も攻撃を耐えるが、デスベアーの方が一回り大きいので、じりじりと後退していく。
このままではすぐに倒れてしまうだろう。
「ど、どうしよう…」
私はおろおろして、町長を振り返る。みると、町長が私に向かって手招きをしていた。
「まだ、【時間圧縮】は使えるか?」
言われて、私は視界の左上の、赤い棒を確認する。16%。これが何秒分かわからないけれど。
「たぶん、あと少しなら」
「ならば、私の目を見てくれ」
「えっ、町長、まさか…」
私は、町長のやろうとしていることに気が付いて、すこしあとずさりする。
「マリさんに、私の精神力をすべてもらってほしい。そして、【時間圧縮】を使い、それをありったけの力を込めて、デスベアーにぶつけてほしい」
「でもそうすると、町長さんは…? エリナさんは、いいって言ったの?」
「許可を取っている時間はない。第一、デスベアーを倒せなければ、どのみち私たちは全員奴に殺される。わしの目算が甘かったばかりにこんなことになってしまった。責任を取らせてほしい」
「死ぬのは、責任を取ったことになりません! 責任は、生きて、取るものだと思います。町のために…、これからも…」
私は泣きながら言う。
「ふふ、その通りだな。わかった。ほんの少しだけ、わしの体に精神力を残しておいてくれ、それならいいな」
試したことがないので、本当はそれも危ないのでしたくはない。
でも今は、それしか方法がないことはわかっていた。
私は涙目でうなずく。
そして、町長の肩を取り、じっと目を見る。
ふと、視界が赤く染まるのがわかった。町長には、私の目が赤く光ってみえているに違いない。
でも、町長は目をそらさない。
「さよなら、マリさん、エリナをたのむ…」
「へんなこと言わないで、集中できないよ!」
私はできるだけ、慎重に町長からその精神力を自分に移動させる。どうやるのかは、マリの体が覚えていた。
やがて、町長の目はゆっくりと閉じられて、私の手のなかで、ぐったりとなったので、そっと地面によこたえた。
エリナはそんな町長を心配そうに見つめている。
「なにをしたの…?」
説明している時間がなかったので、私はエリナにちょっとだけうなずいて、ジョニーを叩きのめしたばかりのデスベアーの元へ歩いていく。
「やっとくたばりやがったか…」
奴の目が赤く光る。足元には、ジョニーが血まみれで倒れていた。
──ありがとうジョニーさん。おかげで、時間が稼げました。……デスベアー、許さない。
ふと視界の左上を見ると、%表示が、99999%になっている。めちゃくちゃな値だ。
体中が熱くなっていた。私はソウルセーバーを投げ捨てた。
こんなものいらなかった。
私は震える知美から、かさを受け取った。
──鈴子さん、力をかしてください。
そして、デスベアーに向けて歩み寄っていく。
私の様子を見て、デスベアーもやばいと思ったのか、ジョニーにとどめを指す前に、私に牙を向けてくる。
すぐさま、【時間圧縮】を発動させる。それでも、デスベアーの動きは少し遅くなっただけだ。
しかし、町長の精神を吸い取った私の速度は、その時さらに加速していた。
デスベアーの足が、私に向かおうと地面を離れる前に、私はデスベアーの下にもぐりこみ、そしてお腹に、鈴子さんのかさを突き刺した。
デスベアーのうめき声が頭上でこだまする。それは、周囲の壁に反響して洞窟内にこだましていた。
かさはデスベアーの体にずっぽりとめり込み、お腹を貫通していた。
かさは、私の精神力をまとっているからか、とても丈夫になっており、威力も増していた。もはや剣といってもいいくらいの切れ味だ。
そして、血まみれになったかさ、を引き抜くと、デスベアーのお腹に空いた穴の向こうには、洞窟の壁が見えていた。
「ぐおおおおおお!」
デスベアーの苦しみの咆哮が、今の私には心地よく聞こえる。誰かを罰したいという私の正義感を満たしていく。
続いて、かさでデスベアーの右足を薙ぎ払う。足払いのつもりだったが、デスベアーの足が切断されて、どこかへ飛んで行った。
「あら、ごめんなさい」
私は片方の手で口元を抑えて、ふふっと笑った。
「ぎええええええ!」
相変わらず醜い雄たけびを上げながら、デスベアーは地面に倒れこむ。
すると、命乞いを始めた。私は倒れているデスベアーの頭の方へゆっくりと歩いていく。もう【時間圧縮】を使う必要はないだろう。
「お、俺は神の使いなんだ。そうだ。お前の家来になる。だから、殺さないで…、な、な」
そう懇願するデスベアーを、私はバカを見るような目で見ていた。
突然、私の目の前からデスベアーは姿を消した。
私が振り返ると、エリナを後ろから抱きかかえて、鋭い爪を首に当て、こちらに向かってなにやら叫んでいた。
「一歩でもうごいたらこいつを殺…」
私はバカじゃんこの熊、と首を振った。もうどうにもならない。
そして、【時間圧縮】を発動させ、エリナにしがみついているデスベアーの顔面を拳で殴りつけた。
デスベアーは後ろに吹っ飛び、洞窟の壁にめり込んでいる。
「俺を殺しても、俺という重しを失った人間どもが増長して、また争いが始まるぜ。せっかく俺が悪者を演じてやってるのによぉ…」
デスベアーは苦しそうにうめく。そして、叫び続けた。
「人間を殺してぇ~、もっとたくさん殺してえんだよ!」
「あなたを苦しみから解放してあげる」
私は、よつんばいのデスベアーの頭上に、かさの持ち手の部分を振り下ろした。
そして、頭はトマトみたいにぐちゃっとつぶれて、血まみれの脳が周囲にとびちった。
私の顔と服は、デスベアーの返り血を浴びて赤くそまっていた。
「さよなら、デスベアーさん」
静けさを取り戻した洞窟の中で、私のつぶやきだけが、ひびいていた。
(続く)
こんばんわ。ブックマークをいただいて、ありがとうございます。とてもうれしいです。
明日も午後7時に投稿予定です。




