29.地下室
「隣で一緒に寝かせてあげる」
私が布団を床に敷いていると、エリナがベッドの上から声をかけてきた。
二人ともすでに、パジャマ姿になっている。
「え、でも…、はずかしいです…」
エリナみたいなきれいな女性と添い寝すると、ドキドキして眠れないだろう。
明日はデスベアーとの死闘が待っているのだ。寝不足で臨むわけにはいかなかった。
「それに、いいんですか? 中身はエッチな37歳のおっさんですよ? おっぱいをわしずかみにされる覚悟はありますか?」
「いいから、これは命令! 早く来なさい」
と、ベッドをポンポンとたたく。
私は仕方なく、部屋の電気を消すと、枕を胸に抱いて、エリナのベッドに歩みよっていき、隣に体を滑り込ませた。
ベッドの中は、エリナの体温でぽかぽかだ。
「アンドロイドも温かいんだね」
エリナは私の体に手を回して、感心したようにつぶやいた。
スパイ活動や潜入捜査のため、機械だとばれないように、そうなっているのだろうか。
「お母さん…」
ふとエリナを見ると、閉じた瞳から涙が一滴落ちていく。
それをみていると、前世界で37歳だった私の両親が二人とも健在だったのは、とても恵まれていたと思えてくる。
何もしてあげられないのがもどかしくて、私はそっと自分のパジャマの袖口を、エリナの頬に押し当てた。
1週間ぶりに地下室から外へ出ると、ものすごい風雨だった。
もう午後1時だというのに、空は真っ暗で、雨が激しく入口の自動ドアに打ち付けていた。
窓も風でときおりガタガタと音を立てている。
私たちは、町役場のロビーで、デスベアーのところまで送ってくれる馬車を待っていた。
今日は閉庁日なので、ロビーは静かで、私たちしかいない。
私のこの体は雨に当たっても大丈夫なのかな。あ、お風呂に入っているからだいじょうぶだな。
ふと、エリナを見ると、ロビーの椅子に腰かけて、両手をあわせて神様に祈りをささげていた。
「さて、雨が降っていて億劫だが、そろそろ熊狩りに出かけるとしよう」
町長はことさらに軽い調子で、私たちを振り返った。
町役場をの入り口にやってきたのは、馬車ではなくて、私が前世界で見慣れた自動車だった。目の前にやってきても、エンジンの音がしないので、電気自動車のようだ。
「馬車じゃないんですね」
私が町長の方を見ると、
「そうだ。マリさんの生きていた前世界では、たいして珍しいものでもないだろう」
とにやりとして私に言った。
白色のバンで、車内はひろびろとしており、座席は革張りで座り心地は良さそうだった。
そういえば、車のエンブレムは、某高級ブランドのマークだった気がする。
私たちは、雨風から逃げるように、あわてて車に乗り込んだ。
「じゃ、よろしく頼む」
町長は職員らしき運転手に後部座席から声をかけると、運転手は車を動かし始めた。
私は助手席に、町長とエリナは後部座席にすわっている。
車は、前世界のものと同じに見え、私にも運転できそうだった。
「あ、ちょっと、ここで止めてください」
車が家の前までやってきたので、私はあわてて運転手に言う。
窓の外をみた町長は理由を察したようで、
「時間に余裕があるし、いいだろう」
私は後部座席に町長にうなずいてから、車を出る。
「知美、お姉ちゃんだよ、開けて」
ドアをたたくが、返事がない。雨風の音で聞こえないのだろうか。
私は持っていた鍵でドアを開ける。
時々町の職員が様子を見てくれていたおかげか、部屋もキッチンも、それほど汚れてはいなかった。
昨日の食器が、キッチンに放り込まれている。
「知美~、どこ~?」
私の間の抜けたような声が、雨音とともに家中に響き渡る。この風雨のなかどこかへ出かけたのだろうか。
「…お姉ちゃん」
どこからか知美の声がする。私は耳を最大限に済ませて、その発生源を探る。
そして、床の下から声が聞こえてくる。
床板をめくると、地下室へ続く階段がある。ここは、ひんやりしているので食料貯蔵庫として使っている。
真っ暗な石の階段を下りていくと、毛布にくるまって震えている知美の姿があった。周辺には、カップラーメンやペットボトル、空の弁当の容器が散らばっていた。
どこかでみたような、懐かしい景色とおもったら、私が引きこもっていた部屋の中と同じだった。
私はすぐさま知美の側に歩み寄る。
「知美、どうしたの、こんなところで…」
「だって、お母さんが天の裁きでいなくなっちゃった。次はきっと私なんだ!」
「だから、こんな地下室に避難しているの?」
私が聞くと、知美は泣きながらうなずいた。母親が突然いなくなったという悲しみと、自分もいつ裁かれるかという恐怖で、頭がごっちゃになっているのだろう。
目の前で母親を殺す。そんな残酷なことは、本当の神さまならきっとしない。やっぱり、”かみ”は頭がおかしいんだ。
「お、お姉ちゃんは、どこにも行かないよね!」
知美は立ち上がると、私に抱き着いてきた。肩口が、知美の涙で次第に濡れてくる。
でも、デスベアーは必ず仕留めなければならない。外で、町長たちが待っている。
「ごめんね。今日の夕飯までには帰ってくるから。だから、お留守番しててね」
「お姉ちゃん、行かないで!」
私は呼び止める知美の声に振り返ると、追ってきた知美が抱き着いてきた。
「私も一緒に行く…」
私は知美の頭を優しく撫でた。
「でも、生きて帰れないかもしれないよ、それでもいいの?」
私の言葉に、知美はこっくりとうなずいた。
私は、玄関を出るときに、ふと外が雨なのを思い出して、一本のかさを手にとった。
それは、鈴子さんが使っていた。大きな水色のパステルのかさだった。
「うわぁ、すごい雨だね」
知美は手で額にひさしを作っていた。
「ほら、車まで濡れちゃうから、はいって」
私は知美の背中に手を当てて、かさの下にみちびいた。そして、二人で車まで歩いて言った。
(つづく)
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