28.デスベアー討伐の壮行会
町長は、壁に埋もれている私を見下して、ニヤリとした。
「はあ…、壊すの、楽しい…」
町長はにやつきながら、不気味にうめいて、剣を振り下ろす。
私の体は、無意識のうちにその軌跡をとらえて、動いていた。
そして、目と鼻の先で、その剣を自分のそれで受け止めた。
今まで通りであれば、この一撃で壊されていただろう。
【時間圧縮】を使わずに、きちがい…、機械化町長の剣を受け止められたんだ。
──た、助かった…
まだ、動きは全然目で追えないけれど。でも、もう十分。すこしは成長したから。
でも、荒ぶる町長は止まらない。
私の顔面を切り付けようと、剣に力を込めてくる。
──このままだと、壊されちゃう
手がしびれてきて、そろそろ限界だと思ったとき、不意に町長は動きを止めて、私に向かって倒れこんだ。
「バッテリーが切れました。バッテリーを充電してください…」
バトルスーツからの警告音が、ホールに響き渡り、私は、町長を抱きかかえながら、ホッと胸をなでおろした。
「いやぁ~、悪かったよ、あの薬の副作用はどうもいかんな」
夕食の時に、町長はビールを飲みながら、私にあやまってきた。私は、気にしないでください…、と首を振り返す。
今夜は明日のデスベアー討伐の壮行会で、テーブルには、豪華な料理が並んでいた。
本当なら、明日討伐を済ませてからの祝宴会がいいのだが、生きてかえることのできる保証はないのでこうなった。
「これは、町長のポケットマネーですか?」
「うん? マリさんは相変わらず細かいな。300年前の市民オンブズマンの方ですか? 情報開示請求と不服審査請求の受付は2階ですよ」
といって町長は笑う。
「いえ、そんなわけじゃなく、…むしろ町の予算の方が、遠慮なく食べられると思って…」
「気にするな。マリさんには、命を懸けてもらうんだ。そう考えると、むしろまったく釣り合わない」
エリナを見ると、遠慮なくワインを飲んだり、テリーヌを食べたりして楽しそうにしている。
私も目の前のワイングラスをそっと口に傾けた。
少し頭がふんわりして、気持ちよくなる。明日デスベアーに対峙するという不安や緊張もすこしは忘れられた。
それは、町長もエリナも同じらしく、おかげで夕食は、砂漠の中のオアシスのようなひとときの安らぎの時間になった。
「それじゃ、明日は昼過ぎに出発だ。だからと言って、夜更かしをしてはだめだ。奴との対決には、万全のコンディションで臨みたい。特にエリナ。早く寝るんだぞ」
町長の説教に、私はこっくりとうなずいたけど、エリナはそっぽをむいて、はーいといった。
「心配するな、わしが二人を守る」
そういい残して、町長は管理室を出て行った。
パタンとドアが閉まり、部屋の中には、私とエリナが取り残された。
「わ、私も出ていくね…」
私の正体が、37歳の無職のおっさんだと知られた以上、エリナと一緒の部屋で夜を過ごすわけにはいかない。
ドアノブに手をかけると、後ろからつぶやくような声がした。
「さ、さみしいから、行かないで…」
私は振り返ると、深刻な表情をしたエリナと目があった。
「やっぱり、怖いの…、デスベアーに引き裂かれる自分を想うと…ひとりじゃ、眠れない」
「そんなこと…」
私がなんとかしてあげる、と言った方がいいけれど、デスベアーを100%仕留められる自信がない。
それでも、
「私がなんとかしてあげる」
私はエリナに近づくと、そっと彼女にほほえんでみた。今だけは、マリア様になったつもりで。
「ねえ、ちゃんといるー?」
浴室の中から、エリナの声が響いてくる。
「はい、はい、いますよー」
私が脱衣場から返事をすると、エリナは安心したのか、シャワーを浴び始めた。
脱衣カゴには、エリナの洋服や下着が放り込まれている。
もう私は同性の女の子としてしか見られていないのだろうか。
「マリは、アンドロイドなんだよね」
浴室の中から、エリナの声が聞こえてきた。よく通る、きれいな声だった。
「この体はそうですが、意識は人間です」
対して私の声は、丸みがあってかわいい声だ。大人と子供が話しているように聞こえる。
「アンドロイドは、人間の言うことはなんでも聞くって習ったけど、本当?」
私は、人間としての立場で答える。
「はい、そうです。その人に危害を及ぼすようなことでない限り」
「なら、私と一緒にお風呂に入ってくれる?」
「えっ…、いいんですか? 私は、中身おっさん…」
「これは、命令」
エリナのきっぱりとした声につられるようにして、私は遠慮がちに浴室のドアを開ける。
市民の避難所も兼ねているこの管理室の浴室は、ちょっとした銭湯ほどの大きさがある。
シャワーと蛇口が鏡がならんだ列の、反対側に浴槽があり、こちらを見つめているエリナと目があった。
「ちょっと、何で服を着たままなの?」
私を見たエリナは不満そうにこっちをにらみつける。
「あ、そうでした…」
私はわざとらしくお辞儀をして、脱衣場で制服や下着を脱ぎ捨てる。
一糸まとわない姿になった私が、脱衣場の鏡に映っている。気のせいか、顔はほんのり赤く染まっている。
やっぱり、恥ずかしい。
私は、頭にタオルを巻いて、浴室に入る。女の子になってから、覚えた習慣だ。
エリナに手招きされて、片手で胸を隠しながら、そっとお湯に片足を差し入れる。
「マリは、きれいな体をしてるね。真っ白で、シミやしわもなくって、うらやましいな」
「そんな…、私は作りものから、当たり前ですよ…」
エリナは近づいてきて、私の頬に手を触れてくる。
「わっ…、ちょっと、近い…」
私は顔を真っ赤にして、戸惑ってしまう。
「あら、マリったら、かわいい」
そういうエリナの顔も、古代の彫刻像のようにととのっていて、すべらかだ。
「エリナさんだって、私よりずっときれいですよ」
私は、恥ずかしいのと、少しエッチな気持ちになってしまっているのを、ごまかすようにわらった。
揺らめく水面の向こうに、エリナの体が揺れていた。自分より大きく膨らんだ胸や、すらりとした足が見て取れた。
「ごめんね、一人だと、なんだか心細くて…」
エリナにみとれていると、エリナは私に体を寄り添わせた。
私も、同じようにして、そっと首をエリナの方へ傾けた。
そうしていると、ふんわりと、エリナの体からいい香りが漂ってきた。
私なその香りに身をまかせて、今だけは、明日への不安を忘れようと思った。
(つづく)
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明日も午後7時に投稿予定です。




