23.エリナ様との夕食会
ドアを開けると、そこには、台車に豪華そうな料理をのせた町職員が立っていた。
「こんばんわ。町長の指示で、エリナ様のお食事を運びました。こちらでよろしいでしょうか」
「あ、はい…」
背広姿の職員がそういうのを聞いて、思わず気が抜けてしまい、私はあいまいに返事をした。
「それでは、失礼します」
ドアが閉まるのと同時に、パジャマに着替えたエリナが後ろから声をかけてきた。
「あ、きたきた」
と嬉しそうにテーブルに腰かける。そして、私の方をみてにこにこして、
「じゃ、お願い」
「えっ、何をですか?」
「だから、フランス料理のコースなんだから、順番にここに持ってきてよ」
「これは、エリナさんが注文したんですか?」
「そうだよ、パパがなんでも食べていいっていうから。昨日は食欲なかったけど、少し元気になったみたい」
それで、フランス料理のフルコースなんだ。
私は台車を見ると、スープや前菜、魚料理に、メインの肉料理、それからデザートが一式台車に積まれている。それから、氷漬けになったワインボトルも入っていた。
「料理を運んできてくれたら、お礼にワインも飲ませてあげる」
お酒は好きだったので、エリナの提案にのることにした。
職員が気を利かせたのか、ワイングラスも2つあったし。
デザートを食べ終えたころには、エリナはもうだいぶ酔っていた。
一緒に飲んでいた私も、ほどほどに顔を赤くしていた。
制服姿で飲んでいると、法律違反をしているような、うしろめたさがある。汗をかかず、汚れないので、なんとなく着替えるタイミングがなかった。
エリナはよれよれのパジャマの袖をテーブルについていた。
「まだ、名前を聞いてなかったね。私のことはもう知っていると思うけど、町長の娘で、エリナっていうんだ」
「私は…、マリです」
「マリって呼んでいい? 私のことも、呼び捨てでいいからね」
エリナはにこっとして言うので、私はこっくりとうなずいた。
「それにしても、今回のことありがとう。感謝してる」
「今回のこと…って?」
「えっ、デスベアーの生贄役を代わってくれたことだよ」
あ、そういうことになっていたんだっけ。
「いえいえ、どういたしまして」
私が何の気なしに、笑顔で返事をするものだから、エリナはきょとんとした。
「…マリは、死ぬのが怖くないの?」
それは怖いが、一度海に落ちて死んだようなものだ。
それに、ただ殺されるわけじゃない。だから、こうして町長に訓練してもらっているんだ。
「知美さんには話をしてあるの?」
エリナの問いかけに、私は無言で首を振る。有無をいわさず連れてこられたので、伝えるタイミングがなかった。
たとえ、あったとしても、きっと泣いちゃうだろうから、言わない。
鈴子さんがいなくなって、ひとりぼっちになった今なら、なおさらだ。
それに、言う必要はない。だって、私はきっとデスベアーを仕留めて、知美のとこに帰るのだから。
私が考え込んでいたのを悲しんでいると勘違いしたのかどうか、エリナは話題を変えた。
「ところで、マリは、本当に、知美のお姉さんなの? だって、私さ、知美のこと小学生の頃から一緒だけど、お姉さんなんていなかったみたいだけど…」
「事情があって、離れて暮らしていたの」
私は適当にごまかした。
エリナはふーんと鼻を鳴らした。完全には納得していない様子だ。
「まあいいや、でも、話し相手がいるっていいね。昨日はさみしくて死にそうだった」
女性は会話が大好きだ。私はそんな女性の特性をうらやましく思っていた。
「ねえ、さっきから聞いてばかりいるけど、なんか私に聞きたいことないの?」
エリナが私にも話すように促した。自分ばかり話していて悪いと思ったのだろうか。意外に、気遣いのできる人なのかもしれない。
「うーん、それじゃあ、エリナはどうしてそこまでしてバシレイアに行きたいの? この町での暮らしも、そんなに悪くないと思うんだけど」
私の質問に、エリナしばらく押し黙ると、持っていたワイングラスを一気にあおって、顔をしかめた。
あれ、私ったら、なにかまずいこと聞いちゃったかな。
「…ママが、”バシレイア”にいるの。それで、また会いたくて」
「えっ、ならエリナは”バシレイア”の住人じゃないの? どうして地上に降りてきたの?」
「パパが…、”かみ”に逆らったんだって。天の裁きをやめて、”バシレイア”を地上へ下ろして、地上の人たちとともに生きようと。でも、それが、”かみ”の怒りを買い、”バシレイア”を追放されたって、パパは言ってた」
「エリナは、どうして”バシレイア”に残らなかったの? お母さんは残ったんでしょう」
「私は小さかったから、よく覚えていないの。パパが、”バシレイア”の閉じた世界よりも、ずっと自由な地上の世界を見せたくて、一緒に連れてきたのかもしれない」
そうつぶやくエリナの瞳は、どこか迷いがあるように見えた。
翌朝8時きっかりに町長はやってきた。
私はパンとコーヒーとサラダの簡単な朝食を済ませて、ホールの真ん中で正座をして町長を待っていた。
その姿をみて、町長はおかしそうに笑った。剣道場みたいだな、と。
「エリナは、どうしてる?」
「まだ寝ています。でも、昨日は元気に豪華フランス料理のフルコースを食べていました」
「はは、何でも食べていいとは言ったが、相変わらず遠慮を知らんな、さあ、始めようか」
町長は腰からソウルセーバーを取り出して構える。両手とも、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
それから、時間を忘れて、私と町長は剣を交えあった。
そして、3日が経過したころには、私は町長を完全に上回っていたと思った。
私があいかわらず町長の剣をはじいていると、町長は剣を収めて、私と向き合った。
「マリさん、君の瞳の動きをみていればわかる。もう、いつでも、私を殺れるんだろう。私に遠慮する必要はない。正直に言ってくれ。でないと次の段階へ進めない」
図星だった。3日の訓練で、すでに私の目には、町長の動きはスローモーションにしか見えなくなっていたのだった。
でも、なんとなく言い出すきっかけがなくて、だまっていたのだった。
「はい、本当は昨日の夕方くらいには、もう完全に見切っていました」
それを聞いて町長はうんうんをうなずく。まるで、弟子の成長を喜んでいる師匠のような面持ちだ。
「なら、私もそろそろ本気を出すことにしよう」
町長の目がぎらりと光った。
(つづく)
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