22.町長の特訓とエリナのお風呂
寝ているエリナを起こさないように注意しながら、私は管理室にあった神の箱(=パソコン)から、世界のありとあらゆる剣術と武術をインストールしてもらった。
ダンスの時と一緒で、インストールしたら即達人というわけではなく、訓練が必要だ。
「これで技術はわたし以上になった。あとは、マリさん自身の心構えだ」
町長は画面のインストール結果に満足げである。
それから、夕方まで、私と町長は戦い続けた。
デスベアーとの対決まで、あと一週間しかない。
基本訓練はすっとばして、ひたすら町長と剣を交え続ける実戦訓練を続ける。
まだ町長の剣を受けるだけで精一杯だ。しかし、町長は感心したようにつぶやく。
「わたしの剣を、たった1日で見切るとは、やはりすごいな…、殺す気で打ち込んでるんだがな、くくっ、わたしの50年が、マリさんにとっては1日か。なんだか人間って悲しいな」
と自嘲ぎみに笑った。
私は町長から繰り出される剣を数えきれないほど受け止めながら、その動きを瞳で取られて、インストールした知識と結び付けて、より高い技術へと昇華させていった。
夕方になって、町長は肩で息をしながら、床に手をついた。光を失った町長のソウルセーバーが床にごろんと転がる。その手は豆がつぶれて血だらけになっていた。
額から汗が床にしたたって、湖を作っている。
一方の私は、汗ひとつかいておらず、呼吸も平常どおりで涼しい顔だ。私のソウルセーバーは、まだ光の剣を形作っている。
「よ、よし今日はこれぐらいにしよう。マリさんもゆっくり休みなさい」
私は休まなくてもよかったが、町長が見るからに限界だったので、こっくりとうなずいた。
「悪いが、地下室を出ることは許可できない。しかし、できるだけ不自由のないようにする。夕食も、希望のものを用意させよう。入用な日用品があったら、遠慮なくいってくれ」
「それは、町の予算ですか?」
「はは、もちろんわたしのポケットマネーだよ、心配するな。固いな君も」
私は、町の不正を正す意味で聞いたのではなく、町長の財布を心配したのだけど、町長は勘違いしたようだ。
町長のポケットマネーということで、すこし気がひけるが、私はせっかくなので、特大のステーキをお願いした。
今日はよく動いたので、エネルギーをよく消耗している。お腹がすいていたのだった。
「はは、若いっていいな。ステーキなんて、聞いただけで胸が焼けそうだ」
ほどなくして、町職員がステーキや飲み物などを運んできてくれる。
エリナを起こさないよう、ホールにテーブルとパイプ椅子を置いて、食べることにした。
町長は山盛りの御飯に、みそ汁と、ちょっとした付け合わせだけだった。
「パパ~、お腹すいた」
管理室から、エリナがパジャマ姿のまま出てきた。
寝ぼけ眼をこすっていたが、私を発見して、
「あっ、あなた昨日の知美の友達、どうしてこんなところにいるの?」
私はちょうど口に肉をほおばるところで、どう答えてよいかわからず、かたまってしまう。
思わず、町長の方を見た。
「もしかして、私の代わりにデスベアーの生贄になってくれるひとを、パパが探してくれたの?」
エリナは勝手に解釈すると、パパである町長にとびついた。
「ありがとう、パパ! やっぱり自分の娘が一番だよね!」
「…まあ、そんなところだ」
説明するのが大変なのだろう。町長はあいまいに笑いながら、エリナの肩をポンとたたいた。
エリナを助けるために、私と町長がデスベアーとエリナの間に割って入るのだ。
結果的には、生贄の交代ともいえるだろう。
しかし、デスベアーを仕留めることができなければ、エリナはおろか、怒り狂ったデスベアーによって、町の住人までもが蹂躙されてしまうだろう。
例によって、バシレイアは黙認に違いない。
だから、やる以上は絶対にデスベアーを仕留めなければならないのだ。
途中退場は許されない。
デスベアーを仕留めるか、全員殺されるか、どちらかしか結末はないのだ。
町長の、じっとテーブルと見つめる静かな瞳に、私は彼の覚悟を感じ取っていた。
食事を終えると、町長は管理室にある浴室で軽くシャワーを浴びると、いつものスーツ姿で私の前に戻ってきた。
「これから仕事なんでね。訓練は、また明日の8時からだ。ゆっくり休んでおきなさい」
「ブラック公務員だね~、おつかれさん」
私の隣に座っていたエリナは、他人事のようにつぶやく。
日中は私の訓練を付けて、それが終わった夕方からは、日常業務をこなすのだろう。たいへんだ。
私は夜から朝にかけての訓練でもよかったが、それでは町長が夜眠れないので、同じことだ。
午前様になったとしても、今の形態の方がまだ、町長への負担が少ないように思えた。
「あまり、無理しないでください…」
私はそういったが、手伝えないのに言葉だけで、無責任にも思えて、声が小さくなる。
でも、町長はうれしそうに手を振ってくれた。
「ありがとう」
そして、ホールの出口を出て行った。
私は、エリナと二人きりで、夜を過ごすことになった。
エリナがお風呂に入っている間、私は浴室の入り口に立っていた。
こんな地下室で、一人でお風呂に入るのが怖いのだという。まあ、わからなくもない。
昨日はひとりぼっちで怖かったので、お風呂に入らなかったらしい。
「ちょっとー、いるー?」
エリナの声がする。
「はい、はい、いますよー」
私が返事を返すと、また安心したように、シャワーの音が響く。
脱衣カゴには、エリナが脱ぎ捨てた下着類が放り込まれている。
しばらくして、不意に浴室のドアが開くと、素っ裸のエリナが私の前に姿を現した。
完璧なプロポーションのその体は、まるで女神の彫像みたいで、私はしばらく見とれていた。
「ちょっと、何人の体をじろじろ見てるの? あたしって、そんなにきれい?」
エリナは誇示するように胸を張りだしたので、私はそっと目をそらす。
「えっと…、ごめんなさい」
そして、浴室の外で出ると、ドアがノックされているのに気が付いた。
誰だろう。こんな時間に。町長はもう朝まで戻らないと言っていた。
開けるかどうか、迷っている間、一定の間隔でノックは続く。
まさかデスベアーが紳士にノックしたりはしないだろう。奴ならドアを突き破ってくるはずだ。
でも、デスベアーの部下だったら、どうしよう。
私はテーブルのソウルセーバーを手にとって、それを背中に隠して、ゆっくりとドアを開けた。
(つづく)
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