21.マリア様ではないけれど
「マリア様伝説って、どういうおとぎ話なんですか?」
「我々人間の間に、300年前から語り継がれている物語さ。いつか、おかしな服と格好をした女の子が現れて、天の国バシレイアを地面にたたき落として、世界を解放し自由をもたらすだろう…、まあ簡潔にまとめると、このような物語だ」
「それと、私がなにか関係があるのですか?」
「君が、マリア様かもしれない、ということだ」
私は首を振って否定した。だって、そんな立派な人間ではないから。
「私は、マリア様ではありません。だって、本人が言っているから、間違いないです」
「伝説によると、マリア様は最初は記憶を失っていらっしゃるらしい。だから、君を目覚めさせる必要があるんだ。実を言うと、夜道であったキングコングも、わたしがけしかけたものなんだ。マリア様を目覚めさせるために」
「えっ、そんなの、ひどい…」
私は半泣きになって町長に訴えるけれども、町長は気にしている様子はなかった。
「しかし、それでもマリア様は目覚めなかった。だからこうして私が直々に訓練をつけることにした」
当たり前だ。私はマリア様なんかじゃない。
「さあ無駄話はこれくらいにして、始めよう。今は一秒だって惜しい」
町長がソウルセーバーを私に向けて構えなおす。私はそれをみて、おずおずと自分も同じように構えてみるが、あいかわらず腰がひけて、まったく戦う気がないのが相手にまるわかりだった。
「いくぞ…、ん?」
町長は、私の肩越しに後ろを見る。
つられて私も振り返ると、町役場の職員が町長に向かって、手を振っていた。
「ちょっと、仕事が入ったみたいだ。日常業務の決裁もあるからな。戻るまで、休んでいなさい」
休めと言われても、このだだっ広いだけで、なにもない部屋で何をするのかと思いながら、床に手足を広げて寝そべった。
地下のこの広い空間は、住民のための避難所だろうか。前方にはステージがあり、両脇にはスピーカーもついている。
ふと、部屋の隅に、はいってきた入口とは別の小さな片開のドアがあるのを発見した。
私は暇を持て余していたので、探検することにする。
逃げようにも、エレベータは町長にしか動かせない。実質的に、この地下室に閉じ込められた格好だ。
ドアは簡単に開いた。中は管理室みたいで、学校の教室の半分ほどの空間に、たくさんのモニターが並んでいる。
卓上にはボタンやつまみがたくさんついた操作パネルがならんでいる。
モニターはついていなかった。平常時は必要ないのだろう。
中央のテーブルを見ると、大手ハンバーガーチェーンの包み紙と空っぽになった紙コップが散乱している。
そして、ロッカーに挟まれた狭いスペースには布団が敷いてあった。
私はおもわずつぶやきそうになったのを、手で押さえた。
町長の娘であるエリナが気持ちよさそうに布団で寝ていたのだった。
──エリナ、どうしてこんなところで寝ているの?
町長はエリナが勝手な行動をして、デスベアーの餌食にならないよう、閉じ込めているのだろう。
美人だけど、つりあがった眉毛につんとした小さな鼻、それに薄い唇がきつくて冷たそうな女という印象を与える。
しかし寝ている今は、まるで子供みたいに穏やかな表情をしていた。
「みつけられてしまったね」
後ろから声がして、振り返ると町長がドアのところに立っていた。
「なんで、いい若い者が昼間から寝ているんですか?」
私は思わず、自分がひきこもっていたことも忘れて、エリナを指さしていた。
町長にさらわれたのが、朝7時。けっこう時間が経過したので、もう朝の10時だと思う。さすがに寝すぎだろう。
「昨日デスベアーから守るために、この部屋に連れてきたんだが、出してほしいと夜通しドアをたたいて泣きわめいていたからな。それできっと疲れていたんだろう」
そういってエリナを見下ろす町長の表情は、やさしい父親そのものだった。
私はふと、自分の本当の家族を思い出して、泣きたくなる。
「それより、君…、いや、マリさんに伝えなければならないことがある」
町長は深刻な面持ちで、私を見つめる。私は、なんだろうと思いながら、とりあえずやることがないので、テーブルのごみを片づける。
「鈴子さんが、天の裁きで、消滅したそうだ」
「えっ…」
私は驚きのあまり、紙くずをもったまま、固まってしまう。
「と、知美は、一人でだいじょうぶかな…」
そんな私に向かって、町長は続けた。
「知美さんのことなら、町役場の女性職員がつきっきりで面倒を見ているから、心配することはない」
つまり、知美の様子を見に帰ることも許さないということだった。
「でも、一度回避したのに、どうして2回も…」
納得いかない私は、食い下がるように町長をじっと見つめる。でも、天の裁きのターゲットは町長ですら知らされていない。
そして、ターゲットに選ばれた理由すら、教えられない。
「それは”かみ”のみが知るのだろう。もちろん、”かみ”ゆえの気まぐれかもしれないが…」
町長はあきらめたようにつぶやく。
私は町長にすがりついて、自分が自分じゃないみたいに、泣き出してしまう。
たった半年の間だったけど、鈴子さんはいつも笑顔で優しくて、料理もおいしくて、この世界にひとりぼっちだった私のさみしさを、さりげなく埋めてくれた。
私が、こんな状況に置かれても発狂しなかったのは、鈴子さんが、この世界での第2のお母さんと思えるほど、安心して信頼を寄せられたからだ。
小麦の手入れの仕方を、何度も根気よく教えてくれた鈴子さん。
私が教えてあげたカレーライスという料理に、目を丸くしていた。すぐに私よりも1000倍おいしいのを作るようになって、それを知美に馬鹿にされたりもしたっけ。
夜寝ていると、はだけていた私の布団をそっとかけなおしてくれたことも気が付いていた。私はうれしくて、つい寝たふりをしていた。
そして、いつも寝室のドアから漏れるリビングからの一筋の光の向こうに、鈴子さんがいると思い、安心して眠れた。
昨日のビアガーデンでは、知美と私のダンスの結果に喜んで、めずらしく頬を赤らめてはしゃでいた。
これからも、ずっと一緒に、知美と3人で楽しく生活していけると思っていた。
私は思わず、このやり場のない怒りと悲しみを、目の前の町長の胸にぶつけるように、どんどんとたたいた。
自分だって、本当は37歳のいい大人だというのに、まるで、この体に見合った年齢に逆戻りしたみたいだ。
「マリさん…」
町長の困ったようなつぶやきが耳に入る。
私は顔をあげて、目を見開いた。そして、濡れた瞳で、町長をまっすぐに見つめる。私の頬を、温かい涙がつたっていく。
「マリア様の出る幕はありません。なぜなら、私がバシレイアを”かみ”を地上へたたき落としますから」
私の決意に満ちた表情をする。
町長は、そんな私の肩に手を添えて、ゆっくりとうなずいた。
そして、1週間の町長による特訓がはじまったのであった。
(つづく)
こんばんわ。少しずつPVが増えているような気がして、うれしいです。
まだまだ続きますが、これからもよろしくお願いします。
明日も午後7時に投稿予定です。




