19.”かみ”の代理人
やっぱりバレてたんだ。
私はドキッとしたけれど、両手を膝において、立ち上るコーヒーの湯気を見つめて冷静さを保とうとした。
アンドロイドだとバレちゃったら、どうなるんだろう。やっぱり、オークに八つ裂きにされるのかな。
その様子を想像して、すこし体が震えてきた。せめて電源を切ってやってくれないかとも思った。
でも、そんなのは嫌だ。私はなにも悪いことはしていないし、もともとは人間なんだ。
私は、うつむきながら、おそるおそる尋ねる。
「それで…、私はどうなるんですか? なにか罰を受けるのですか?」
町長はコーヒーカップを片手にもちながら、立ち上がり、窓の外を見つめている。
「”天の裁き”によって処分されるはずだった鈴子さんが、マリのさんのせいで生き残ってしまった。”天の裁き”を不当に回避してしまった代償として、代わりの人間を生贄として差し出すようにという、”かみ”の代理人からのお達しがあった」
「その代わりが、私ですか?」
「町の住人の、誰を代わりに差し出すかは、バシレイアからこの区域の統治を任されている、”かみ”の代理人に一任されている」
「誰も差し出さないと、どうなるのですか?」
「”かみ”の代理人が町に乗り込んできて、町の住人を手当たり次第に殺すだろう」
町長はあいかわらず、窓の外をみていた。深刻そうな顔をしているのが、うっすらと窓に映っている。
まさかそんなに大ごとになるなんて思わなかった。
でも、あのときは、後のことなんて考える余裕がなくて、勝手に体が動いたのだ。
天の裁きで消滅させられる。痛いのだろうか、苦しいのだろうか。
あの神々しい光に包まれて死ぬのは、安らぎなのだろうか。なら、いいのだけれど。
やっぱり指名されたのは、実行犯である私なんだろうなと思い、うつむいていると、町長がこちらに向き直って、
「奴は、私の娘である、エリナを指名してきた」
町長はつぶやく。窓から漏れてくる日差しがまぶしくて、顔の表情まではうかがえない。
私が目をこらせば、この瞳の高性能なレンズと、画像処理によって表情を判別できるだろうが、そうしなくても、声色でわかった。
「どうして、私じゃないんですか?」
「この区域を統括する”かみ”の代理人は、”デスベアー”という巨大な熊だ。その凶悪な見た目と同様に、心も汚れ切っている。奴にとって、人間が苦しみ泣き叫ぶ姿は最高の快楽だ。私の泣き叫ぶ様をみたくて、エリナを選んだのだろう」
「でも、町長さんは、デスベアーに恨みを買うようなことを、なにかしたのですか」
「奴は快楽殺人を好む。時折予告なく、住人をその鋭い爪と牙でえぐり、引き裂いて、臓物をひきずりだし喜んでいる。女子供にも容赦しない。むしろ好んで狙っている。しかもそれは、”かみ”が命じたものではなく、奴の趣味だ。だから、私はたびたびそれを阻止した。それが気にくわなかったのだろう」
「そんなの”かみ”の代理人じゃなくて、悪魔じゃないですか、”かみ”はその、デスベアーになにも罰をあたえないの?」
私は、おもわず声が大きくなってしまう。
「過去に人間は、その強大な科学技術により、地球全体を支配して、自分たちの利益のために、森林を焼き尽くし、山をえぐり、そこにいたすべての動物を殺しつくした。だから、二度と人間が増長しないよう、自然への畏敬の念を忘れないように、”かみ”はあえて、デスベアーの残虐行為を黙認しているんだろう。たしかに、人間の方がデスベアーよりも、よほどたくさん殺してきたのだから。」
なんだか、私のいた時代の人たちが悪いみたい。
もちろん、私自身は、熊を殺してはいないが、間接的には殺していたといえるだろう。
ネットショッピングで、画面のボタンをポチッと押すだけで、翌日には、ひきこもっていた私のところに、お目当ての服(婦人用)が届いたのだ。
それはつまり、全国に張り巡らされた高速道路のおかげであり、その高速道路は、山をえぐって作られたもので、おかげで退去を余儀なくされた動物もいただろうし、餌場が減って餓死した者もいただろう。
過去の人間のやってきた残虐行為は、あげれば枚挙にいとまがない。
「しかし、私は、エリナを助けるために、デスベアーと戦うつもりだ。奴を殺すつもりで」
町長の目がギラリと光る。その手には、金属の筒が握られている。それは、キングコングを仕留めたライトセーバーだった。
私は怖くなり、あわてて目をそらした。
「で、でも、仮にも神の使いであるデスベアーを殺しても大丈夫なのですか?」
私は戸惑っていると、町長はにやりとして、
「この世界のルールは、弱肉強食さ。私がデスベアーを仕留めれば、今度は私がこの区域の”かみ”の代理人となる」
あ、そんなルールなんだ。知らなかった。
「もっとも、この300年数えきれないほどの強者が、デスベアーを仕留めようとしたが、みな殺されてしまったがね。奴の退屈しのぎのレジャーにしかならなかった」
町長は、窓際からもどり、私の正面に座りなおした。
デスベアーへのいけにえはエリナだし、戦うのは町長だ。
私は自分が関係ないとわかり、ホッとしてしまう。すこし申し訳ないけれど。
「がんばってください、無理だとおもったら、逃げてください」
こういうときは笑顔がいいのかなと疑問におもいつつ、私は町長にほほえんだ。
すると、町長は深刻な顔になって、
「それで、マリさんに来てもらったのは、ほかでもない。私と一緒にデスベアーと戦ってほしいんだ」
「え?」
私は聞こえなかったふりをする。すると、町長は、さらに申し訳なさそうな顔で、
「私と一緒にデスベアーと…」
私は町長の発言をさえぎるようにして、両手を振ってお断りする。
「わ、わたしなんか無理ですよぉ…、キングコングにさえ、めちゃくちゃにやられてたじゃないですか。デスベアーって、もっと大きくて強いんでしょう。今度こそ殺されちゃう」
でも、町長の決意は変わらないようだ。愛する娘のため? でも、パーティーのときに、結構本気でケンカしてたよね。だけど、ケンカするほど仲がいいのかな。
「だいじょうぶだ。あと1週間時間はある。今日から、いや今から町役場に泊まり込みで、私が稽古をつける。その体に秘められた力を最大限発揮できるように」
「でも、でも…」
と、泣きそうになりながら否定はするけど、エリナをデスベアーの生贄にささげることになったのは、私にも責任の一端があるのを自覚して、次第に声が小さくなる。
「だいじょうぶだ。1週間稽古をして、それでも、ものにならなければ、私が一人でいくさ」
町長は穏やかな表情で私に語りかける。
それって、通販の1か月分お試しキャンペーンみたいな?
「わかりました。できるかぎり、がんばりません…」
私の返事に、町長は苦笑いした。
(続く)
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