18.ばれてしまいました
私は静止した時間のなかで、無駄とわかっていながら、鈴子さんを振り返って叫ぶ。
なぜなら、その声の振動が空気を伝わって、鈴子さんのところへ届く前に、天の裁きは、鈴子さんへ到達して、その命を奪うからだ。
この体の頭脳が導き出した計算結果から、それは覆せない事実だとわかった。
だから、持っていたお盆を放り出して、私は振り返るとすぐに、地面を思い切りけとばして、鈴子さんめがけて走り出した。
頭上に、天の裁きの光が迫ってくるのが見えた。それは真っ白な何かだった。
どうしてか、すべての時間は止まっているように見えるのに、私とそれだけは、動いている。
鈴子さんはお盆に私たちのビールをのせたまま、わらって静止していた。
ビールジョッキが砕け散る音がして、中の液体がぶちまけられ、私の頬と服を濡らした。
「ど、どうしたの?」
体当たりされて、尻もちをついた鈴子さんが、きょとんとして、胸に飛び込んできた私を見た。
「す、鈴子さん~、よかったぁ~」
「え? ええっ? なにがよかったの? ビールがこぼれちゃったよ」
「ビールはまた買えますから」
私は笑顔で鈴子さんに答えたのだった。
でも、ホッとした反面、本来なら回避不能である天の裁きを避けてしまったことについて、何か問題が起きないか、少し心配していた。
翌朝早く、ドアのノックの音で、私は目を覚ました。
昨日の祭りでの夜更かしのせいで、知美はまだ隣でぐっすり寝息を立てている。
鈴子さんが玄関で出てようだ。私は話声に耳を澄ませる。
こもったようにしか聞こえなかった声が、はっきりと聞き取れた。
これも、マリの体のおかげなのだろう。
──昨日のことについて、マリさんにお話しを伺いたいのです。ちょっと町役場まで同行願えませんか。
──うちの娘は何もしてませんよ。
──ええ、だから少し話を聞くだけです。心配しないでください。
──まだ寝てますから。
鈴子さんが困っているみたいなので、私はこの世界の普段着に着替えて、部屋を出る。いつも着ている地味な色のワンピースだ。
目に入ったのは、玄関先で鈴子さんに詰め寄る、この町の警察職員と両隣を固める屈強なオークだった。
「どうしたの?」
私は眠たいふりをして、わざとらしく鈴子さんに呼びかける。布団の中でやりとりを聞いていたから、相手の目的はわかっていた。
昨日のこと、とは回避不可能で、おそらく回避してもいけない天の裁きを回避したことについての事情聴取なのだ。
このマリの体だったからこそ、前もって危険を察知して、すごい速さで動くことができたから回避できたのだ。
普通の人間であれば、あの速さで迫ってくる天の裁きは、回避不可能で間違いない。
「ああ、起こしちゃった。ごめんね」
「いいの、それより、お客さんなら、お茶をださなくちゃ」
キッチンに行こうしたら、玄関から若干厳しい声がして、私を呼び止めた。
「マリさんだね、お茶は結構ですから、町役場まで同行願えませんか」
言葉は丁寧だが、口調や態度からして、実際のところは私に対する命令だとわかる。
狭い町でもめ事を起こして、鈴子さんや知美に迷惑をかけてもいけないとおもったので、私は素直に同行に応じることにした。
「だいじょうぶです。すぐ帰ってきます。知美にもそういっておいてください」
私は鈴子さんに向き直って、しばしのお別れを告げる。人を殺したわけではない。むしろ助けたのだ。オークに八つ裂きにされる刑、なんてことはないだろう、厳重注意くらいかな、と私は軽く考えていた。
「おい、行くぞ」
「ちょっとまってください。こんな顔で外へ出られません!」
そういって私は身だしなみを整えるために、洗面所へ行ったのだった。
鈴子さんに見送られて、玄関を出ると、馬車が止められており、それに乗るように促される。
私は後ろの座席付きの箱に乗せられたものの、両脇をオークにガードされて、身動きがとれない。
天の裁きを回避した疑いのある私は、危険人物として認定されているのかもしれない。
町の警察職員が、鞭をふるうと、馬車が動き始めた。
夏とはいえ、この時間はまだ涼しくて空気もさわやかだ。
馬車に揺られるなんて初めてで、私はゆっくりと流れていく朝の大通りの景色を楽しんでいた。
私の世界の人たちは、毎日満員電車と交通渋滞でへとへとになっているというのに。
もし、時間がとれたら、知美と一緒にどこかへ旅行にでかけてもいいかも、と山の向こうを見つめながら考える。
ほどなくして、馬車は見慣れた町役場につく。
私はオークに両脇を抱えられて、町役場の一室へつれていかれた。
そこにいたのは、町長の雪代さんだった。
「ああ、もういいよ、放してあげて」
テーブルに座っていた町長が指示で、オークは私をつかんでいた手を放してくれた。
そして、町長は人払いを命じたので、部屋は私と町長二人きりになった。
「さあ、座って」
じっとオークを見つめていた私は、町長に言われるがまま、正面に腰かける。
私の前には、温かそうに湯気をたちのぼらせているコーヒーがおかれていた。
町長は自分のコーヒーをすすりながら、
「なんで来てもらったのか、感のいいマリさんなら、わかってるかな」
「昨日のことですね」
私の返事に、町長はゆっくりうなずいて、コーヒーを皿に戻す。
「正しくは、昨日のことで、はっきりしたから、来てもらった。以前から、あやしいとは思っていたのだが、確証を得たんだ」
「なにがはっきりしたんですか?」
「マリさんが、アンドロイドだということさ」
(続く)
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